第111話 消耗戦
「こいつぁ驚いたな。予想してなかった訳じゃねえが、よもやここまでとは」
[スキャン]の発動を終えたらしいルードは、明らかになった壁の向こう側の空間を想像してか、洞窟の壁をまじまじと見てそう呟く。
そして、何が分かったのかさっさと教えろと不満気な顔をしている俺たちに気づくと、自分が見た物について淡々と説明を始めた。
「この洞窟、幻か何かで隠されちゃあいるが、例の糸があった場所以外も穴だらけだ。隙間なく、一定間隔で壁に開けられてる。そんで、その穴同士は壁の裏で繋がって、とんでもない規模の通路網を作り上げてやがった。[スキャン]の届かない範囲までな」
「そして、恐らくはその通路の中には蜘蛛の魔物が潜んでいる、か」
ルードの説明を引き継ぎ、そう言葉を発した俺に皆が視線を移して注目する。
俺は、そんな皆の視線を感じながらも、隊長としてこれからどうするべきか、隊をどう動かすべきかを考え始めた。
はっきり言って、このまま馬鹿正直に進み続けるのはかなり危険だ。
ルードの話が事実ならば、俺たちはいつでも蜘蛛に襲われる可能性があるって事になる。
こうして、考え込んでる間にもだ。
しかし、ここで一度撤退して準備をし直すという選択肢も、また相当に危険な選択肢のように俺は感じていた。
異変が起きてから今まで誰一人として侵入者を帰していないこのダンジョンが、俺たちをあっさりと帰すとはとても思えない。
俺たちが侵入を開始してからいつでも奇襲は出来たはずなのに、初めて奇襲を受けたのがこの一階層目の終盤というもの、考えれば考えるほど不気味だった。
まるでダンジョン自体が、最低限ここまでは進ませておこう、と俺たちを意思を持って誘い込んでいるような、完全に否定しきれない薄気味悪さがそこにあったのだ。
「……先に進むぞ。ウィルの犠牲を無駄には出来ん」
思案の結果として、俺はそう決断を下した。
俺たちの能力なら、四六時中とはいえ予め来ると分かっている襲撃は十分に対処出来ると踏んで。
一時撤退という選択肢に、ひどく嫌な予感を覚えて。
そして、そんな嫌な予感とは裏腹にこのダンジョンの秘密を知った事で、底が知れたと安堵したから。
この判断が、正しかったのか間違っていたのかは分からない。
三階層目までは、俺たちはまだ順調に探索を進められていた。
警戒するべき対象が増えたせいで皆に多少の疲労は窺えたが、問題になる程のものではなかったし、ルードが隠された穴から顔を出す蜘蛛の魔物を運よく一匹仕留めた事で士気も良好。
まさに順風満帆といった調子だったのだが……またしてもあっさりと、四階層目で二人目の仲間が死んでしまった。
死因はトラップ。
地面から飛び出してきた鎌によって心臓を貫かれ、回復魔法を使う余地もなく即死。
その死体の首に例の蜘蛛の糸が絡みついた事から推測するに、どうやらまたトラップのある方に引っ張られてこうなってしまったらしい。
足元のみを警戒していた所を、敵方につけこまれた形だった。
魔物なのだからワンパターンな行動しかしてこないだろうと、そう思っていたのだが。
これ以降、俺たちはどこから飛んでくるか分からない糸を常に警戒し続けなければならなくなってしまった。
代り映えしない景色の広がる洞窟内を、神経を張り詰めさせながら淡々と進んだ。
気を抜く事が一切許されない道のりに、消耗で皆の顔色が悪くなっていくのが窺える。
かくいう俺も、トラップを魔法で潰す役割を担っている都合上他の仲間を気遣う余裕は一切ない。
七階層目に入ると、もう単純な奇襲だけでは通用しないと学習したのか、奴らは糸で事前に通路を封鎖してから俺たちを待ち構えるようになっていた。
粘着質でそれなりに丈夫なこの糸は、普通に剣や斧で切ろうとすると刃にくっついてしまい、切った後の始末にひどく苦労する。
そこで、俺はまた一つ指示を下さざるを得なくなった。
「ルード、風魔法でこの蜘蛛の糸を切断してくれ。これ以上体力も、時間も使う訳にはいかなくなってきた」
「あいよ、隊長殿。しっかし困ったもんだな。俺は引退したご老体だが、まだ死に場所を決めるつもりは全くねえぞ」
と、そんな風に軽口を叩きながらも、ルードはしっかりと指示に従い、風の刃を生み出して障害物となる糸を次々に切断していく。
そして、糸の除去が終了すると俺たちはまた前進を再開した。
薄暗い洞窟の奥へと、避けられない消耗を重ねながら。




