第114話 魔宴
二度の跳躍によって相手を飛び越え、背面に回り込んでからの攻撃。
宙で岩石を生成しつつも、あえてそれを使わずに突っ込んでからの下段攻撃。
剣による攻撃に意識を向けさせつつ行った、地魔法との同時攻撃等々。
地を蹴り、魔法を使って宙を跳び、俺はあの上位魔物に四方八方から攻撃を仕掛けた。
だが、そのどれもが奴に傷を負わせるのに至らない。
やけに手に馴染んでいる様子の大鎌と、虫ならでは機動力によって、奴は俺の攻撃を器用にも全て捌き切ってしまった。
「おや、もう攻撃は終わりですか隊長殿。ボクはまだピンピンしてますよ?」
「ぬかせ蜘蛛女。お前こそ少しは反撃したらどうなんだ? それとも反撃出来ないのか? まだまだ元気なのはこっちもだぞ」
奴の煽りに対し、俺もそうやって強気に言葉を返すものの、こちら側が不利な状況はまったく変わらないままだ。
奴が反撃を行わないのはそれが出来ないからではなく、する必要がないからというのが本当のところなのだろう。
長期戦がこちらにとって都合が悪いという事を、恐らくは理解されている。
奴への攻撃の最中にちらちらと視界に入った蜘蛛共と仲間たちの戦闘の方も、いまいち戦況は芳しくなさそうだ。
近距離戦は流石に競り勝っているが、すばしっこい動きと中距離からの糸飛ばしに相当手を焼かされている。
体力の消耗もいよいよ限界が近づいて来たのか、動きが段々と鈍くなってきているのが見て取れた。
――刺し違える覚悟が必要かもしれない。
そんな考えが脳裏に浮かぶのには、そう時間はかからなかった。
これまでの戦闘の結果を思い返してみても、もはや多少の工夫が通じないのは明らかなのだ。
消去法で考えてみれば、残された手段は防御を捨てた攻撃しかない。
だが、俺はその捨て身の攻撃に中々踏み切れずにいた。
過去の栄光による驕りからか、或いは長い引退生活ゆえか、まだそんな事をしなくてもどうにかなるのではないかと、根拠のない希望に縋りついてしまったのだ。
それが、最後のチャンスを逃す愚行とも気づかずに。
「さて、もうそろそろ準備はよさそうですかね。別に、このまま戦っていてもその内勝てそうですが‥‥‥それも面倒ですしさっさと終わらせましょうか」
俺がすっかり攻めあぐねて、刺し違える覚悟も決められずに奴と睨み合いをしていた時。
奴は辺りを見渡しながら、そんな独り言をこぼした。
そして、今度は俺と仲間たちに順番に視線を向けながら、大きく口を開く。
「それでは、皆様お疲れ様でした。願わくば、皆さまが素晴らしい御馳走になる事を祈って。蜘蛛達の魔宴、開宴です!」
心底楽しそうに、これから起こる事が楽しみでならないといった様子で、奴はそう高らかに宣言した。
俺たちにとっては実に不愉快で、冗談じみた文言を。
それに対して、俺が出来た事はただ警戒を強める事だけだった。
‥‥‥奴の宣言から間もなくして、異変は始まった。
突然、足元で何かが動き始めたのだ。
それで、何が起こっているのかと視線を足元に向けてみれば、蜘蛛共が飛ばした糸の残骸がまるで生き物のように蠢いている。
「おいおい、これは何の冗談だ? って、ああくそっ、こいつら普通に襲って来るじゃねえか!」
俺は咄嗟にその場から飛びのき、間一髪で蠢く糸が飛びかかって来るのを回避する。
だが、他の皆はそうもいかない。
あいつらには既に、更なる攻撃を避けるだけの体力は残っていなかった。
それからもう、あっという間だ。
まず、蠢く糸は近くにいた人間の足にまとわりつくと、移動を封じる。
すると、開宴の宣言が行われてからやけに元気になった蜘蛛共が、そこに群がって一斉に糸を浴びせかけ、必死にもがき、叫ぶ対象をすぐに糸でぐるぐる巻きの状態にしてしまった。
奴の宣言通り、蜘蛛共の御馳走と化してしまったわけだ。
この調子では、俺が糸で捕らえられるのも時間の問題だろう。
仲間たちが次々に無力化され、その分手の空いた蜘蛛共が次々にこちらへと迫ってきている。
甘い希望はもう、どこにもない。
それを悟った俺は長剣を握りしめ、残り少ない魔力を操作しやすいようにかき集めると、最後の突撃を奴に向かって敢行した。
せめて、最後に一矢報いるために。
「おやおや? まだ活きのいいのが一匹いるみたいですね。ですが、既に色んな意味であなたは手遅れですよ」
奴はこちらの方を向いて、嘲笑しながらそう言うと、おもむろに大鎌の柄を地面に突き立てる。
すると、それが合図か何かだったのか、これまで規則性もなく適当に近くの人間に飛びかかっていた付近の蠢く糸が、同一のタイミングで一斉に俺に飛びかかってきた。
まるで、網をかぶせるかのようにして。
それで、俺の最期の抵抗はあっけなく失敗した。
後はもう、他の皆と同じだろう。
動きを封じられたまま、糸でぐるぐる巻きにされて終わりだ。
それならば、無駄にあがくのも馬鹿らしいと、俺はそっと目を瞑った。
ただ、直前に視界に入った、食事を前にした少女の純粋な微笑が、脳裏に焼き付いていた。




