第三話 ~フルール・ラウズ~
翌朝、俺達は支度を終えて宿を出ると、既にマインが迎えに来ていた。
「おはようございます。準備の方は万全ですか?」
「ああ!バッチリだ!」
「わざわざ迎えまでありがどうございます」
近づいてくる骸骨に軽い挨拶を交わす。
「大丈夫ですよ。ただ私も今日は忙しいので、今すぐ出発したいのですが・・・便利な方と派手な方、どっちの方法で向かいたいですか?」
「派手な方!!」
即答する。何事も派手な方が良いに決まっている。
「いい答えです!では私にしっかり掴まって下さい。でないと落ちるので」
「えっ!?落ち…てゆうかわたしの意見は?」
嬉々とした様子の俺と困惑するエルがそれぞれ手に摑まるのを確認したマインは魔法陣を展開する。魔力が充填されると同時に三人は宙に飛ぶ。それは俺達の物とは別格の魔法だった。
「うぉあああ!すげぇ!」
「速いぃーー!」
気付いた時には先程までいた宿が小さくなる程に離れており、改めてマインが強大な力を所有しているのだと実感する。
程なくして、俺達は国の中心、カルト魔道学院に到着する。それは外装が鉄の様な金属の巨大なタワーであり、俺とエルは魔法とはかけ離れた印象を受けながらも、頂上の見えないタワーを感嘆の声を上げながら見上げていた。
「さて、それではお二人の高等部は上層にあるので、次は便利な方で行きましょう」
マインが足元に魔法陣を展開すると、俺達は光に包まれる。思わず塞いだ眼を開けると、そこには人が溢れ、魔法が行きかう街があった。
「「うわぁ…」」
外で発した時とは違う感嘆の声を上げる俺達。
「どうです?凄いでしょう!ここは日用品等が売っていまして、高等部のエントランスも兼ねています。因みに外からは入れない様になっていますので、これからは魂器を使ってくださいね」
はしゃいでいる俺をよそに、移動しながら説明をうけるエル。詳しい操作方法は後で彼女に聞けばよいだろう。
「わかりました。でも、わたし達まだ使い方よくわかってないんでけど…」
「大丈夫ですよ。これからお二人の面倒を見て下さる人と待ち合わせてますから。その辺りも教えて貰って下さい」
「なあ先生!あの旨そうなの何だ!?」
ここでも村では嗅いだことの無い食欲を誘う香ばしい薫りがあちらこちらから漂ってくる。
「こらこらルーファ君、いい加減落ち着いて下さい。さてさて、この辺りなのですが・・・おっいましたよ。おーい!チャムさーん!」
声を掛けられた茶髪でショートカットの少女が振り向く。
「あっ!校長!ちょっと遅いですよ?」
両手を腰に当てながら言うチャム。その手の甲には何かの魔法だろうか紋章が刻まれており、また彼女の首には少し古びた銀製のペンダントがぶら下げられていた。
「いやぁ、すみません。転移ではなく飛んできたので…」
後頭部を掻きながらへこへこと謝罪するマイン。
「まぁいいですよ。校長忙しいし。それよりあなた達がルーファ君とエルちゃんね!わたしは三年のチャム。よろしくね!」
「ああ!よろしく!先輩!」
「よろしくお願いします!」
遅刻した件も軽く流してこちらに笑顔を向けてくれる彼女は寛容で気さくな人なのだろう。
「うん。元気があってよろしい!それじゃあ校長。この子達預かりますね」
「はい、お願いします。それでは二人共、これから色々あると思いますが頑張って下さいね!」
マインは俺達の肩を叩き、激励する。昨日彼に会えなければ今頃路頭に迷っていただろう。感謝の念は尽きないが、その恩はこれからの生活の中で返還していくとしよう。
「ああ!わかったよ先生!」
「本当にありがとうございました!」
俺達から離れ、軽く手を振りながらマインは転移魔法で消えていった。
「さて、それじゃあここは混んでるし、そろそろわたし達の寮に向かいましょうか。二人共魂器を起動して」
マインが去った後、俺達はチャムの説明を受けながら魂器に座標を打ち込んでいく。
「これで良し!じゃあ最後にここを押して」
言われた通りにすると…
