第113話 岩砕
「それじゃあ、ボクの可愛い蜘蛛ちゃんたち。支援は任せましたからね。無理はしちゃダメですよ」
例の上位魔物に向かって、俺たちが突っ込んでいる最中。
奴はそう言って後ろにいる蜘蛛共に指示を出してみせた後、俺の方に向き直り、おもむろに自分の下半身たる蜘蛛の頭の甲殻に手をかざす。
すると、何をどうやったのかは知らないが、その手がかざされた場所に毒々しい紫色の魔法陣が出現し‥‥‥柄の部分に蜘蛛の甲殻を想起させる装飾が施された大鎌を、奴の手中に出現させた。
どうやら、奴は自分の得物を準備していたらしい。
だが、そんな風に戦いの準備を進められるのもそこまでだ。
奴がその大鎌を両手で持ち直し、構えをとる頃には俺はもう、使いこんだ長剣を持って奴に肉薄していた。
ガキンッと、お互いの武器が衝突する音が洞窟内で反響する。
器用な事に、奴は俺の飛びかかりざまの初撃を鎌の先端で弾き、少しばかり俺の体勢を崩してくれた。
そこに向かって奴は大鎌を横薙ぎに振るい、俺の命を雑草の如く刈り取ろうとする。
しかし、この俺を仕留めるにはまだまだ甘い。
俺は素早く崩れた体勢を立て直すと、その場で大きく跳躍し大鎌の攻撃を避ける。
そして宙に浮いたまま魔力を操作し、自分の足下の空間に地魔法で岩石を生成すると、反撃をするべくその岩石を蹴って宙を奴の方へと進んだ。
岩石を瞬時に生み出し、それを蹴り砕いて本来重力に従う事しか出来ない空中で前進するこの技は、俺の二つ名である岩砕の剣士の由来となった技だ。
今までも、これを用いて何体もの強敵を屠ってきたが‥‥‥こいつには一体どれだけ通用するか。
一応、この技を奴に使うのが初めてである今回は、それなりに通用しているようだが。
というのも、俺が再び攻撃に移ろうとしているのに対して、奴はそれに対応出来ずに大鎌を振り切って大きな後隙を晒しているのだ。
間違いなく、主導権はこちらにある。
狙うは喉元。
甲殻に覆われていない人間部分の明白な弱点に向かって、俺は空中で剣を構え、勢いをそのままに突っ込んでいき‥‥‥刹那の間に、剣を振るいながら奴の上半身の横を通り過ぎた。
だが、剣を握る手に残ったのは僅かに肉を切った感触のみ。
「くそっ。仕留め損ねたか」
そう一人悪態をつきながら振り返ってみれば、首に赤い筋を刻まれた奴が、元の位置から随分と横にずれた位置に立っているのが確認出来た。
これはつまり、奴は横に移動して俺の攻撃を避けたという事だろうか。
あの至近距離で、あの無理な姿勢で。
もしそうだとしたら、奴の瞬発力はくそったれな事に本当に虫並みだ。
上に人間もどきが乗ってんだから、少しはトロくなっててくれてもいいだろうに。
何はともあれ、これでもうあの技を使って不意を突く事は難しくなってしまった。
それで、不本意ながらも睨み合いの状況になってしまった俺は、一旦周りの状況を確認する事にした。
具体的には、他の有象無象の蜘蛛共の足止めを任せた仲間たちの様子を。
『‥‥‥まだしばらくは持つだろうが、劣勢である事に変わりはない、か。長期戦になるのはまずいか』
周囲で行われている仲間たちと蜘蛛共の戦闘を見て、俺はそう心の中で呟く。
いかんせん、俺たちは正面戦闘なら蜘蛛共より強いとはいえ、不利要素を背負いすぎていた。
数の不利に、地形の不利、体力の不利。
否応なしにここが奴らの縄張りだと思い知らされる。
まともに戦い続けていたら勝ち目はない状況だ。
だからこそ、俺はあの蜘蛛女を真っ先に殺さなければならない。
この蜘蛛集団の頭を切り落とし、蜘蛛共の統率の取れた行動を封じなければならない。
そうすればきっと、この戦闘も依頼も上手くいく。
そう楽観的に考えて、俺は再び奴に攻撃を仕掛ける。
振り上げられた拳は、振り下ろす他ないのだから。




