鋭治兄ちゃんへ
鋭治兄ちゃん!ちはるの手術決まったよ!!
てゆうか今現在手術の真っ最中!
手術室の前の廊下でこのメールを書いてます。
アメリカに来て4ヶ月と16日、
やっと、ホントにやーーーっと
この日を迎えることができました。
全部鋭治兄ちゃんのおかげだね。
・・・ありがとう。
涼平は正しかったね。
アイツいつも言ってたもん、
「アニキほど頼りになる男はいない」って。
「児童養護施設でアニキに会ってなかったら、
俺はまともな人間にはなってなかった」って。
ホントにいつも鋭治兄ちゃんのこと自慢してたんだよ。
「血は繋がってなくても、俺達は最強の兄弟なんだ」って。
・・・最期の最期まで自慢してたんだよ。
一年前、涼平が胃がんであっけなく逝っちゃった時さ、
鋭治兄ちゃん仕事大変だったのに
飛んで来たくれたじゃない?
お通夜の時さ、
朝まで涼平の側から一歩も動かなかったよね。
・・・あの時涼平となに話してたの?
あたしの勘なんだけどさ、
鋭治兄ちゃんなにか涼平と約束してたんじゃない?
今度のことはその約束を守るために
やってくれたんじゃないの?
あの夜の鋭治兄ちゃんからの電話は
ホントにびっくりしたよ。
いきなり
「金が出来た。ちはるの基金に振り込んだから、
すぐにアメリカに行って手術受けさせろ」って。
・・・えーっと、鋭治兄ちゃん?
あなたには言いたいことがたっっくさんありますわよ。
ええ、ありますとも。
とりあえず一回
あの夜の電話の内容を整理しますよ。
どうやって五千万円作ったのか一通り説明してから、
「俺とお前の間に直接の繋がりはないからしばらくは大丈夫だろう。だけど警察もマスコミも馬鹿じゃない。いずれはお前とちはるの存在、そして俺のやった事がバレる日が来る。そうなる前に、なんとかちはるに移植手術を受けさせろ。全てが明るみに出て警察やマスコミがお前達の所へ来た時は、俺のやった事は何も知らなかった、一般の募金だと思ってたと『善意の第三者』で押し通せ。この電話も無かった事にしろ。そのために普段は情報屋との連絡用に使ってる飛ばしのケータイでかけてるから、アシがつく心配はない。あれは全て俺が一人でやった事。当然その責任も俺一人で取る」
簡単にまとめるとこんな感じでしたよね。
・・・ホント鋭治兄ちゃんは頼りになるよ。
あたしとちはるを守るために色々考えてくれて。
でもね鋭治兄ちゃん、心配しないで。
そんな風にはならないから。
なぜなら、ちはるの手術が上手くいって
日本に帰ったら、そのまま警察に行って
あたしが全部ホントの事をバラすから。
鋭治兄ちゃん・・・
一人でカッコつけるのもいいかげんにしてよ!
その優しさはあたしとちはるを悲しくさせるだけだよ。
覚えてる?4年前初めてあたしと会った時のこと。
涼平と一緒に結婚の報告に行った時のこと。
あたしは良く覚えてるよ。
待ち合わせたファミレスに来た鋭治兄ちゃんを一目見て、
『うわっ、こわっ!』って思ったからねww
だってデカいし、黒スーツだし、五分刈りだし、
しゃべんないし、ずっと眉間にシワ寄ってるし。
『ほとんどゴルゴじゃん』ってwww
話し始めてからも怖かったよ、
ちょっとだけね。
だって鋭治兄ちゃん、
あきらかにあたしの事値踏みしてたでしょ?
『俺の可愛い弟が、
変な女にたぶらかされてるんじゃないか』
って心配して。
もう見るからに刑事丸出しの目つきでさ。
ま、あの頃はまだあたしも
元ヤン臭抜けきってなかったから
自業自得感なきにしもなんだけどさwww
・・・あの時さ、
怖かったしムカッとも来たんだけどさ、
ちょっと嬉しかったんだ。
『あーこの人、本気で涼平のこと
大切に思ってるんだな、
ホントに兄弟なんだな』
って思えたから。
涼平があたしのこと紹介してる間も
ずっとぶすっとした顔で
全然しゃべんなかったよね、
大盛りのチーズハンバーグセット
もりもり食べてばっかでさ。
あたしもなんとか印象良くしようとして
一生懸命愛想よくしてたのに、
無言であたしを睨みながら
バクバク、バクバク・・・。
『こーりゃダメだ、完全に嫌われたなー』
って諦めかけてたら、
いきなりガタッて立ち上がって
「こんな馬鹿を選んでくれてありがとう。
涼平の事、よろしく頼みます」
って頭深々と下げてくれてさ・・・。
あれにはちょっと
うるっと来ちゃったよw
そこからは結構打ち解けて話してくれたよね。
施設にいた頃のことや、施設を出てからも
涼平と連絡を取り合って
お互いに支え合ってた頃の話。
ほっぺにデミグラスソース
こびりつかせた顔でさ。
あの日の別れ際に言ってくれたんだよね、
「俺の弟の嫁さんになるって事は
俺にとっては妹だ。
神城さんはやめてくれ。
俺の事は『にいちゃん』でいい」って。
あたしにはなかなか見せてくれなかった笑顔も、
その一年後に産まれたちはるには
最初からダダ漏れだったよね。
涼平もすごいビックリしてたよね。
「こんなに笑ってるアニキ見たことねーよ」
ってさww
初めてちはるを抱っこした時さ、
鋭治兄ちゃん、くっしゃくしゃの笑顔で
言ってたでしょ?