<座標を照合中…照合完了。転移を開始します>
魂器から魔法陣が展開され、再び光に包まれる。
そして眼を開けると、一面の草原の中に、寮というよりは屋敷に近い大きな建物とその周りにも何かしらの施設と思わしき物が何軒か建っていた。
「あれ?外に出たのか?」
「それにしては人がいない気が…」
辺りを見回すが、俺達三人以外に人はいない。
「校長の空間魔法よ。チームごとに一つ、共に暮らす寮と空間が与えられてるの。だから正真正銘ここはカルトの中よ。立ち話もなんだし取り敢えず入って入って!」
魂器をかざしながら玄関の鍵を開けたチャムが手招きする。中に入ると一階は大広間になっており、数人が集まっていた。
「あっ!リーダーお帰りなさい。そこの二人が例の編入生ですね!」
生徒が何人か寄ってくる。
「「リーダー?」」
首を傾げる俺達二人。
「ふふっ、そうよ!ようこそ!チーム『フルール・ラウズ』へ!!改めてチームリーダーのチャムよ。そして皆、この二人が新メンバーのルーファ君とエルちゃんよ」
「えっと…よろしく!」
「よろしくお願いします!」
メンバーと軽くあいさつした後、二人は広間のソファに腰掛け、テーブルを間に対面したチャムから説明を受ける。
「さぁてと…じゃあこのカルトの中での生活について説明するわね。質問があったら言ってね」
俺達が頷き、チャムが続ける。
「まずは高等部についてね。このカルトでは最初に小等部で世界全員の子供達が魂器の使い方と、一般教養を学ぶの。その後、中等部では基本的な魔法を学ぶ、そこで最後に魔法適正試験が行われるの。この試験で魂器が無くても魔法を扱えると判断された生徒だけが、高等部に上がれるってわけね」
「そんなに入るの大変なんだな」
「それにわたし達、試験も受けてないですけど…」
途方もない話に焦り、自分達が場違いな気がしてきた。
「ま、校長が連れてきたんだしそこは問題ないでしょ。それで今の説明で解る通り、高等部に上がれるのは人口全体でみれば少数で、尚且つ中等部の内に一般的な事は学び終えてるの。だから高等部では普通の授業は行わず、チームに所属して研究といった形で魔法と自らの魂の探求に努めるってわけ」
焦る俺達をなだめつつチャムは続ける。
「でも、生活も原則自給自足だから、生活費のために依頼をこなさないといけないけどね。それに、わたし達みたいな小規模なチームは一人の負担が大きくて中々大変なのよ。まぁその分ちゃんと面倒見れるだろうって事で、校長からあなた達を紹介されたのよ」
「だったら俺たち、頑張らないとなー」
「そうね。これ以上負担をかける訳にもいかないし」
一通りの説明を受け、改めて二人は気合を入れる。
「大丈夫よ。他の一年も基礎的な魔法しか使えないのが殆どだろうしね。そしたら、あなた達の魂の属性を調べてみましょうか」
「「魂の属性?」」
聞きなれない単語にまたもや首を傾げる俺達。
「そうよ。魂にも属性があって、得意とする魔法も決まっているのよ。まずは自分の長所を知った方が実力も伸ばしやすいしね。二人共、何も考えずに魔法陣を展開して魔力を込めてみて?」
二人が言われた通りにすると、始めは透明だった魔法陣の色が変化した。エルの魔法陣は水色に染まっていた。
「そうそう。エルちゃんは…少し薄い気がするけど水ね。ルーファ君…え?何この色?」
俺の魔法陣を見た途端に驚きの声を上げるチャム。
「この色ってそんなに変なのか?」
俺の魔法陣は純白に染まっていた。
「ええ。本来魔法陣で判別できる属性は四大元素と言われる火、水、土、風のみで、それぞれ赤、青、黄、緑にしか変化しないはずなの。それか、得意なものが複数ある場合は色が混ざったり、そもそも属性が四大元素以外の場合は、透明のまま変化しないのよ」
「じゃあルーの属性って…」
エルも俺の魔法陣に視線を向けるが、純白のまま変化する気配はない。
「校長なら知っているかも。今度聞いてみましょう」
チャムがそう言い終えた途端に玄関のドアが開く。
