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10.レンチン要らず!

 スキップでも始めそうな軽やかな足取りでヴィクターの部屋の前に着く。何故か半ば放心しているマーサがぽかーん、と扉を見上げる横でわたくしはキョロキョロとドア周りを確認する。

 扉のすぐ横にワゴンがあり、今日の分のご飯だと思われるものが銀のクロッシュに覆われていた。クロッシュを持ち上げて中を見てみれば、ぬるくなったオートミールに空のカップ。カップがまだ濡れてるから先程、飲み物を飲んだのだろう。……オートミールに手が付けられた形跡がないことから、マーサの言うように、ちゃんとご飯を食べていないのだろう。


ーーーコンコン



「ヴィクター?わたくしです。フェリシエンヌです。」

「…………ねー、さま?」



 控えめにノックをして扉の向こう側にいる弟に声をかければ、くぐもったか細い声が返ってきた。……うーん…だいぶダメージ受けちゃってる感じかなぁ…?



「そうよ。さっき目が覚めたの。寝てばかりでずーっと何も食べてなかったからお腹が空いてしまったのだけれど……良かったら一緒に食べない?」



 扉越しに食事のお誘いをすれば、ベタン、ゴチン、トタタタッ…と扉の向こうで何が起きているか分かるような分からないような…そんな音が聞こえた。足音と思われる、軽いトタタッは扉の前で止まる。そして、細く開く扉。そして、ひょっこりと顔を覗かせる涙で潤んだわたくしのよりも淡い、アイスグリーンの瞳。



「おはよう、ヴィクター」

「ねーさまぁぁ……」



 半分、扉に隠れるように顔を見せたヴィクターに微笑みかけると、ヴィクターはえぐえぐ泣きながらタックルしてきた。いや、正確には抱き着いてきたんだけど。勢いが良すぎてもはやタックルなんだ。そして、タックルされても一切よろけないわたくしの足。魔力操作ってすごい。



「ヴィクター、ご飯、どうする?」



 ぐりぐり、とわたくしの胸に額を擦り付けるヴィクターの頭を優しく撫でながらもう一度問う。ご飯なんて口実のつもりだったのだけれど、なんか本当にお腹空いてきた。そしてぐりぐりが地味に痛い。



「……………たべる」

「そう?なら、ヴィクターのお部屋にお邪魔してもいいかしら?」

「……ん」



 たっぷりの沈黙の後、ヴィクターがぼそり、と返事をする。依然としてわたくしの胸元にぐりぐりと額を擦り付けている。……この子は子猫が何かかな?

 そんな状態のヴィクターに入室の許可をもらい、ワゴンに手を伸ばそうとすると、ヴィクターがその手を握って部屋にグイグイ引っ張る。……あっれー?この子、こんなに力強かったっけ?

 仕方なくマーサにワゴンを押してもらうように頼んでヴィクターの部屋の中へと足を踏み入れた。


 ヴィクターの部屋に入ったのは久々で…というか初めてかもしれない。だって最後に入ったの、ヴィクターが2歳になったばかりの頃だもの!殆どベビールームだもの!

 そして、ヴィクターの部屋は荒れに荒れていた。主にベッドが。恐らく、引きこもっている間の殆どはベッドの上で横になっていたんだろう。そんな時にわたくしが来てしまったから、慌てるあまりベッドの上の布団に足を取られて転倒。これが先程のベタン、ゴチン、の正体だと思う。



「あの、お嬢様……このポリッジ、かなり冷めてしまっていますので、すぐ温かいものをお持ちしますが……」

「あら、大丈夫よ。こちらで温め直してしまえばいいんだもの」

「……へ?」



 おずおず、と気を利かせて言ってくれたマーサに微笑みかける。ちなみにポリッジとは、オートミールのお粥みたいなもの。おそらく、殆ど物を口にしないヴィクターの胃を考えてのことだろう。しっかりメニューを考えてくれた人には、感謝しかない。あとでお礼を言いに行こう。

 マーサの申し出はありがたかったけれど、そこで日本人のもったいない精神が出てしまったというか……。

 別に取り替えずともあっため直しゃ良いんじゃん?と思って断らせて頂いた。


 ベッドの上を軽く整えてヴィクターと2人、仲良く並んで腰掛ける。すると丁度のタイミングで魔法が解けた。どうやら限界だったらしい。おかげさまでわたくしの下半身、すごくぷるぷるしているんですが。筋肉痛なんてレベルじゃなかった……。



「ねーさま?どうしたの?」

「いいえ、何でもないわ。大丈夫よ」



 座ってるのにぷるぷるしている下半身に気付いて一瞬、固まってしまったわたくしにヴィクターがその大きな目を潤ませて聞いて来た。…あのね、それは反則だと思うの。ヴィクター、同年代の中でもきっと低身長な方に分類されるから、座ってても自然と上目遣いになる。なんかね、雨の中捨てられた子犬みたいなんだよ。子犬なのか子猫なのかどっちなの!!??


 とまあ、そんな感じで若干心の中で荒れながらもマーサから受け取ったポリッジの入ったお皿を受け取って手を添え、基礎魔法の一つ、熱魔法を使った。

 熱魔法とはその名の通り、熱を発する魔法…火属性魔法の劣化版である。効果は手の平から熱を発するだけのなんとも言えないもの。ただし、その熱量は使用者に依存する。つまり、これを極めてしまえば、ホッカイロから電子レンジレベルまで幅広く活躍するのだ。

 魔法って、本当に便利!!

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