第1話 日常は突如として消えゆく
その日は、いつも通りの高校からの帰り道だった。
梅雨の時期で曇り空の今日。
高校生である俺こと篠宮努は、学校の制服を着て鞄を下げて、見慣れた住宅街のアスファルトで舗装された一車線の道を、家に向けて進んでいた。
そんな、いつもと変わらない日常だったのだが――
「え? う、うわあああぁぁぁぁ」
突然、足元の地面がなくなり、俺は落下し始めた。
落ちてきた穴はすぐに閉じて落下速度は次第に緩やかになり、俺は地面? に着地した。
突然の事にしばらく唖然としていたが、だんだんと落ち着いてきたので、ひとまず周りの様子を確認する事にする。
辺りには終わりの見えない、透明感のある白一色の空間が広がっていた。
足の感触がなければ、自分が立っているのか浮いているのか分からなくなりそうである。
そんな空間には俺と……如何にも神様っぽい白い髭を蓄えたローブを着た老人がいた。
「一体ここはどこなんだ?」
そんな風に、俺は事情を知っていそうな神様もどきに話しかけてみる。
「世界の管理室……分かりやすく言うと、大規模な災害や大雑把な世界情勢を管理している場所じゃよ。それと、儂はもどきではなく本物じゃ」
人の考えが読めるのか……厄介だな。
胡散臭さ満載だが、疑う理由も特に無いので本物ということにしておく。
しかし、何故自分がこんな大層な場所に呼び出されたのか検討がつかない。
「その疑問も尤もじゃ。実はな、儂は協力をしてもらうためにお主を呼び出したのじゃよ」
「協力?」
思わず聞き返してしまう。
神様がちっぽけな人間一人に、協力を要請するような事態とは一体何なのか。
「うむ。お主は、異世界召喚というものを知っておるかの?」
そういえば、友人に勧められて異世界召喚ものという小説を読んだ事がある。
普通に日本で暮らしていた主人公が、異世界に転生もしくは転移して強力な力を手に入れ、勇者として人助けをしたり、ハーレムを作ったりしつつ、偉業を成し遂げるというのが主な内容だった。
「だいたいそれで合っておる。問題は、それがこの世界で多発している事なんじゃ」
俺はギョッとした。
まさか、小説の中での話が現実で起きて問題になっているとは。
しかしそれと同時に疑問も湧いてくる。
それが具体的にどれほどの問題になるのだろうか。
確かに異世界に人が召喚されていくのは問題だが、地球全体の人口を考えればさして困る程の問題では無いはずだ。
「確かにそれだけなら大きな問題にはならないのじゃが、奴らは質の高い魂を持つ者ばかりを召喚するのじゃよ」
「魂に質なんてあるのか?」
「うむ。魂には質があってな、それが高いほど優秀な能力が備わりやすくなるのじゃ。その質の高い魂を、奴らはほとんど召喚しおった」
なるほど、要は優秀な魂をほとんど異世界にヘッドハンティングされて困っているという訳か。
後は自分に何をやらせるつもりなのかだが……
「お主には異世界から質の高い魂を取り返して来て欲しいのじゃよ」
「何故俺がその役割に選ばれたんだ?」
「それは、お主が質の高い魂を持っているからじゃ」
そう言われると心当たりがある。
自分で言うのも難だが昔からやけに物覚えが早かったし、同時に複数の事をするのが得意だった。異常なほどに。
しかし、俺の疑問はそれだけではない。
「あれ、さっき質の高い魂はほとんど召喚されたって言ってなかったか?」
「ほとんどであって全てでは無いぞ? 実は例外があったようなのじゃ」
「その例外とは?」
自分に当てはまる事なのだ。是非知っておきたい。
「正義感や良心が希薄である魂じゃ」
「失礼な」
全くもって心外である。
俺は国際的に見ても思いやり溢れる日本国民の一員だというのに。
しかし、異世界召喚ものの主人公はお人好しが多いとは思っていたが、選別していたとは。
「それで、俺は具体的には何をすればいいんだ?」
「ほぉ、断らないのかね?」
「断れるのか?」
「無理じゃ」
「ですよね」
ヤケクソ気味に俺は答える。
しかしながら、自分の運命を嘆きつつも少し異世界を楽しみにしている俺がいる。
そりゃ目的が少々厄介とはいえ、剣と魔法の世界に行けると聞いて、ワクワクしない男なんていないだろう?
「具体的な話は向こうでするとしよう。とりあえず異世界に飛ばすぞ?」
「え? ちょっまっ」
「頑張るんじゃぞー」
その瞬間、意識が途切れる。
こうして俺の日常は終わりを迎え、異世界に転移する事になるのだ。