「リーダー!只今戻りましたー!」
新人の勧誘に出ていたメンバーの十数人が寮に戻ってきたようだ。
「おっ!丁度いいわね。どうだった?」
チャムが尋ね、メンバーが答える。
「はい!今日は二人だけでしたが、間違いなく即戦力ですよ!さぁ入って入って」
メンバーに手招きされ、二人組が入ってくる。
「どもー!あたしフィーって言います!よろしくでーす!」
手を挙げた緑髪でややくせ毛の少女は陽気にそう言った。隣にいた赤髪で体格の大きい少年も名乗る。
「僕はハイル。ハイル・エネアです。よろしくお願いします」
赤髪の少年の名を聞き、寮にいたメンバーがざわめき始める。チャムも驚きを隠せず、ハイルに駆け寄る。
「へぇー!エネアってことはあの魔帝の弟よね?まさか代行者の一族がうちに来るなんてね。てっきり同じチームに所属すると思ってたけど…」
「それは…」
「聞いてくださいよー。こいつ兄さんから、教えることなどない!っとか言われて追い出されたんですよー」
口を開いたハイルを遮り、フィーが彼の肩を叩きながら事情を話す。
「あぁ…あいつらしいわね」
「まぁ…そういう事です」
苦笑するチャムとハイル。
「なあエル。何で皆騒いでるんだ?」
まだ事態が呑み込めていない俺がエルに尋ねる。
「もう…昨日マイン先生が言ってたでしょ?神の代わりに啓示を行う代行者がいて、その一族には姓が与えられるって。あのハイルって人はその血縁者ってことよ」
呆れながらも答えるエル。
「じゃああいつ強いのか!?」
思わず目を輝かせる。世界に12人のみしか存在しない者の一族ということは相応の実力者の筈だ。一体どの様な魔法を使えるのだろうか。
「なんで嬉しそうなの?まぁそうだと思うわよ?」
俺達がそんな会話をしていると…
「でもリーダー。これで今年の二人の内一人は決まりじゃないですか?」
メンバーの一人がそう言い、他のメンバーも次々に頷く。
「どういうことですか?」
ハイルの質問にチャムが答える。
「ふふっ、うちのチームの伝統でね。毎年新メンバーの中から代表者二人で模擬戦してもらうのよ。勿論一人はハイル君!そして相手は…ルーファ君!あなたよ!」
チャムが振り向き、俺を指差す。
「えっ!?俺!?」
「そうよ!何だか面白くなりそうだし!そうと決まれば皆!二組に分かれて片方は宣伝と呼び込み!もう片方は物品の用意!さあ今年も稼ぐわよー!」
「「「おぉーーー!!」」」
「なんでこんなことに…」
場所は移り、ここはカルトに存在する闘技場の一つ。観客席で項垂れるエルの周りにはチケットを購入した生徒たちが次々と転移してきていた。
「大丈夫よ。この闘技場も校長が作った物でね、中にいる間は何があっても死ぬ事はない魔法が掛かってるし、出れば傷も治るから。原理は知らないけど。」
隣に座っていたチャムがエルを宥める。
「そうそう。校長の魔法なら間違いないってー」
反対側のフィーが背中を叩く。
「いや、それはそうかもしれないけど…」
「あーもしかして彼の負けるとこ見たくないとか?」
呟くエルを見て目を細めるフィー。
「なっ!?違うわよ!」
赤面し声を荒げるエル。
「健気でいいわねー。でも先輩達ならまだしも、一年でハイルに勝つのは無理だと思うわよー?」
「だから違うって!」
言い合いを始めた二人をチャムが静止する。
「ほらほらその辺にしなさい。二人が出てきたわよ!」
フィールドにルーファとハイルの二人が転移し、観客の歓声が上がる。
「さぁ今年もやってきたぞぉ!我らがラウズの新メンバーによる模擬戦!!今回はあの魔帝の弟、ハイル・エネアと、マイン校長が連れてきた前代未聞の編入生!ルーファとの一騎打ちだぁーーー!!」
観客席の更に上の実況席から二人が紹介され、さらに観客の歓声が上がる。
「ほうほう。今年も楽しみですねぇ。まさかルーファ君が出るとは」
「今年もわざわざ見に来て下さってありがとうございます校長!でもやっぱり…今年も首だけなんですね」
