12.お菓子を作りたい!
冷めたポリッジは不味い。マーサ曰く、余程のことがない限り食べないで捨ててしまうくらいに。うーむ……何か活用方法はないものか。
例えば、油とベーキングパウダーと……何か…ドライフルーツみたいなものを入れて混ぜてザクザクしたクッキーとかはどうだろう?ナッツ系のものと…あればチョコレートとかと混ぜてクランチとかも良いかもしれない。あー、でも水分多すぎるかな?なら、パン生地に混ぜ込んでみたりとか?
そもそも、この固まったのはほぐせるのかしら?
有効活用ができれば良いのだけれど…。少し水分を加えて煮込めば良いのかしら?お粥みたいなものだし…。
前世でオートミールって食べたことなかったからなぁ…。お菓子のレシピはいくつか見たことあるけど。
あー、ダメだ。色々考えてたら本当にお菓子作りたくなってきた。定番のクッキーから始まり、パイやタルト、パウンドケーキに蒸しパン、カヌレなんかも良いだろうし、プリンやブリュレ……ドーナツなんかも家庭で作りやすい。お茶会に出すなら、マカロンとかも良いかしら?
「ねーさま、何考えてるの?」
「この冷めたポリッジの活用法よ。どう工夫したら美味しく食べれるのかなって思って。これでお菓子を作れたら面白いと思わない?」
「お菓子?」
ぼんやりとしたわたくしが心配になったのか、ヴィクターが割とがっちり腕を掴みながら上目遣いでこちらを見る。そんなヴィクターはお菓子と聞くと目を輝かせた。そうだよね、ちっちゃい子って甘いもの大好きだもんね。
ああ、もう!あざとかわいいなぁ!!わたくしの弟がこんなにも可愛い!!どうかそのまま、愛らしく育ってね!
なんとなく、スコーン生地っぽさあるよなぁ、と固まり始めたポリッジをスプーンでつつく。
元々、創作料理というか…既存のレシピに手を加えて工夫して別物に変えるのは好きだ。
前世の兄弟たちは揃いも揃って好みが分かれたから、そうやって工夫して晩御飯のメニュー考えたりするのは楽しかった。
……待って。それ、似たようなこと今世でもやってるわ。料理じゃなくて魔法とか薬草でだし、実践したことはないけど。紙に殴り書きした覚えがある。
どうやら、わたくしの性分というのは前世も今世もそう変わりはしないようだ。
「お嬢様はまた突拍子のないことを…」
「あら、だって新しい発見ができるかもしれないのよ?わくわくしない?」
「私はあまり……」
少し呆れたように苦笑を浮かべるマーサに口を尖らせて尋ねれば、バッサリと切り捨てられる。そっかぁ…マーサはしないのかぁ……。なんて言うんだろう…開拓?みたいなの、楽しいんだけどなぁ。
そんなわたくしたちのやり取りを見て、ヴィクターは楽しそうに笑う。やっと笑顔が見れた。ずっとわたくしの隣にぴったり引っ付いてにこりとも笑わないから心配だったのだけど。少しはダメージを軽減できたってことかしら?
「ところでマーサ。わたくし、何かを忘れている気がするの。何か大切なことだったと思うのだけれど、マーサは分かる?」
「なっ何か、ですか?うーん……何でございましょう?」
何か大事な、それでいてある程度急ぎのことだったと思うのだけれど。
お腹がいっぱいになって完全に食欲が失せたわたくしは、マーサにお皿とスプーンを渡して天井を睨み付ける。思い出せそうで思い出せない。うーん…もどかしい。
「ねーさま。おとーさまとおかーさまには、おはようございます、したの?」
「え?えぇ、もちろんよ。部屋で安静にしているように言われたわ。……ヴィクターの元気がないってマーサに聞いて居ても立っても居られなくて来ちゃったけれど」
「え……それ、いいの?」
「ダメ、でしょうね…。あぁ、でも。一応、お兄さまにはちゃんと『ヴィクターの所に行きます』って伝えたわ。だから、きっと大丈夫よ。……多分、だけど」
完全に寝飽きていたし、自分のせいで可愛い可愛い弟の元気がないだなんて聞いて黙っていられる人間じゃないのだ、わたくしは。……何より、わたくしが生きる為にも必要なことだったしね。
心の中だけでそう呟いてヴィクターの頭を撫でる。淡い紫がかった銀の、柔らかな髪がするするとわたくしの指の間を通り抜ける感触を楽しむ。そんなわたくしの手に甘えるように擦り寄り、はにかんだヴィクターは本当に愛らしい。
「……ねーさま、この音…」
しかし、はにかんだのはほんの一瞬。すぐに困ったように眉尻を下げて潤んだ瞳で視線を彷徨わせる。心細そうなヴィクターに、大丈夫の意味を込めてもう一度頭を撫でる。
―――――ドドドドドドッ
ヴィクターの言葉に首を傾げ、耳をすませる…までもなく、轟音が鼓膜を叩く。
何の音かしら?誰か馬でも乗り回しているのかしらね?ここ、屋敷の中だっていうのに…。
その音にいい予感がしなかったわたくしは思考を明後日の方向に飛ばしながら、ひたすらヴィクターの頭を撫でた。あぁ、癒される。
しばらく響いていた轟音は、わたくしたちがいるこの部屋の前でピタリと止まり、扉一枚挟んだ向こうに誰がいるのか、容易に想像できた。
ゆっくりと部屋のドアノブが回り、カチャッと小さな音を立てて完全に回りきってしまう。鍵もかけてないし、当たり前と言えば当たり前なのだけれど。
「なっ……!?開いてる…だと……!?」
細く開かれた扉。その扉を開けた張本人であるお父さまはどうやら、この部屋の扉が開くとは思っていなかったらしい。驚愕の声が聞こえた。
そして、お父さまの声で何を忘れていたのかを思い出した。
―――――わたくしが目を覚ました直後にお医者様呼んだんだった。
前回:謎のポリッジ談義
今回:引き続きポリッジ