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愛される幼女は獣を愛する  作者: ばる。
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第一話 出会い

 寒い……お布団は?……あれ?どうして風が……寝ぼけて扇風機なんて付けちゃったのかな……

体に当たる生ぬるい風の感触。心地よいまどろみを邪魔されたことから、少しばかり不愉快に感じながら瞼を開ける。


「え?」


 おかしい。奮発して買った高いお布団がない。

独り暮らしを始めるとき、お祝いに母に買ってもらったお気に入りのソファも、コーヒーを溢してシミのついた机も無い。


 私の家にあるはずの物が、何一つない。

当然だろう、ここは家では無いのだから。


 辺りを呆然と見回す。ここは、沢山の木が生い茂るジャングルを彷彿とさせる森の中。見るからに危険で私の平凡な人生なら決して訪れることの無かったであろうその場所に、私は居た。


「ここどこ!?もしかしてゆうかい……」

 焦りと恐怖のあまり思わず大声が出るが、私の喉から発せられたのは幼子のような舌っ足らずな声。

 私は震える手で自分の喉を触る。

おかしい。これは、私の声じゃない。私の声はこんなに可愛らしくなかった。


「あ、あー……わたしの、なまえはりさ。つがみ、りさ」

 やはり、私の喉から出るのは鈴のなるような可愛らしい声。恐る恐る自分の体を見下ろすと、そこにあったのはおよそ7歳程度の幼児の体。


「うそでしょ……ゆめだよね、きっとゆめ」

 夢であることを願って、真っ白で簡単に壊れてしまいそうな小さな手で頬をつねる。

ありきたりだが夢かどうか確認する方法などこれしか浮かばなかった。

「いたい。いたいよ、どうして、いたいの」

 どう考えても異常事態で未知の出来事に、恐怖のあまり涙が溢れる。

しばらくグスグスと泣き続けていたが、いつまでも止まらない涙に疑問を持つ。もしかすると体に引っ張られて感情も幼くなっているのかもしれない。


「ひとをさがそう」

 こんなジャングルに居るとすれば原始的な暮らしをしている部族位だろうが、それでも希望を捨てきれなかった。たとえ言葉が通じなくても、この、いつ猛獣が出てきてもおかしくないような場所に一人でいるよりはマシだと思った。


