15.使用制限
とりあえず、軽い現実逃避も兼ねて無心でヴィクターの頭を撫でる。すると、ヴィクターはそれはそれは嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せてくれた。あぁ、なんという癒しだろうか。
考えても見てほしい。目の前で目が笑っていない美形に微笑まれるのだ。我が父ながら怖いとしか思えないよ。美形すぎるのも考えものだね。
「フェリシエンヌ。お前は変わった魔法を知っているんだね」
「いいえ、お父さま。わたくし、何も変わったことはしてませんのよ?使ったのは基礎魔法と魔力操作のみですもの」
わたくしの言葉に、今度はお父さまがきょとんとする。わたくし、何か変なこと言ったかしら?……言ってることは事実なんだけれどね。
わたくしが基礎魔法と初級魔法を三、四種類しか使えないこと知っているはずなのに……。お父さまが何を言ってるのかさっぱり。
「基礎魔法の身体強化と活性魔法、あとは魔力操作を組み合わせただけですわ」
「身体強化と活性魔法と魔力操作だと?……確かに理論上は可能だが……いや、可能……可能か…?」
「あらあら。すごいわね、フェリちゃん。
身体強化で足の筋肉を補助することで動きやすくして、魔力操作で足を動かす。更に活性魔法を使って回復力を高めることで負担を軽くしたのね。良く思いついたわねぇ。」
わたくしが使った魔法を言えば、驚愕の顔でブツブツと独り言をこぼしながら思考の海に潜って行ってしまうお父さま。おそらく、今、ものすごい速さで理論を組み立てているのだろう。
その隣ではにこにこと満面の笑みのお母さまが、細かく分析。お母さまは元々、魔法が得意でいらっしゃるのもあって、わたくしの話を少し聞いただけで全てを理解してしまったらしい。まさに、一を聞いて十を知る、ってやつだ。……ただ、お母さま。わたくし自身が四、五までしか理解してませんでした。ほとんどノリなんです。ファンタジーな世界だし、これくらいできないかなぁって、その程度しか考えてませんでした!
「ねえ、フェリちゃん。良かったらその魔法、私たちにも見せてもらえないかしら?」
「あ…ごめんさない、お母さま。先程、ヴィクターの部屋に行った後に解けてしまって……。使おうにも使えそうにないんです」
目をキラキラさせたお母さまのお願いを断るのは気が引けたが、自分の足があまり良くない状態なのをなんとなく感じたから、お断りさせてもらった。魔法が解けた瞬間の、あのぷるぷるとした痙攣は既に収まっているけれど、今度は痛みを感じるのだ。エル先生の触診で分かった通り、膝から下は痛覚すらダメになっているようで何も感じないが、太ももから上が筋肉痛の時の軋むような、重だるい痛みがあるのだ。加えて言えば、まるで電気が通っているかのような、ピリピリとした痛みもある。
……さすがに、この状態の足でもう一度立つのは厳しそうだ。
「そうなの…残念だけど仕方ないわ。今無理をして、またフェリちゃんが違うところを怪我してしまってもいやだもの」
「ご期待に添えず、申し訳ありません。お母さま」
「あら、気にしなくて良いのよ?」
残念がるお母さまに頭を下げて謝罪をすれば、お母さまは少女のように笑って許してくださる。
頭を下げたと言っても、ヴィクターが膝の上にいるから、少し背中を丸めた、殆ど首だけの謝罪になってしまった。うむ……礼儀としてあまりよろしくないな、今のは。お母さま相手だから笑って許していただけたけど…他所様の家なら激しく糾弾されていただろう。おお、怖い。
「ああ!!そういうことか!!」
突然、今の今まで優雅に見える所作で紅茶を飲んでたエル先生が大きな声を出して自らの両手をぽん、と合わせた。突然の大声にわたくしもお兄さまも飛び上がりそうなくらい驚いた。ヴィクターに至っては涙目でわたくしにしがみつく始末。びっっっくりしたぁ…。
「あら、如何されましたの?医師」
びくびくするわたくしたちとは違い、穏やかにお茶を飲むお母さま。お母さま、動じなさすぎやしませんかね?
「ああ、いや。失礼しました。ただ、ずっと気になってたんですよ。フェリシエンヌ様、ずっと足が痙攣していたでしょう?」
「いえ、そう言われましても……。医師は触診されましたけれど、私は何も知りませんでしたわ」
「あれ?言いませんでしたっけ?
んーと……さっき触診した時、フェリシエンヌ様の足、膝から下は全く動かないのに痙攣していて何でだろうなぁって思っていたんですが……。
直前に魔法を使って足に負荷をかけていたって言うなら納得です」
にこにことお父さま曰く、全力の敬語で話すエル先生。精一杯頑張っての敬語を使うエル先生はなんだか慣れない。普段がゆるっゆるだからかなぁ?
「あら、そうですの?それで、医師。医師はフェリちゃんが使ったという魔法についてどう思います?」
「そーですねぇ……あんまり多用しない方が良いかと。目覚めてから俺…じゃなくて僕が来るまでの短時間の使用でこれだと、多用することで足以外のどこかも壊してしまう可能性が高いかと」
「ええ、私も同じ意見ですわ。そもそも、フェリちゃんが使ったという魔法は基礎魔法を組み合わせたものだとしても、中級魔法として確立させても充分なもの。
…と、いうことでフェリちゃん。これからは緊急時を除いたら、私か旦那様のいる時以外は使っちゃダメよ?」
「う……あ、はい…」
「あ、でも。しばらくは継続時間とかも調べたいから、使ってもらうからね?」
かくして、わたくしのしばらくの生活方針は決まったのだった。