第三話 噛み合わない
「起きて、起きてください、リサ」
なんだろう?すごく綺麗な声……。
「リサ、リサ」
酷い眠気をなんとか我慢してゆっくりと目を開けると、目の前にはなんとも麗しい顔が。
「んむぅ!?」
びっくりした…起きてすぐにこの美しい顔は心臓に悪い。私に近づけていた顔を離し、姿勢良く立ったフォードさんはどこか困ったように微笑んでいる。
「すいません、リサ。折角貴女が眠っていたのに……」
申し訳なさそうに謝るフォードさんに、私は焦る。
勝手に抱っこされて眠っちゃった私が悪いんだから、謝るのは私の方だ!
そういえば、アウルムさんは?
ぐるりと周囲を見回すと、私は医務室のような部屋の清潔なベッドの上にいた。
一体どれだけ寝てたんだ、私。
「あやまらないで!わたしがわるい」
アウルムさんにも謝って、あとお礼も言いたいな。
「ああ、リサ…。そうだ、自己紹介がまだでしたね。私はフォードです。天龍の翼の副ギルド長をしています。」
真っ白な狐耳をピクピクと動かし、なんともいえない不思議な表情を浮かべたフォードさんはすぐに元のきりっとした顔に戻った。私に呆れていたんだろうか…。
「わたし、りさ!」
やはり何かとこの体に引っ張られているようで、つい舌っ足らずな言葉になってしまう。
そこはまあいいが、すぐに涙が出るのは治したいな……。
「きちんと自己紹介できて偉いですね。貴女を起こしたのは、これからお出かけするからです。かなり長いお出かけになりますが、一緒に来てくれますね?」
優しい顔で私を褒めてくれたフォードさんは、強い口調でそう聞いた。
森で怖い思いをしたばっかりだしあんまり出かける気分じゃないけど、これは断れる雰囲気じゃない。
「うん……」
私がそう言うと、フォードさんは先程の表情とは打って変わってとろけるような笑みを浮かべた。私はそれに酷く恐怖を感じた。こわい……この人の二面性がこわい……。
「それじゃあリサ、靴を履いて。今からギルド所有の魔導馬車に乗ります。拡張魔法がかけられているので中は広いですよ」
フォードさんが歩きだしてドアの前に立ったので、私もいつの間にかそばに置かれていた可愛らしい真っ赤な靴をはく。そして短い足でトテトテと彼を追いかける。
魔導馬車か……ナントカ魔法とか……素晴らしい。早く見たい!!気になるワードに思わず胸が弾む。
「フォード、くつ、ありがとう」
フォードさんだろうが!!!この口め!!不良品の口!!どうしてさん、が言えないのか!!
短い付き合いだが、この人は危険なタイプの人だ。
激しい二面性を持った人は本当に。普通に怒りっぽい人より何倍も恐ろしい。怒らせたくない…。
「ふふ、いいんですよ。買ってきたのはバッカスですから」
恐る恐るフォードさんの顔を見ると、どうやら怒っていないようだった。
良かった…。後でそのバッカスさんにもお礼を言わないと。きっとその人も優しい人なんだろう。
「へえ」
へえ、じゃないだろう!!
そうなんですか〜が何でへえ、になるのか!!
「さあ、こっちですよ」
フォードさんはゆっくりと歩き出す。私でもついて行けるくらいにゆっくりと。
フォードさん……貴方は怖いけど、良い人だ。
石畳の廊下を歩いていると、いつの間にか前にいたフォードさんを追い越していた。だが彼は何も言わないので、きっと方向はあっているんだろう。
時々大きな荷物を持った忙しそうな人達とすれ違うが、彼らはなぜか私の隣を通るときだけゆっくりと通り過ぎていく。
そんな彼らを変な人だ、と思いながら見ていると、見覚えのある顔が見えた。
「ライアン!」
片手で大きな宝……宝箱だよねあれ?なぜ宝箱を持ち歩いてるのか……。ライアンさんは両手で金の彫刻が美しい、見るからに凄いものが入っていそうな宝箱を抱えていた。
「リサ、起きたのか。どこへ行ってるんだ?」
「ばしゃ」
私がそう言うと、ライアンさんは訝しげに私の後ろに立つフォードさんの顔を見た。
「フォード……お前」
ライアンさんは顔を歪めてフォードさんを見つめ続ける。二人の間に一体何が!?もしかして仲が悪いのだろうか?