実況の隣のマインが高笑う。
「ハッハッハッ!今胴体は中等部の入学式の最中ですよ!」
「なるほど!それじゃあ前置きはこのくらいにして、ルールは単純。相手を倒して10カウントを取った方の勝ちだ!!試合開始ぃぃぃぃ!!!」
実況担当の先輩は慣れているようで、あっという間に試合開始のゴングが鳴ってしまった。
「なんかとんでもない事になってるな…」
周りを見渡しながら率直に述べる。
「そうだな。ところで編入生と聞いたが、戦闘用の魂器の操作は出来るのか?」
同じく周りを見渡していたハイルが向き直り尋ねる。
「ああ!さっきまで先輩達に教わってたからな。問題ないぜ!」
どうやらこの魂器魂器には魔法が使用不可能な人々の為に様々な補助機能が搭載されており、自身の魔力を消費する事は通常通りだが、難易度の高い魔法も掛け声一つで使えるらしい。
「そうか…悪いが代行者の一族として負ける訳にはいかないからな。手加減はしないぞ」
俺達は対峙し、魂器を構える。
「わかってるって!思いっきりやろうぜ!」
「では行くぞ!!」
俺達が手を掲げて同時に叫ぶ。
「「オペレート!!武装!!」」
叫ぶと同時に魂器から金属が流動し、二人の体を覆い、それは身を守る鎧と武器に変化する…筈だった。
「ん?あれ?あれぇぇーー!?」
俺の体は鎧に覆われることなく、辛うじてその手に黒剣が握られているのみだった。一方、ハイルの方は全身を深紅の鎧と、その大きな体格に見合った大剣と完全武装だった。
「おおっとぉ!これはルーファ選手まさかの武装失敗だーー!」
「おやおや、武装は自分のイメージした武器や防具を出現させる魔法で、自力では難しいために魂器の魔法補助機能を使う方法が主流なのですが・・・まだルーファ君の魂が魂器に慣れておらず、拒絶反応を起こしているのかもしれませんね」
マインの解説と共に会場はどっと笑いに包まれる。
「あちゃ~。人選間違ったかしら?」
「ちょっとリーダー!だから言ったじゃないですか!これじゃあルーが瞬殺されちゃいますよ!?」
苦笑するチャムにエルが突っかかる。
「まぁまぁ~。エルもルーファが戦うとこ見た事無いんでしょ?瞬殺は免れるかもしれないじゃない?」
「結局負けるの確定じゃない!」
フィーは面白くて堪らないようで、嬉々としてフィールドに目を向ける。
「とにかく、今更試合中止する訳にもいかないし、食料品だけでも売り切れるまで見守るしかないわね」
「あぁもう…しっかりしてよね。ルー」
すっかり諦めムードの中、試合は開始される。
「くっそー。なんで上手くいかなかったんだ?それにイメージしたのは弓なんだけどなぁ」
そう言いつつルーファは黒剣を構える。
「さっきも言ったが手加減はしないからな。こちらからいくぞ!」
ハイルの掌から火球が飛んでくる。
「なに!?うおっと!」
身体を捻り、ギリギリのところで躱す。
「(無詠唱か…じゃあハイルの属性は…)」
「今ので理解したと思うが、僕の属性は火だ。下級なら無詠唱で発動できる」
次々と迫りくる下級火魔法を黒剣でかき消しながら凌ぐ。
「(くっ…これじゃあ近づけない!)」
「凌いだ…ならこれはどうだ?中級火魔法!」
なんとか凌ぎ切ったのも束の間、先程までより一回り大きな火球が襲い掛かってくる。俺も中級魔法は使えないことは無いが、まだ安定していない。
「マジかよ!?くそっ!こうなったら…オペレート!中級水魔法!」
ここは補助機能を使うのが賢明だろう。魔法陣から水流が飛び出し、火球を塞き止める。
「(魂器の補助機能を使ったか…ということは少なくとも彼の属性は水ではない。だが補助機能による魔法では正規詠唱には勝てない。それでは僕の中級火魔法を消し去ることは不可能だ!)」
水を蒸発し尽くした火球が威力を弱めながらも再び俺に向けて飛んでくる。
「よし!これなら!下級風魔法!!」
「なに!?」
風を纏いつつ火球を躱し、一気に距離を詰める。そのまま俺達の剣がぶつかり合う。
「へへっ!やっと近づけたぜ」
