第二話 彼らは壊れている
「代われ」
「いえ、私が代わりましょう」
「俺が!」
「いつも俺に荷物持ちさせてるでしょ!今日も持ちますよ!!」
俺の腕の中にはスヤスヤと眠る少女。
嗚呼、こんなに幸せで良いのだろうか。俺のような醜い男が、天使を腕に抱けるなど。
「団長……全く聞いていませんね」
万能薬の材料となるナナバの実を探していたとき、この美しい少女、リサを見つけた。
この森型ダンジョンはその高い難易度の割に、いいドロップ品が落ちない。だから入るのは久々だった為、泉の休憩所を探すのに手間取ってしまった。
そして泉を見つけ、やっと休めると思えばそこに居たのは天使。
神へ祈りを捧げる彼女は、同じ人族とは決して思えぬほどに美しかった。
「だーんーちょー」
俺達は醜い。美の象徴とされる男神レーディンパウレスとは正反対の筋肉で硬い体に、皆から忌避される獣の耳。人族には普人族や妖精族など沢山の種族がいる。いくら身体能力が高くとも、その中では獣人族は負け組なのだ。レーディンパウレスはもちもちと柔らかそうな太った体に、細い目、低くて大きな鼻に分厚い唇を持つ。最悪な事に獣人族は種族柄、太りにくい。そしてレーディンパウレスと正反対の醜い顔を持つ者が多いのだ。同じく醜い者が多い森人族、エルフとも呼ばれる彼等とは同族意識があり仲が良い。
俺だってふくよかな体になりたいと思いその為の努力もした。だが冒険者などしている以上それは無理だった。
貧相な体に、醜い顔。虐げられるのは当然のことだった。だから俺は自分と同じような居場所の無い醜い人間を集め、ギルドを作ったのだ。
ずっと仲間達と生きていくと思っていた。誰かを愛すことなど、無いと思っていたのに。
女は男より数が少ない。王都のとある学者から女はおよそ1000人に1人しかいないと聞いたときには思わず絶望の表情を浮かべてしまったものだ。今では一妻多夫制度が認められているが、俺達のような醜男と結婚する物好きなどいる訳がない。
誰もが目を合わせることすら嫌がるのだから。
「おーい、団長!!!!」
だがこの子は違う。俺が近づいても嫌な顔をしなかった!思わず触れそうになりフォードに止められたが……。不満だが仕方の無いことではあった。俺達のような醜男が女性に触れると、簡単に有罪になってしまうからだ。だが、そんな心配はいらなかったのだ。
リサは、ライアンの手を握った!
あの醜男中の醜男、世界中の醜さを凝縮して生まれてきた男だと言われるライアンを!………そう呼ばれるのは、俺達も一緒だが…。
とにかくそれを見たとき、なぜ俺が先に気づかなかったのだと自分を恨んだ。他の連中もそうだろう。血を吐くほど羨ましそうな顔をしていた。
この子は普人族で、女だ。
普人族は数が少ない。それに生まれるのも、男ばかり。女神アリエヌペレスは普人族のようた見た目なので、女では普人族が一番美しいとされる。つまり普人族の女は何よりも尊ばれ大切にされる存在なのだ。
今まで何度か普人族の女を見たことがあるが、リサはそれとは比べ物にならないほど美しい。
まるでアリエヌペレスの生き写しだ!細い体に、真っ白な肌。そしてキラキラと輝く大きな目。
羨ましいぞライアンめ……訓練の量を増やしてやる。
「だんちょう〜〜」
この子が家の場所がわからないと言ったとき、皆同じ事を考えただろう。きっとこの子には記憶がない。だから俺達のような醜男にも普通に触れられるのだ。そんな奇跡のような存在には、もう出会えないだろう。
こんなに愛らしく、俺達に礼を言うほど美しい心を持った子供。
攫うしか、あるまい。
この子が自ら来るといえばそれで良し。来ないと言うならば……ギルドハウスにこの子に相応しい部屋を作る。そしてそこで育てれば良い。一生誰にも見つからないように。
俺達の意見は一瞬で一致した。誘拐は犯罪?ふん。犯罪でも何でもやってやろうではないか。この子は俺達の唯一の希望なんだ。
目で合図をし、この子の周りを逃げられないように囲んでから一緒に来るか聞いた。
そしてこの子は、来るといった!!!
