第112話 終着点
俺は地魔法でトラップを無効化する。
ルードは風魔法の刃で立ちふさがる蜘蛛の糸を片付ける。
他の皆は蜘蛛共の奇襲を警戒する。
役割分担は出来ているとはいえ、まともな休息を取る間もなくこれらの作業を継続しながら前進するのは、これまで以上に困難を極めた。
ただでさえ苦しかった体力の消耗は、蜘蛛糸による足止めで多少なりとも加速し、余裕がある頃は全く意に介さなかった変わり映えのしない景色は、足止めと相まって自分たちはほとんど前進していないかのような錯覚を引き起こす。
これらの事態は、疲労を重ねていた疲労を重ねていた数名の隊員にとって致命的なものとなり‥‥‥結果として、隊員四名が死亡し、一名が片腕を損傷した。
しかし、体の動きは多少鈍くなったとはいえ俺たちは歴戦の冒険者だ。
仲間の死に動じはすれど、決してそれを引きずる事はない。
ゆえに、俺たちは進み続け、たどり着いた。
九階層目の最奥に。
ゴールといっても過言ではない、十階層目の手前まで。
あと少し、あと少しであいつらの犠牲が報われ――
「ん~? 思ったより数が多いですね。道中でも結構殺しておいたはずなんですが」
辺りに、この場に似つかわしくない少女の声が響いた。
それに釣られて前を見てみれば、十階層へと続く階段に人影が覗いている。
「しかしまぁ、皆様よくここまで来れましたね。結構厳しい道のりだったと思うんですけど。おかげさまでボク、出て来ざるを得なくなっちゃいましたよ。皆様がゴールにたどり着くように」
「何? 俺たちがゴールに着くようにだと?」
饒舌に喋りながらも、階段を登りきりその姿をさらした魔物に、俺は内心の動揺を隠してそう言葉を返す。
目の前に現れたのは、上半身は少女、下半身は化け蜘蛛の異形の魔物だ。
人の言葉を解するということは、こいつが以前のレイヴ洞窟ならば絶対に出現しないであろう上位魔物だということを示している。
恐らくは、このダンジョンでの一連の異変の黒幕だろう。
「はい、そうです。ボクが皆様をゴールへご案内しようと言っているんですよ。ま、皆様が薄々察している通り、ゴールはゴールでもダンジョンのゴールではなく人生のゴールという意味ですが。でも、こんなに可愛い蜘蛛ちゃんの糧になれるんですからきっと幸せですよ? だから、ね?」
「冗談じゃない。生憎俺たちはその蜘蛛には恨みしかねぇし、例え相手が可愛くても食われて喜んだりしねぇよ、この化け物が。いいかお前ら! ここが最後の踏ん張りどころだ。死んでった奴らの仇を取るぞ!」
「「「応!」」」
そうして、目の前の化け物がいつの間にやらわらわらと出てきた化け蜘蛛の集団を後続に従えるのに対し、俺たちはそれを迎え撃つように陣形を組む。
ところがそれを嘲笑うかのように、俺のスキルは後方から迫る敵の存在を警告し始めた。
それで後ろを見てみれば、知らぬ間に後ろにも蜘蛛の集団が展開している。
なるほど、どうやら敵は挟み撃ちを狙っているらしい。
そう考えてみればあの上位魔物がやけに饒舌だったのも、正面に注意を向けさせるためだったと考えれば納得がいく。
しかし、蜘蛛共には悪いがこの可能性については俺はもう予見していた。
だいたい、洞窟内のどこにでも通じる隠し通路があってそれを利用する事を、敵がこの期に及んで思いつかないわけがないのだ。
上位魔物となればなおさらに。
そのため、正面に向けた陣形からはルードを除いている。
後方とはいえ、伸び伸びと戦えるのだからあいつも満更でもないだろう。
「さてと、上位魔物様の実力はどんなもんかね?」
部下たちへの簡単な指示を終えた俺は、誰に言うともなくそう呟きながら地魔法で周辺のトラップ全てに封をすると、目の前の半人半蜘蛛の化け物に向かって地を蹴った。
これから起こるであろう殺し合いの雰囲気に、懐かしさを覚えながら。