「すみません。必死に歩くこの子が可愛くて、方向が間違ってるなんて言えませんでした」
思わず後ろを振り向くと、フォードさんは心底申し訳なさそうに頭を下げた。それは、どう考えても私の自業自得だ……。フォードさんにちゃんと方向を聞いておけばよかったなのだろう。だが、フォードさんが可愛くて、なんて分かりやすい嘘をついたのは…やっぱり私のことが嫌いだから放置していたのだろうか?
魔法と聞いて浮ついていた気分が沈みこむ。落ち込んで思わず俯いてしまうと、私が履く真っ赤な靴が見えた。かわいい…。
「どうしようもない奴だな」
ライアンさんは冷たい目でフォードさんを見ていた。
やっぱり仲が悪いのか、それともライアンさんがフォードさんの恐ろしい本性に気づいているとか?
「リサ、お前さえ良ければ、その……」
ライアンさんが案内してくれるということだろうか!?
お願いします!!フォードさんには申し訳無いが、ライアンさんが一番醜い私にも優しくしてくれるから安心できる。
「うん、おねがい!」
勢い良くそう言うと、ライアンさんの手からは【ドガァッ!!】と見た目より遥かに重そうな音を立てながら宝箱が地面に落ちる。
そして彼はゆっくりと震える手を私にのばして抱き上げた。
そっちか……。てっきり案内してくれるって事かと思ってしまった。それにしてもライアンさんは醜いらしい私を自分から抱っこしてくれたのか…。怪我も治してくれたし。あまり迷惑はかけたくなかったが、それは本当に凄く凄く嬉しかった。
「……………………」
「……フォード、それを運んでおけ」
しばらく無言だったライアンさんが宝箱の方に目配せすると、ジークさんの額はピクリと痙攣する。
それはどう見ても人が怒ったときに起こる動き。
ライアンさん!!今のはフォードさんを絶対に怒らせた!
「行くぞ、リサ」
ライアンさん!!謝ろうよライアンさん!!
「リサ、リサ!!着いたぞ」
いつの間にか私達は大きな馬車の前に立っていた。
真っ白でなんの装飾もないそれには、大きく竜の翼を表したような金色のマークだけが描かれていた。
おかしいな、フォードさんと別れてからここに来るまでの記憶がない。恐怖のあまり記憶が飛んだみたいだ。
「入るぞ」
ライアンさんは私を抱えたまま馬車の中へ入る。あ……馬、見たかったな。でも言える雰囲気じゃないので黙っておく。
「よく来たな!!リサ!!!!」
あれ?ここ馬車だよね??