「だ・ん・ちょ」
俺達は不幸で愛のない生活を、今日この時のために我慢してきたのだろう。この子は俺達の天使だ。
美しい天使、可愛らしい天使。俺達の希望。俺達の、光。
「アウルム!!!」
天使!?なんだ、フォードか…。
「なんだフォード」
折角幸せに浸っていたのに…嫌なときに邪魔をする男だな、お前は。
「あまり大声を出させないで下さい。リサが起きるでしょう」
そうだった!もし起こしてしまったら後悔で夜も眠れない。耳を澄ませると、背中からはすやすやと寝息が聞こえる。俺は安堵の息をついた。
「悪い。で?何だ?」
リサを代わりに持ちたいという話なら、却下しよう。
リサは俺に抱っこをねだったのだ、最後まで俺がやり遂げる。
「パーテル王国では私達は侮られています。いくら実力があろうとも、あの国は外見至上主義ですから」
フォードは苦々しい顔で吐き捨てる。
俺達の生まれた国、パーテル王国。王国のやつらは皆選民主義で、醜いものには人権などないような国だ。そんな国に住み続けていたのは、ただギルドの設立をパーテル王国でしてしまったから。それだけだ。
ギルドごと他国へ移る場合ギルドハウスは売らねばならないし、諸々の手続きもかなり面倒だ。
ギルドハウスへの愛着故にあの国にとどまり続けていたが、それももう終わりだ。
「侮られたままでは、この子を守るのは大変だな」
貴族か、王族か。この子を見れば誰もが俺達から奪い取ろうとするだろう。たとえ俺達が、ギルド最高のSランクギルドでも。
「良い機会だ。迷宮都市へ移るぞ」
団員達は嬉しそうに笑う。俺がこう言う事を期待していたのだろう。
「その子と迷宮都市に住むのか……楽しみだ」
ライアンは愛しげにリサを見つめる。
他の団員達も迷宮都市でリサをどこへ連れて行ってやるか、何を買ってやるかなどと楽しそうに話す。
「ふふ、リサが住むにはそこが一番良いですね。あの場所では手に入らないものは無い。この子が求めるものを全て用意してあげられますから。少しばかり無法者が多いですが、それは私達が守ればいい」
そうだな、フォード。
俺達はこの子が欲しい。だから、この子が、リサが俺達から離れていかない限り……リサが求める全てを与えよう。
「迷宮都市かぁ〜!楽しみだね!可愛い服屋なんかも沢山あるだろうね!」
最年少の犬獣人、メルルがニマニマと笑う。
メルルは緑色の長い髪を三つ編みにした醜男だ。いや、俺も人のことを言えないが。
「メルル。リサに服を買うのは俺だ」
保護者は俺だからな。必要なものを買うのも俺だ。服以外にも望むものはなんだって買ってやろう。金なら捨てるほどある。
「はーあ!?団長、何言ってるんですか!!」
メルルは明らかに不満そうに俺に噛み付く。
なんだ、俺は何かおかしいことを言ったか?
「喧嘩はあと!リサが起きるでしょう!」
そうだった!慌ててリサの顔を伺うが、ぐっすり眠っているようだ。やはり疲れていたようだな。
「迷宮都市に拠点を移すなら、早く土地を抑えないといけませんね」
迷宮都市、そこはどの国にも縛られない独立地帯。
周囲を複数のダンジョンに囲まれ、ありとあらゆる物が集まる場所。迷宮都市には世界各地から力自慢の冒険者が集まっているので、国では無いにも関わらずどの国も手出しは出来ない。
だが、だからこそ迷宮都市では土地が高いのだ。
どこよりも安全で栄えた地なので、世界中から集まった冒険者がこぞってギルドハウスを建てたり、一攫千金を狙う商人が店を建設する。パーテル王国の二倍もの面積があるというのに、土地の値段はパーテル王国の十倍以上。
町に居れば後ろ指を指され辛いだけなので、俺達は常にダンジョンに篭り魔物を倒し続けて来た。ギルド設立から48年間、ずっと。ただでさえ危険な仕事である冒険者は高収入なのだから、金は本当に捨ててもいいほど貯まっている。これならリサが住むに相応しい立派なギルドハウスを建てられるだろう。
それに俺達のギルドはランクが最上級のSランクになので、迷宮都市のギルド管理組合から迷宮都市に来いとしつこく勧誘を受けているのだ。この際その勧誘に乗ったことにして、その対価として良い土地を見つけさせよう。
「治安のいい場所にしなければいけないな」
少しでもリサに危険が及ばないように。
金に糸目はつけない。魔物刈りで今まで貯まりに貯まった金は、こういう時こそ使うべきだろう。
「ふふ、そうですね。素敵なギルドハウスにしましょう」
「……この子が、出て行きたくないと思えるほどに」
フォードは歪な笑みを浮かべる。
ああ、きっと今の俺は醜いだろう。俺を嫌っていた両親なんかはついに心まで醜くなったのかと地獄で罵っているだろうな。だが構わないさ。俺達にはリサがいるのだから。
「そうだな……誰よりも幸せにしてやろう。俺達の側にいれば幸せになれるのだと、そう思うように」
きっとこの子は天からの贈り物なのだ。
嗚呼、神よ。初めて手に入れた幸せを、俺達は絶対に手放さない。
無垢な笑顔を浮かべ、俺達に手を伸ばすこの子を俺達は愛しく思ってしまったのだから。