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1.目が覚めるまでの間、何があったの?

ーーーーーーーあかん。コレ、死ぬヤツや…


 美しいとは決して言えない…礼儀作法、マナーの先生に聞かれてしまえば、一時間は御説教されるだろう言葉遣いでわたくし――フェリシエンヌ・リー・グラッツェルは己の死を確信した。

 迫り来る馬車、馬の嘶き、誰かの悲鳴、突き飛ばした幼い弟ともう一人分の体温……。

 今まで感じたことのないくらいゆっくりと脳に伝えられるそれら。ちょっとした違和感を覚えながらも感じた様々な感覚に、明確すぎる死の気配。思っていた以上に怖くないその気配に、この間六つになったばかりなのに…とぼんやり思う。

 真横から信じがたいくらいの衝撃を受けた直後、まぶたに焼きついたように一気に記憶が駆け抜ける。わたくし、フェリシエンヌではない、別の誰かの…いや。()の記憶が。


 ーーー前世の走馬灯だなんて変なの。


 そう思った瞬間、わたくしの意識は途切れてしまった。



 ****



 わたくし、フェリシエンヌの前世は極々普通の、平々凡々とした女子高生。

 日本という平和な国で、優しい両親の元に生まれ、二人の兄と、双子の弟たちに囲まれて育った。

 長男はインテリエリート、次男は熱血ヤンキー、怪獣の如く暴れ回っていた双子の弟たちは中学に上がる頃には爽やかスポーツ少年とおっとり男子に育った。

 おい、何処の漫画だよ、と兄弟全員が集合する度に嘆いていたのも今では良い思い出だ。

 そんな兄弟達のなかで女一人、という中々に寂しい思いをしながらも男勝りに成長した私は重度のゲーマーだった。


 休日は外に出ず、一日中家でRPGに明け暮れる私。……にも関わらず、遺伝なのか何なのか…無駄に運動神経だけが良くて、付いたあだ名が『一匹猿』。特定の誰かとつるむことのなかったが故に、『一匹狼の猿』、略して一匹猿…とのこと。どう考えても華の女子高生に付けるあだ名じゃない。

 ヤンキーな兄を止める為だけに鍛えた握力のせいで、キングでコングな霊長類の名前があだ名になったこともある。


 まあ、人並みにはお洒落に興味持ったり、女の子らしくお菓子作りが趣味だったりもしましたけどね!!……弟の影響でもあるんだけど。

 そんな平凡な私の平凡な日常は、高校最後の文化祭の日の朝に、階段から落ちたことによって幕を閉じた。



 ****



「う……うぅん……」



 二日酔いのような、ズキズキとするような…フラフラするような……そんな感覚で目が覚める。まあ、二日酔いになったことなんてないんだけどね!!

 だるく、重い体に霞む視界、そして妙なまでに働く頭。

 変な状況だなぁ、わたくし死んだのかしら?なんてぼんやりと一点を見つめていると、視界がオフホワイトから僅かに紫を含んだ深い藍色に変わる。



「ふぇり……?フェリ!?フェリ、目が覚めたの!?」



 指先が暖かなものに包まれて、聞き覚えのある声が聞こえた。けど、こんなに切羽詰まった声は初めてかもしれない。だって彼は、いつもわたくしを鬱陶しそうに見て、邪険にしかしてこなかったのだから。



「ーーぃーま?」



 お兄さま。

 そう言おうとした筈なのに、わたくしの口から漏れ出たのはカッスカスに掠れた声とも言えない声。もはや空気と言った方が良いのかもしれない。仕事しなさい、わたくしの声帯!!

 けれど、お兄さまはわたくしの声をちゃんと聞き取ってくれたらしい。少し痛いくらいにわたくしの手を握ると、すぐに側にいるのであろう使用人に何か指示を飛ばす。


 その間、視界と頭がはっきりとして来たわたくしは、マジマジとお兄さまを見る。

 キリリとした顔で使用人達に的確な指示を飛ばすお兄さま。……あれ?わたくしの記憶が正しければ、お兄さまってこんな人じゃなかったと思うんだけれど。


 シャロン・リー・グラッツェル。

 それが、わたくしのお兄さまの名前。そして、グラッツェル公爵家長男。

 ちょうど、夕暮れの暗くなった空のような藍色の髪に琥珀の瞳。既婚であるにも関わらず、愛人で良いから、と女性が後を絶たないくらいに美しいお父さまそっくりの顔立ち。百点満点の容姿をもっているものの、その中身はただの悪ガキ。

 わたくしの四つ上で既に10歳だというのに、レッスンはサボる。せっかく来てくださっている先生方からは逃げる。お父さまとお母さまのお叱りも右から左。事あるごとに使用人たちにいばり散らしては癇癪を起こす。……要するにまあ、困ったちゃんなのである。


 宰相であるお父さまの長男であるのに、こんな手のかかる子供だというのは、この国の未来が不安だ。

 使用人だったか、家庭教師の先生だったかは忘れたけれど、そんな話を偶然聞いてしまってからは、わたくしも口を酸っぱくしてお兄さまを咎めた。そんなわたくしをお兄さまが煙たがるのも当然だろう。四つも下の妹がそんな子どもなら、わたくしも可愛がる気は起きない。


 だからこそ、戸惑う。

 こんな風に優しく手を握るお兄さまの手に。

 切羽詰まった、怒号にも近いお兄さまの声に。

 わたくしを呼ぶ、泣きそうな、苦しそうな、その顔に。


 あぁ……わたくしが目を覚ますまで一体、何があったというの!?

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