第9話 表の顔
壁の向こう側には、剣と魔法の世界にありがちな中世ヨーロッパ風の街並みが広がっていた。
馬車が通れるように調整された石畳の道が、街の奥の方へと伸びている。
僕は冒険者ギルドに向かいながら、街の様子を観察して、引き続き言語の解析と、通貨の価値の把握を進めていく。
そうして門番の人に教えられた通りに進んでいると、何やら一際大きい建物が見えてきた。
恐らくここが冒険者ギルドだろう。
中に入ると、人の列とカウンターが目に入ったので最後尾に並ぶことにする。
並んでいる人は皆、何かしらの武器を持って武装しているし、防具を着ている人も多い。
流石は冒険者といったところか。
例の如く盗み聞きに励んでいたのだが、残念ながら僕の目的であるギルドへの新規加入をしている人はいなかった。
まぁ、おおよそどんな事を話しているかは解析できたのでよしとしよう。
少しの間並んでいると、僕の順番が回ってきた。
「冒険者バッチをお持ちでないようですが、ご用件は仕事の依頼ですか?それともギルドへの加入ですか?」
「ギルドへの加入です」
「分かりました。では加入料の銀貨一枚と、こちらの書類に記入をお願いします」
また銀貨一枚かぁと思いながら銀貨を渡すと、代わりに書類を受け取った。
書類には、名前、職業などの個人情報を記入する欄と、依頼によって死亡してもギルドは責任を負わない事と、依頼の報酬の内一割がギルドに支払われる事へ同意するかどうかの確認があった。
ギルドは依頼を斡旋する代わりに報酬の一部を貰い、冒険者は自己責任で依頼を行うという事らしい。
僕はそんなに積極的に依頼を受けるつもりはないので、あまり関係ないかもしれないが。
個人情報の欄は適当にこの世界に合った情報を書いておく。
名前は……ガルムで、職業は剣士とでもしておこう。
こうして、さっさと書類への記入を済ませる。
「ではこの水晶に手を触れてください」
「この水晶は一体何なんですか?」
「魔力属性を調べる道具です。触れた人の魔力によって色を変えるんですよ」
そんな道具があるのか。
魔力属性は出来れば隠しておきたいが……さして大きな問題にはならないだろうと判断し、身分証明の手段の確保の方を優先した。
僕が内心渋々と水晶に触れると、水晶が白色に光り始めた。
自分が無属性だということから察するに、白色は無属性を表しているのだろう。
その後、魔力属性を記録し終わった受付嬢さんに冒険者業について説明するかどうか聞かれたが、列に並んでいる間に大体把握したので断っておく。
簡単に説明すると、冒険者にはランクがF~Sまであり最初はFランクからスタート。
そこからこなした依頼の難易度によって、ランクが上がっていくといった具合だ。
ちなみにSランクは英雄レベルの活躍をしないとなれないらしい。
別に、ランクによって受けられる依頼に制限などはないらしいが。
あくまで目安であって、依頼の選択も自己責任で、ということなのだろう。
「ギルドへの加入が完了しましたので、このFランク冒険者バッチをお渡しします。高みを目指して頑張ってください」
「はい、これからお世話になります」
こうして僕は"F"と書かれたバッチを受け取ると共に、無事冒険者になり、表の顔を手に入れた。
僕はやや小柄だし、冒険者になるとき舐めて突っかかってくる人がいるんじゃないかと思っていたが、特にそういうことはなかった。
戦闘データを取るチャンスだと思っていたのだが、異世界の冒険者は想像よりも紳士的だったようだ。
ちょっと残念。
その後、僕は壁の掲示板の依頼の中から薬草採取の依頼を受けて、ギルドから出た。
ちなみに依頼を受けたのは、単に怪しまれないようにするためである。
冒険者ギルドに加入しているのに、何も依頼をしていないとあっては怪しいだろう。
だから不自然じゃない程度に時間がたったところで、薬草を提出する事にする。
言語の解析と通貨の価値の把握については、街に来てからの膨大な会話データを元に大体終わった。
会話はよほど専門的な内容でもない限り、違和感なくこなせるようになっただろう。
通貨に関しては、日本円に換算すると銀貨が一枚およそ千円、銅貨が一枚およそ百円といった具合だと判明した。
それと、会話データの中に勇者の情報が噂レベルでだが存在した。
隣国ガーランド帝国が勇者を召喚して、戦争を仕掛けてこようとしている、というものだ。
どうやら、ガーランド帝国というのは今いるグランツェル王国と敵対関係にある国らしい。
しかし、勇者云々を相手にする余裕は今はないので、いつか余裕が出来てから考えるとしよう。
ギルドを出た僕は、服屋を探して街を歩いた。
無事服屋を見つけると、お値段銀貨一枚と銅貨七枚のフード付きの黒い外套を購入する。
残金はたったの銅貨一毎。
金がすっかりなくなってしまった。
それでも外套を買ったのは、これから顔を見られると不都合な事をするからというのと、もう一つ目的がある。
が、もう一つの目的のお披露目は、少し後になるだろう。
貧乏人になったからという訳ではないが、これから僕は貧乏人が集まる場所に向かう。
街の住人が時々嘲り交じりに口にする場所、スラム街へ。




