第105話 蜘蛛族
「おや? 主様、もう用事を終わらせてきたんですか?」
「はい、特に問題なく終わらせてきましたよ。そちらも、順調そうで何よりです」
僕が戻って来た事に気づいて、事もなげな様子で話しかけてくるレギナに対し、僕は衝撃に顔を引きつらせながらそう返事をする。
恐らく、この卵がずらりと並んでいる光景はアラクネにとっては何ら驚くような光景ではないのだろうが、僕にとっては十分衝撃的な光景だ。
人によってはショックで卒倒するんじゃないだろうか。
「ちなみに、これだけの卵を産むのにあの死体はどれぐらい食べたんですか?」
「半分ぐらいですよ。もう半分は、これから生まれてくる可愛い子蜘蛛ちゃんたちのために残しておいてます。いやぁ、あんな御馳走を最初から食べれるなんてこの子たちは幸せ者ですね」
レギナは穏やかな表情を浮かべつつも、近くにあった卵を手で撫でながらそう言葉を発する。
この調子だと、期待していた蜘蛛の軍勢が完成する日もそう遠くないかもしれない。
「そうそう、子蜘蛛といえば一つ聞きたい事があったんですが……この卵から生まれてくる蜘蛛族の魔物、最終的にどれぐらいの大きさになるんです?」
「ん~そうですね。多少個体差はありますけど、大体みんなボクの下半身を二回り小さくしたぐらいの大きさになりますよ。しかし主様、こんな事聞くって事は、子蜘蛛ちゃんのために何か作ってくれるんですか?」
「ええ。君たちがダンジョンへの侵入者を狩りやすくなるように、少しばかり細工をしようと思いまして」
僕はニヤリと笑みを浮かべながらも、そうレギナの質問に答える。
そして、僕は宣言通り細工をするべく、ダンジョンコアの下へと向かってレイヴ洞窟の改造を始めた。
今回僕が行う改造は、端的に言うと蜘蛛専用の隠し通路の作成だ。
レイヴ洞窟に入って来た侵入者に対し、蜘蛛たちがどこからでも奇襲出来て、どこからでも撤退出来るようにするための隠し通路。
多少手間がかかるものの、その作成手順は至ってシンプルだ。
まず、僕はレイヴ洞窟の一から九階層の通路の壁面に五メートル程度の間隔で、ついさっきレギナから聞き出した蜘蛛のサイズに合わせた大きさの穴を次々に開ける。
そして、その開けた穴を伸ばす事によって通路の壁の裏側でどんどん開けた穴同士を連結させていき、アリの巣を彷彿とさせる通路網を作り上げていく。
仕上げに、その穴の入り口を全て幻影トラップで隠してしまえば隠し通路は完成だ。
あとはついでと言っては難だが、いつものように落とし穴やギロチン等のトラップをふんだんに洞窟内に設置していく。
これによって、侵入者は蜘蛛からの奇襲とトラップという見えない脅威に晒され続けるわけだ。
一階層から九階層までの長い道のりの間、ずっと。
ちなみに、これで使ったソウルポイントは合計で5500ポイント。
残ったポイントは11300ポイントだ。
そうして、レイヴ洞窟の改造を終えた僕はその内容を伝えるべく、再びレギナの下へと向かった。
「――というのが、今回僕がこのダンジョンに設置した隠し通路とトラップの全容ですが、何か質問はありますか?」
「大丈夫です。主様は知らないかもしれませんが、ボクたち上位魔物は基本的にそこらの人間どもより頭はいいので。何だか、主様にはとても勝てる気がしないですけど」
僕のレイヴ洞窟に施した改造の説明に対して、レギナは少し悔しそうな顔をしながらもそう答える。
それにしても、上位魔物が普通の人間より賢いというのは初耳だった。
一応、しっかりと記憶しておかなければ。
「さて、僕はもうそろそろここを出なければなりません。このダンジョンは、基本的には君と君の子蜘蛛に防衛してもらう事になりますが……守り切る目算はありますか?」
「勿論です。主様の期待には、絶対に背かないと約束しますよ」
そう返事をするレギナの目は、確かな自信に満ちていた。