「まさか風魔法をそんな風に使うとはな。力の調整にかなり技術が要る筈だ。君の属性は風なのか?」
鍔迫り合いながらも俺達は言葉を交わす。
「さあどうだろうな」
ここは無理に情報を与えるべきではないだろう。実をいうと俺に得意不得意な属性は無い。4属性全てバランスよく中級までなら完全ではないが扱える。ハイルは知らないだろうからどこかの局面で有利に働く筈だ。
「ふっ…だが甘いぞ!!」
ハイルの大剣が俺の黒剣を弾き、体勢を崩したところに大剣が振り下ろされる。
「ぐっ…(重い!なんて力だ!)」
両手で剣を支えて受け止めるが、ハイルは右手の力だけで押さえつける。
「手加減しないと約束したからな。面白い物を見せよう」
そう言ったハイルは空いていた左手を俺の腹に打ち込む。
「なっ!?うぐっ!」
咄嗟に躱そうとするが間に合わず、拳が触れた瞬間、俺の腹に刻印が刻まれ、そのまま吹き飛ばされる。一度倒れ込むが、重い一撃がもたらすダメージに耐えつつ立ち上がる。
「はぁ…は…なんだこれ?」
「今君と僕には、水属性の魔法が使えないという共通の制約が課されている」
「なんだって!?」
ハイルが左手の掌を俺に見せつける。そこには俺の腹に刻まれた物と同じ刻印が浮かんでいた。
「いいか?人の魂にはそれまでの経験で得た武器や能力、魔法が眠っていて、それは記憶と呼ばれている。僕たち魔法使いが志す魂の探求というのは、自らの魂に眠る記憶を呼び覚まし、使いこなす事だ」
「なるほどな…ならこれがお前の唯一の能力ってわけか」
「そうだ!これが僕の記憶、『裁きの左手』!左手で触れた相手と自分に同じ制約を強制的に課す。この制約は僕が解除するまで続く!これで先程と同じ様にはいかないぞ!」
ハイルは巨大な魔法陣を展開し、魔力を充填する。
「今度はなんだ!?」
「これが今の僕の全力だ!くらえ!上級火魔法!!」
巨大な火球が魔法陣から放たれる。
「っ!オペレート!上級火魔法!」
俺も魂器の補助機能を使い対抗しようとするが、それは上級と呼ぶには余りにも弱く、ハイルの放った炎に飲み込まれる。
「がっ!うあぁぁぁぁーーーーー!!」
全身を炎に覆われ、身を焦がす熱さに耐えきれずそのまま前のめりに倒れ込み、俺は動きを止める。
「おおっとーーー!ここでルーファ選手ダウンーーー!カウント開始だ!10-、9-」
俺達の攻防に見入っていた実況がカウントを開始する。
「そんな!?ルー!!」
思わず身を乗り出して声を上げるエル。
「まさか一年で上級魔法と記憶まで使いこなすとはね・・・流石は代行者の一族といったところね…」
腕を組み呟くチャムだが、その頬には汗が伝っていた。
「やっぱり一年生でハイルには勝てないわよ。頑張った方だと思うわよー」
髪をいじりつつ達観した意見を述べるフィー。観客もハイルの圧倒的な実力に声を失う者が多く、勝負は決まったというムードが漂っていた。
「立ってよー!ルーーーー!」
叫ぶエルの声が辛うじて耳に届くが、身体に力が入らない。刻一刻とカウントダウンが迫る。
-全く…だらしない奴だ…-
遠のく意識の中、聞き覚えのある声が頭に響き渡る。
-あの程度の相手に苦戦してどうする。俺が見本を見せてやろう-
-おま…え!…なんで?-
-言った筈だ。宿を貰ったと。お前は引っ込んでいろ-
-ふざ…けるな…誰がお前なんかに…-
-ふん…まだ抵抗する力があるじゃないか。なら少しは本気でやれ…-
-っ!…-
完全に意識が途絶え、再び目を開けた先には…
「(よ…ぞら…?)」
眼前には黒い空に散りばめられ、光り輝く星々。
「(これは…一体…?)」
手を伸ばそうとしても体の感覚がない。辛うじて動く視線を横に向けると、顔の見えない誰かが自分の傍に立っていた。
「(君は?…)」
上手く言葉が出せず、これ以上身体も動かない。呆然としているとそっと手が伸び、自分の頬に触れる。その表情はわからないが微笑んでいるように感じて、懐かしい感覚がした。これは俺の失った記憶の一部なのか。それとも俺に宿る魂の記憶なのか。定かではないが俺は…俺の力は…