たしかに馬車は大きかったが、外から見たのとでは大きさの桁が違う。壁際には右と左、合わせてベッドが20個も並び、それでもなお中央には広いスペースが余っていた。
端には荷物や見るからに凄そうな武器が山程置いてある。
聞き覚えのある声に目を凝らすと、一番奥のベッドに腰掛けたアウルムさんが私に手を振っていた。あまりの神々しさに彼の周りだけ光って見える。アウルムさん、恐ろしい人だ…。
「団長、連れてきたぞ」
アウルムさんの前まで歩くと、ゆっくりとライアンさんは私を降ろしてくれた。
「ありがとう、ライアン」
にっこりと笑ってお礼を言うと、ライアンさんは大きく深呼吸したあと、言葉にならない声をもらしながらベッドにぼすりとうつ伏せになった。
「?」
やっぱり不快だったか……抱っこさせてごめんなさい。
首を傾げて不快に思われていることに気付いていないふりをする。私はちょっぴりお馬鹿で鈍感な幼女。そういう設定にするのだ。
「あいつの事は気にしなくていい。それよりリサ、今から大切な話をするから聞いてくれ」
虚無の表情でライアンさんを見たアウルムさんが真剣な顔で私を抱き上げ、隣に座らせる。
「うん」
孤児院に行ってくれって話だろうか?寂しいけど仕方ない。本当は一緒にいたいが、そこまで迷惑かけるわけにはいかないのだ。それにちょっぴり、孤児院がどんな感じかも気になる。
「ここから目的地につくまでの間に、沢山の街を通るだろう。だが君は決して馬車から出てはいけない。危険なんだ、とても。もし誘拐でもされたら、死より恐ろしい目に合う」
アウルムさんは真剣な表情で私の目を見つめた。
私だって元は大人だ。濁されていたって彼が言いたいことはなんとなく分かる。つまり、私はすごく醜いから見世物にされたりするってことだ。そうなったらサーカスとか見世物小屋で働くのか…お給料とか貰えないよね…ご飯も犬の餌みたいなやつだったりして…。外に出なければいい事だとはわかっていても、思わず身震いしてしまう。
「約束できるか?」
アウルムさんは優しい。ずっと迷惑しかかけてないのに心配してくれる。私はこの恩を、返すことはできるのだろうか。
「やくそくする!」
しっかりと彼の綺麗な目を見つめてそう言うと、アウルムさんは柔らかい笑みを浮かべた。
「よし!お前達、もう入っていいぞ!」
と、大きな声でアウルムさんが言うと、ぞろぞろとたくさんの人が入ってきた。もしかして外で待っていてくれたのだろうか。申し訳ない……。
「こいつらの名前は……まあ覚えなくてもいい。俺の名前さえ覚えてくれれば」
アウルムさんの言葉に、沢山のブーイングが飛ぶ。
アウルムさん…。団長がそれで良いのか。そんな態度じゃ怒られちゃうんじゃ……?いや、団長だからこそ多少の横暴が許されるのか。
ちらりとアウルムさんの顔を伺うと、明らかに苛立ちの表情を浮かべていた。
それに気づいた団員さんたちは、皆強張った顔になる。怒ってるな、アウルムさん。私がなんとか和ませないと。
「アウルム!ね、わたしもう名前おぼえてるよ!えらい?」
アウルムさんのゴツゴツした手をギュッと握る。私は子供私は子供私は子供……!手を握ったまま隣に座るアウルムさんの顔を見上げると、鬼のような顔をしていた。
「えらい!えらいぞリサ!!」
ライアンさん!貴方は本当に良い人だ!!
「偉い!リサちゃんは世界一偉い!」
「立派だ!!!」
「凄いぞリサ!お前は天才だ!」
団員さん達が皆褒めてくれる。なんて優しい人たちだ!
「覚えたのか…俺の名を。君はどれほど俺を……いや、偉いな、リサ。本当に君は誰よりも素晴らしいよ」
「ほんとう?わたしすごい?」
「ああ。俺は既に君の虜だ」
虜…私の虜!?うっとりと微笑むアウルムさんが嘘を言っているとは思えない。さてはとんでもない子供好きだな。いや、気持ちは分かる。私も、いくらブサイクでも無邪気な子供なら可愛く思うだろう。つまりこれは私の完全勝利である。このまま無邪気なふりを続けよう…。
「わたしもアウルム、すき!わたしのこと助けてくれたから!ライアンもすき!怪我なおしてくれたし、だっこしてくれた!フォードもやさしいからすき!バッカスも靴かってくれたからすき!あとそこの人たちも、褒めてくれたからすき!!」
かなりのリップサービスである。フォードさんは好きというより恐ろしいし、バッカスさんは会ったこともない。それに団員さん達に至っては、名前も知らない。だが幼女はそんな事は気にしないのだ!
「……」
静かだった。皆が俯き、誰も何も言わない。
耳が痛くなるほどの静寂。隣のアウルムさんですら、私に背中を向けてしまった。拳を強く握り過ぎて血が滴っている人も居る。
どうやら怒らせてしまったようだ……。少し、調子に乗りすぎた。