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第95話 親愛なる戦友へ贈る

 葵さんが落ち着いてきたところで、僕は葵さんの頭に伸ばしていた腕を下ろし、上半身を起こして周囲を見渡す。

 そうして視界に映ったのは、あのだだっ広いレイヴ洞窟最下層の空間だった。

 動く気配を見せないトレントがいて、蔦による封鎖が解除された階段があって……何故か、僕たちから少し離れたところに、ウォルス団長と騎士団員たちと勇者組の集団がいる。

 

 そうやって軽く今の状況を確認して、僕が気を失っている間に一体何があったのか疑問に思っていると、それを読んだのか葵さんが「そういえば、努君が倒れていた間に起きた事を説明しないとですね」と前置きをして、僕に説明を始めてくれた。


 それによると僕が倒れた時葵さんは、僕の頭の中で何か尋常ではない事が起きている事に気づいて、助けを求めるために無我夢中で偽物の壁の外に僕を連れ出したらしい。

 ダンジョンコアも、再びトレントに襲われる可能性もほっぽり出して。


 しかし幸いな事に、その時点で既にトレントは動きを止めていたようで、葵さんは無事にウォルス団長に助けを求める事が出来たようなのだが……ウォルス団長に僕が気を失った理由が分かるはずもなく、結局少し様子を見ようという事になり、今に至るらしい。


「それで、今あそこにいる集団は何をしているんですか?」


 これまでの経緯を聞き終わった僕は、少し離れたところにいる例の集団を軽く指さし、そう葵さんに質問する。

 

「今回の事態に対する反省会をしているみたいですよ。神岡の活躍もあって死者は出てないみたいですけど、クラスメイトの皆はパニックで大変でしたし、それに限らず反省点はたくさんありましたから」


 なるほど、確かに帰り道の事も考えれば、また異常事態が起きた際に備えて今の内に反省点は確認しておくべきだろう。

 この世界のダンジョンはゲームのように、ボスを倒したら入り口まで戻れるワープポイントが出現したりするわけではないのだから。


「そうすると、僕たちから少し離れたところに皆がいるのは……もしかして、感情的な問題ですか?」

「はい。私たちの間に水を差したくない、という遠慮が主な理由みたいです。パニックで何も出来なかった後ろめたさもあるみたいですけど」

「そうですか。まぁ、僕に何があったかはおいおい話すとして、今は取り敢えず皆と合流しましょうか。さっきからこちらの方を気にしている様子の人も居ますしね」


 そう言って僕は立ち上がり、アクアマリンスライムに頭痛の治療を頼みつつも、葵さんと一緒に皆の下へと向かった。

 カチリと、人格のスイッチを切り替えて。


 +++++++++


「あの化け物を倒してくれてありがとう」

「何も出来なくてごめん」


 そんな感謝と謝罪の言葉の数々が、クラスメイトから皆と合流した俺と葵さんにかけられる。

 本当に危ないところだったという実感があるからか、その言葉には妙な重みがあり、形式的な感謝や謝罪ではない事を確かに俺に感じさせた。


 そうして少しの間、俺がクラスメイトとのやり取りに労力を割いていると、今回の戦いでも見事な活躍を見せた神岡が、神妙な顔で俺に近づいて来た。

 その右手に、俺が投げ渡したリビングソードをしっかりと握って。


「無事なようで何よりです、篠宮君。何はともあれ、お礼を言わせてください。篠宮君のおかげで、僕たちは本当に助かりました。僕の力では、とてもあの魔物は倒せそうにありませんでしたから」

「いやいや、礼を言うのはこっちだって。あの時神岡が助けてくれなかったら、俺は魔物を倒すどころじゃなかった。死んでたかもしれないし、運が良くても多分、軽傷じゃあ済まなかったと思う。だから、お互い様だよ」


 謙虚な態度で礼を言う神岡に対し、俺は表情が固くならないように意識しつつもそう言葉を返す。

 すると――


「いえ、これを返さない事には、僕は篠宮君に借りを一つ残したままですよ」


 少し表情を緩めつつも神岡はそう言って、右手に持ったリビングソードを俺に差し出した。

 

 それに対し、俺は特に遠慮する事なくリビングソードを返してもらおうとして……やめた。

 トレントの黒い樹液に飲み込まれたままの、神岡の使っていたロングソードに気づいて。

 という体裁で。


「武器、ないんだろ? 王城に帰るまで、その剣はお前に貸すよ。俺にはもう一本剣があるし、他にも武器は持ってるからな」


 俺は神岡にだけ見えるように外套からリビングナイフを覗かせつつも、そう神岡を説得する。


「本当にいいんですか?」

「いいって。今更貸し借りなんて気にするなよ」

「分かりました。では、有難く使わせてもらいます」


 こうして神岡は俺の提案を飲み、その身に黒色の剣を携えた。

 それが【僕】の意思に従うリビングソードであるとも、王城での大量殺人事件の凶器であるとも知らずに。

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