第90話 退路を断たれて決断を下す
ゆっくりと歩いて僕たちに近づいてくる九条広樹、もといヘルヘイムトレントに対し、ウォルス団長と十数名の騎士団員はじりじりと左右に展開して包囲を試みる。
だが、その試みは包囲が完成する前にトレントが動き出した事によって、脆くも崩れ去る事となった。
トレントは部屋の中央辺りで突然歩みを止めると、足からあの赤い蔦を無数に出し、包囲を試みていたウォルス団長と騎士団員に攻撃を開始したのだ。
「っ! 包囲作戦は中止! 各員自衛を優先しろ! あの得体の知れない蔦に捕まるな!」
ウォルス団長がトレントの攻撃を視認して、そう矢継ぎ早に騎士団員たちに指示を出す。
騎士団員たちはそれを忠実に守って、迫ってくる無数の蔦を剣で切り裂き盾で弾き、特には魔法も使って撃退していくが……とうとう騎士団員の内の一人が蔦を撃退しきれずに、露出している首への蔦の接触を許してしまっていた。
[鑑定]で見たあのスキル、[捕縛接触]の効果が発動したのか、蔦に接触されてしまった騎士団員さんは手足をだらんと脱力させ、両手にそれぞれ持っていた剣と盾を取り落とす。
そして無抵抗のまま、トレントの蔦によって首を絞められ……殺されそうになった次の瞬間、突然騎士団員さんの傍に神岡が現れ、首に巻き付いていた蔦をばさりと斬り払った。
恐らく、目の前で人が殺されるのを黙って見ているのは完璧じゃない、といったような理由で騎士団員さんを助けたのだろうが、相変わらずとんでもないスキルだ。
僕は神岡の活躍を見てそんな感想を抱きつつも、ここで神岡に便乗して一緒に戦うべきか思考を始める。
敵の強さの底は、まだ見えていない。
しかし、介入しなければ神岡と騎士団員が全滅する可能性も否定出来ない。
不明点は多いが、一筋縄ではいかない相手であることは間違いない。
だが、勝利条件はおおよそ分かっている。
ならば――
戦うべきだ。
僕は頭の中に分かっている情報を並べて、そう判断を下した。
となれば、今後の動きの相談をしなければならない。
僕は騎士団員さんと神岡による抑えが無くなった事によって、半ばパニック状態で塞がれた階段に群がるクラスメイトを尻目に、葵さんとの相談を始めた。
「葵さん。僕はここで、あの魔物との戦闘を始めようと思います。正直、このまま見ていてもあの魔物が彼らに易々と倒されるとは思いませんし……上手くいけば、計画の第二段階を終わらせられるかもしれません。ですから少し、手伝ってもらってもいいですか?」
「はい、いいですよ。でも、一つ条件があります」
半ばパニックになっているクラスメイトたちとは対照的に、落ち着いた様子で葵さんは、そう肯定の意思と条件がある事を伝える。
一体条件とはなんだろうかと僕が身構えていると、葵さんは真剣な眼差しをしながらその口を開いた。
「私より先に、逝かないでくださいね」
それは当然のことであり、一番大切なことであり……命を賭けた戦いを前にした、少しばかり遠回りな葵さんによる鼓舞激励であった。
そこで、このまま鼓舞されるがままというのも悪いと思った僕は、目を細めながらもこう言葉を返す。
「僕は葵さんより後にも先にも逝きませんよ」
と。
そうして、お互いの言葉でお互いの確かな決意を確かめ合った僕たちは、改めて戦いに向けた作戦会議を始めた。