「(そうだ…俺はこうやってあいつと星を見ていたんだ…)」
「3-、2-…」
カウントダウンに紛れて自分の名を呼ぶ声で目を覚ます。
「…エル?」
全身が火傷し、身体中の痛みに耐えながらもゆっくりと立ち上がる。
「1-おぉ!?立ったぞ!試合続行だぁぁぁぁ!!」
「おぉ!ナイスガッツというやつですね!」
会場には再び歓声が上がる。
「やった!ルー!」
両手を上げて喜悦するエル。
「まさかあれを喰らって立ち上がるとはね…ハイルのヤツも予想してなかったでしょ!」
退屈気味に観戦していたフィーも身を乗り出していた。
「面白くなってきたじゃない!さあ、ここからよ!」
試合を見守っていたエル達も会場の熱気と共に声を上げる。
自分の名を呼ぶ少女に笑みを返して、俺は再びハイルと対峙する。
「立ち上がるとはな・・・君を甘く見ていたようだ」
「へへっ!負けたくないからな!」
最初は驚き、動きを止めていたハイルだったが、再び魔法陣を展開する。
「まだ裁きの左手の効果は続いている。もう一度喰らえ!」
ハイルが魔法陣に魔力を溜め始めたと同時に、俺は黒剣を地面に突き刺し、腰を落として拳を引く。目を閉じて、集中力を高めていく。
「(何をする気だ?だがこの距離なら僕の上級火魔法の方が先だ!)」
魔力の充填が完了する直前、俺の拳が光りだす。
「なに!?」
俺の力、俺の属性、俺の記憶。あの光景が齎した追憶と共に、眼前の敵を粉砕する!
「下級光魔法、『閃光』!!」
拳から打ち出された一筋の光は一瞬でハイルの魔法陣を貫通し、彼の顔面に直撃する。
「ぐあっ!」
顔面を守っていたバイザーが吹き飛び、大きく仰け反ったハイルは体勢を立て直そうとする。その隙を見逃さず、魔法陣を展開し次の一手を打つ。
「下級風魔法!」
風を纏いながら直進して一気に懐に入り、そのまま晒しだされたハイルの顔面に向けて足を蹴り上げる。
「(それが狙いか!だが遅い!)」
体勢を立て直したハイルが防ごうとした瞬間、脚に更に風を纏う。この局面まで俺は無詠唱を見せていない。使うならここしか無い!
「(無詠唱だとっ!?)」
速度を増した脚がハイルの側面に直撃する。
「吹っっ飛べぇぇーーーーー!」
俺の放った渾身の一撃がハイルを吹き飛ばす。何度も地面に叩きつけられたハイルは仰向けになって倒れ込む。
「おぉーーーっとーーーーー!!今度はハイル選手がダウンだーーー!!」
「光属性とは懐かしい物を見ましたよ!」
会場も一段と盛り上がり、そのままカウントダウンが開始される。
「はぁ…今ので脚やっちまった…流石にもう動けねぇな…」
膝をつきながらも俺は意識を保つ。ハイルの方は気絶しており、ピクリとも動かないまま、10カウントが終わりを告げる。
「1-、0-!!試合終了!!まさかの逆転勝利だぁぁぁぁ!!!」
大歓迎に包まれる中、俺はずっと自分を応援してくれた少女にVサインを送る。
「へへっ、ありがとな!…」
「ルー…」
呟く声が彼女の耳に届くことは無かったが、想いは確かに伝わり、エルも笑みを返す。
模擬戦は大盛況のまま終了し、魔帝の弟に勝利した光属性の使い手の名は、カルト中に広まることとなった。
閲覧して頂きありがとうございます!そして前回からかなり間が空いてしまい、申し訳ございませんでした。暫く体調を崩してしまいました。ようやく回復したので、これからものんびりとやっていきたいと思います。
さて、本編の補足ですが今回は魂器の魔法補助機能についてです。次回の本編で説明されると思いますが、補助機能による魔法は、下級、中級といったそれぞれのランクの平均的な威力しか出せず。また、調整が出来ないため、正規詠唱より威力が落ちます。詳しくは次回に。
今回でこの作品の大まかなコンセプトがやっと表現出来たので、次回以降も頑張っていけたらと思います。それではまた暇な時にでも閲覧して下さると幸いです。