「いたい……けがしちゃった」

 何故か私は裸足だった。それに来ている服は膝丈の真っ白なワンピース。

誰が私をこんな姿にしたか知らないが、そいつは確実に趣味が悪い。

 靴もはかずにこんな姿でジャングルを歩くのは自殺行為だろう。現に足には切り傷だらけだ。

さらに子供の姿ときたもんだ。全く、私を子供にした犯人はマッドサイエンティストか悪魔だな。


「ぴんくと、みどりのみずたま?」

 食料を探しながら歩いていたが、見つかったのはピンクと緑の水玉模様のリンゴのような形の果実のみ。

中身も確かめてみたいが、この背丈では木になる果実など取れはしない。

 一つだけ地面に落ちていたものをポケットに入れる。残念な事に一つしかないので、割って確かめることもできない。貴重な食料なのだから。


 今の時点ではっきり言えるのは、こんなもの地球には存在しないということだ。ますます頭が痛くなってきた。


「ここはじっけんじょうか、まかいか……」

 どちらにしても楽しい展開にはならないだろう。

警戒しながら少しずつ森の奥へと歩いて行く。まあ奥といっても現在地がわからないので、もしかすると森の手前へ進んでいるのかもしれないが。

「あ!おみずがのめる!」

 目の前にはまるで絵画のように美しい泉があった。

泉の周囲には鬱陶しい木も生えていない。まさにオアシスだ。


「おいしい……でも、びょうげんきんが…」

 およそ一時間も歩き続けた小さな体は思いの外水分を欲していたようで、気づけば小さな手で水をすくい夢中で飲んでいた。

いくら底まで透き通るくらい綺麗でも泉の水をそのまま飲むなんて危険としか言いようが無いが仕方ない。脱水症状になるのも病原菌に感染するのも同じだ。


 どちらにしろ死んでしまうのだから。


「うわぁ……!かわいい!」

 憂鬱な気分を誤魔化すように綺麗な泉を覗き込むと、透き通った水面に映るのはピクスドールのように美しい女の子。

とろりと溶けてしまいそうなほど甘そうな蜂蜜色の目に、ぷるんとした桜色の唇。

それに現実ではありえない、ブループラチナの髪の毛。

「ここはまかいだったか。いや、もしかするとすごいゆめかも?」

 私が悩むと水面に映る女の子も顔をしかめる。

当然だ、これが今の私なのだから。

ただ子供の頃の体に戻っただけじゃない、今の私は別人になっていた。

もしここが魔界だとすると、これから私は酷い目に合うだろう。悪魔なんかが出てくるかも知れない。


「かみさま、かみさま」

 その場に跪き、神に祈る。

これが夢でありますようにと。

都合のいいときばかり神頼みで申し訳ないが、こんな事態ではもはや神しか頼れない。悪魔に対抗できるのは天使が神しかいないのだから。


「だれ!」

 かさり、と草を掻き分ける音にパッと顔を上げいつでも逃げられる姿勢を取る。

猛獣なら食べられる事になるだろうが、もしも人間なら……


「まて!逃げないでくれ!」

 私が覚悟を決めていると、美しい男の人達が茂みの奥からぞろぞろと私の前へ出てきた。

彼らは揃いの鎧を着て剣や槍、盾を背負っている

それに彼らの頭には獣の様な耳があったり背中から妖精みたいな羽が生えていたり……え?かっこよすぎ。全員ありえないくらいイケメンじゃないか。


「俺達は………怪しいだろうが、君を害するつもりは無い」

 ブロンドの髪に紫色の目の背の高い190センチはあるだろう、素晴らしい肉体を持つ男の人が剣を投げ捨て、一歩前へ出る。


「本当に、神に誓う。君を傷つけない」

 彼は真剣な目で私を見つめる。

私もじっと彼らを見つめる。まず代表らしき男の人を。

シミ一つない肌に、きりっとした眉。切れ長な目。

スッと通った鼻筋に薄い唇。そして虎のような耳。王者の風格のようなものが漂っている。

後ろの人たちもそれぞれ神のごとき美しさだ。


 あ、なるほどね、夢か。

魔界にこんなに美しい人達がいるはずがない。何で痛みを感じたのかは分からないが、痛みを感じる夢と魔界にいるイケメン。どちらがより非現実的かといえば、やはり魔界に居るイケメンだろう。これで性格が下衆なら悪魔だと思うが、この人の行動を見る限り絶対にいい人だ。これが騙すための演技なら悪魔の演技力は凄すぎだ。


「だから、君がもし困っているなら…俺達に助けさせてほしい」

 男の人達は緊張した眼差しで私を見ている。

なんていい人なんだろう!助ける立場なのに、怖がられないよう下手に出て話してくれている。

この人たちに付いていけば、ジャングルから出られるだろうか。ジャングルから出れば冒険モードも終わって楽しい夢にならないかな……。


「……たすけて」

 ポロリと涙がこぼれた。

夢の中の私は涙もろいらしい。

「なっ!フォード!どうすればいい!」

 代表の男の人は大慌てで私に近寄り、質のいいハンカチを私の瞼に当てる。

参った…やはり精神も体につられて幼くなってるみたいだ。


「団長!絶対に触らないで下さい」

 団長……?なんの団長だろう?ファンタジーっぽいから冒険者とかかな?冒険者が存在するなら私もなってみたい!!夢が覚めないうちに!!

 くだらない事を考えていると、銀色の髪を軽く後ろで結んだ綺麗な男の人が慌てて団長さんを私から離す。そんなに私は汚くないぞ!いや……結構汚いかも。

私は泥、傷だらけの足を見下ろす。どう見ても結構どころか滅茶苦茶汚い。


「ああ、そうだったな……」

 団長さんは自嘲するように笑い、ハンカチを持った手を降ろす。

団長さんまで……そんなに汚いだろうか。いや、汚いとは分かっていてもやはり悲しい。思わず涙が出そうになり、唇を噛みしめる。


「おい!怪我してるぞ!」

 背中に大きな盾を背負った赤い髪を短く切った男の人が、私の前へしゃがみこむ。

この人もかっこいいなぁ……筋肉が凄いし、野性的な美貌って感じ。

‥‥‥‥あれ?この男の人達何か近寄ってない?

自分の周囲を囲む男の人達を見回す。

うん、明らかに少しずつ近づいてるな。どうしてだろう?


