第93話 優柔不断
身構えて入った壁の向こう側にあったのは、天井がとんでもなく高くなっているものの、それを除けば僕が管理室と呼んでいるダンジョンコアがある部屋と、まったく同じ構造をした部屋だった。
学校の教室ぐらいの広さで、所々にトレントの葉っぱが落ちている以外は地面に何もなく……現在、僕が立っている部屋の入り口の真向かいの壁には、ゴルフボール程度の大きさの漆黒の宝石がポツンと埋まっている。
「努君。私の見る限りだと、この部屋には特に怪しい箇所はなさそうです。強いて言うならあの宝石から独特な雰囲気を感じますけど……あれがダンジョンコアなんですか?」
「ええ、恐らくは。色や大きさは違いますが、見覚えのある配置なのでその可能性が高いと思います」
僕は葵さんの、怪しい箇所はない、という報告を聞いてほっと胸をなでおろしつつも、続けざまにきた質問にそう答えた。
どうやら、向こうは偽物の壁が突破される事を想定していなかったらしい。
偽物の壁の向こう側がトラップだらけだったら、という僕の心配が杞憂になって本当によかった。
こんなにも勝ち筋の不確かな戦いは、出来ればもうしたくない。
そんな事を考えながらも、僕は戦闘をしながら走り続けてすっかり疲労した体をゆっくりと歩かせ、ダンジョンコアだと思われる漆黒の宝石の下へと向かう。
そして、その宝石をリビングソードで砕こうとして――
『そうではない』
僕が今までに取り込んできた勇者の魂が、どうやってかそう頭の中でわななく。
『触れるのです』
優しく導くように語りかける。
『さあ、ほら』
朗らかな声で促す。
「努君? 大丈夫ですか?」
何か聞こえた気がして一瞬ハッとするも、すぐに『早く』という声が聞こえてきて、思考は声に埋め尽くされた。
とにかく、僕はダンジョンコアに触れるべきらしい。
そう啓示されたのだから、そうすべきなのだ。
それが、正しい事。
僕は吸い込まれるように手を動かし、漆黒のダンジョンコアに触れる。
その瞬間、僕の意識はぶつりと途切れた。
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九条広樹。
彼は、とても優柔不断な人間でした。
頭も運動神経もそれなりにいいのに、決断だけは極端に遅い。
そのせいで、たくさん損をしていたとか。
過去に取り返しのつかない失敗をして、友人を失った後遺症でしょうか。
自分で決断を下すのが途方もなく怖いらしいです。
可哀そうですね。
そんな彼は、百年ほど前に勇者としてこの世界に召喚されました。
彼は最初こそ突然のことに混乱しましたが、すぐに順応したそうです。
勇者という役割が、既に決まっていたからでしょうか。
役割が決まっているのなら、迷う事はありません。
訓練をしろと言われれば訓練をして、勉強をしろと言われれば勉強をして、人殺しをしろと言われれば人殺しをすればいいだけなのです。
そうして立派な勇者になった彼は、戦争で帝国の兵士を指示されるがままに沢山殺しました。
自分で決断が出来ない彼は迷う事なく騎士団長の指示を受け入れて、躊躇わずに人を殺す事が出来たのです。
しかし、戦争が終わって指示をしてくる人がいなくなって、彼は気づいてしまいました。
自分が言われるがままにしてきた事の重大さに。
その罪の重さに耐えきれなくなった彼の精神は、発狂寸前にまで追い込まれてしまったようです。
それを見かねたアルスリア神は、彼に啓示を与えました。
レイヴ洞窟に向かい、漆黒の宝石を見つけて触れなさいと。
彼は導かれるがままにレイヴ洞窟に向かい、内部を探索して、漆黒の宝石に触れました。
その時から、彼はワタシに罪悪の鎖によってつながれ、ダンジョンマスターとして、魔物として生きる事になりました。
よかったですね。
もう迷う事はありません。
でも、彼は失敗しました。
百年以上待ってようやく現れた勇者たちの魂狩りに。
ですので、もう彼はいらないです。
代わりに、アナタを貰う事にします。