「おい、こっちを見ろ。俺はライアン。お前の怪我を治したい。だが、治すにはその……手を、握らないといけないんだ」

 苦しそうな顔でライアンさんは私を見る。

優しいなあ。多分、私の見た目は彼らにとっては醜いんだと思う。触るのを躊躇したり、嘲るような笑みを浮かべたり。まあ夢なんだからこのスーバープリチーな顔がブサイクって設定でも不思議じゃない。夢なんて何でもありなんだから。

 だからすごく嫌だろうに、治そうとしてくれてるこの人は本当にいい人だ。


「ん!なおして?」

 私は無知な子供のふりをしよう。

優しい彼らが少しでも嫌悪感を抱かないように。

私は、自分が醜いことを知らないのだと、そう思わせよう。

ギュッと両手でライアンさんのゴツゴツした大きな手を握り、小さく微笑む。


「……っ!ああ!」

 怒りで頬を赤くしたライアンさんの手が光る。

後ろを見ると団長さん達は鬼の形相でこちらを見ている。ごめんね、大事な仲間の手を私なんかが握っちゃって。


 団長さんから目を逸らすと、みるみる足の切り傷が消えていく。

すごい!これは魔法かな?ここは魔法がある設定なんだ!私も使えたらいいなあ。


「お前……どうしてこんな所にいたんだ?」

 うーん……なんて言えばいいんだろう。

彼らは恩人だ、やはり正直に言うべきか。でも夢だから分かんなーい!なんて言うのもなんだかなあ……。気分ぶち壊しって感じだし。


「おきたら、ここにいたの」

「起きたら!?……家はどこだ」

 険しい顔になったライアンさんが聞く。

どこかな……そもそもここがどこか分からないし。あ、あえて言うなら私の脳の中?夢だしね。


「わからない。」

 うわあ、皆さん凄く嬉しそうな顔。

そんなに私の不幸が嬉しいのか……少し傷ついた。

笑いながら団長さんが私の手を握り続けているライアンさんの手を払い除けた。

たしかにもう全部治ってたけど…そんなにばっちいですか。


「俺達は天竜の翼というギルドに所属している。一応俺が団長なんだが……君さえ良ければそこに来ないか?」

 団長さん…!あなたを酷い男だと思ってごめんなさい。胸の中を酷い罪悪感が渦巻く。

本当に良い人ばかりだ。私の醜さに嫌悪感を抱いてはいるが、それでもこんなに親切にしてくれるなんて。


「いく!あのね、わたしのなまえはりさだよ」

 そういえば、まだ自己紹介してなかったね。

さっきから君とかお前とか……恩人に対して名前も名乗っていなかったとは。自分が恥ずかしい。


「そうか!ずっといてくれ!リサか、いい名前だな。俺の名前はアウルムだ」

 団長さんは満面の笑みを浮かべた。

あはは、ずっといてくれ、なんて面白い冗談だなあ。ここが魔法のあるような世界なら、孤児院なんかもあるだろうに。そう、魔法のあるような世界………


「あうるむ」

 名前までカッコイイとは……彼に欠点はあるのだろうか。


「……!もう一度呼んでくれ」

 うっとりした顔で団長さんは私を見つめる。

自分の名前が気に入ってるんだね。たしかに素敵な名前だ。イケメンにピッタリのイケメンな名前。


「あうるむ」

「もう一度」

「あうるむ」

「もう一度……」


「やめなさい。いつまでこんな場所に居るつもりですか?早くギルドハウスへ戻って登録をしなければいけないでしょう!」

 ジークさんが団長の頭を叩いた。

結構いい音したな……でも団長さんは平気そう。

団長さんはハッとした顔で私から離れる。むむむ……せっかく仲良く慣れそうだったのに。


「そうだな!リサ、早く行こう。ギルドハウスに戻ったらまた呼んでくれ」

 逃さないぞ……私には分かる。いくらブサイクでも、子供が懐いてきたら悪い気はしないはず。


「……だっこ」

 離れてった団長さんの元へ駆け寄り、その長い足にしがみつく。


「だ、だだだだっこだと!?」

 団長さんは信じられない、と目を見開く。

他の団員さん達も皆驚愕の表情を浮かべている。


「だっこ、して?」

 こてん、と首を傾げる。

これで少しは可愛く見えるはず。

団長さんは震える手で私を抱き上げ、ギュッと抱きしめた。

やっぱり優しい。こんなワガママを聞いてくれるなんて、凄くいい人だ。


「ありがとう」

 落ちないように団長さんの首へ腕を回し、しっかりと体を預ける。

なんだか団長さんの息が荒いような……やっぱり嫌だったのかな?


「いや!こちらこそありがとう!リサ、君は眠っているといい。疲れているだろう?」

 優しい!なんて優しいんだ!私が大人だったら惚れてたよ!いや、惚れても叶わぬ恋だけど。


「わかった。」

 団長さんがゆっくりと歩き始めると、私は目を閉じた。そしてこれが夢だと、無理矢理自分に思いこませる。本当はわかっているのだ。これが夢なんかじゃない事は。強く閉じた瞼から涙が溢れる。そして心地よい揺れに、いつの間にか私は眠っていた。




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