「いよいよ俺も『伯父さん』か・・・
どんどん家族が増えていくな・・・」って。
くっしゃくしゃの笑顔で。
そうです。
あたし達は家族です。
あたしは鋭治兄ちゃんの妹です。
ちはるは鋭治兄ちゃんの姪っ子です。
家族だからこそ
ちはるの心臓に病気が見つかって
移植手術を受けない限り
長くは生きられないことが分かった時、
涼平と一緒に色々調べて
移植費用の募金を集めるための基金を
立ち上げてくれたんでしょ?
家族だからこそ、涼平が入院してからは
それまで以上にウチにしょっちゅう顔出して
「何も心配するな、全部俺がなんとかするから」
ってずっと励ましてくれたんでしょう?
でもね鋭治兄ちゃん、
間違っちゃダメだよ。
辛い時、苦しい時、困った時、泣きたい時、
みんなで支え合うのが家族だよ。
自分一人だけ犠牲になってみんなを守るなんて
悲しすぎるよ。
鋭治兄ちゃんはもう充分頑張ってくれたよ。
涼平の生命保険と募金で集まったお金を合わせても
ちはるがアメリカで移植手術を受けるには
どうしても後五千万円足りないってことが
分かったからって、法律まで破って、
あんなに誇りを持って一生懸命だった
刑事の仕事も辞めちゃって・・・
執行猶予が付いたとはいえ
裁判で有罪判決を受けて
前科者になっちゃって・・・
これ以上ダメだよ。
これ以上一人で背負うなんて
あたしは許しません。
そもそもあの五千万円に手を付けた時点で
あたしも共犯なんだから。
・・・あのね鋭治兄ちゃん、
前に涼平が言ってたことがあるんだよ。
「アニキが結婚しないのは、
多分ビビってるからなんだよ」って。
「アニキは自分が母親に捨てられた事に対して、
恨んでるっていうより怯えてるんだよ。
『自分には“孕ませた女を捨てた男”と
“我が子を捨てた女”の血が流れてる。
いつか自分も家族を捨ててしまうんじゃないか』
そんな風に考えて怖がってる気がするんだよな」って。
大丈夫だよ、鋭治兄ちゃん。
あなたはそんな人じゃありません。
妹のあたしが保証します。
あなたは優しい人です。
あなたは温かい人です。
もっと自分のことを信じてあげてください。
今度の事件で鋭治兄ちゃんがやったことは
鋭治兄ちゃんが一人でやった訳じゃありません。
あたし達『家族』がやったことです。
『家族』みんなで背負うべきです。
あたしとちはるなら心配いらないよ。
確かに全てが表沙汰になれば大変だろうけどさ、
あたしは鋭治兄ちゃんの弟を惚れさせた女だよ?
そんなヤワじゃないぜ!
ちはるだってあたしがしっかりと
強い女に育ててみせる!
・・・っていうか自分を助けるために鋭治兄ちゃんが
どんなに大きな犠牲を払ってくれたのかを知ることは
ちはるの人格形成には絶対にプラスになると思うんだ。
自分がどんなに愛されているかを知るってことだからさ。
だから、あたしとちはるは大丈夫!!!
鋭治兄ちゃんは鋭治兄ちゃんで
早くいい人見つけてさ、
子どももバンバン作ってさ、
あたしとちはるに『家族』を増やしてよ、ね?
鋭治兄ちゃん、
もうすぐ元気になったちはるを連れて
日本に帰ります。
またいっぱい抱っこしてやってよ。
そんでさ、
一緒に未来ちゃんのご両親に謝りにいこ?
ちゃんと謝ってさ、
『少しずつでも、必ずお金は返します』
って約束して来ようよ。
その後で、警察に行って全部話そ?
『家族』でやったことは『家族』で責任取ろうよ。
そんでキレイな体になって、一からやり直そうよ。
あたし達なら出来るよ。
うん、出来る!!!
あ、なんか周りがバタバタして来た!
多分もうすぐ手術終わると思う。
とりあえずこれで終わりにするね。
続きはまた後で。
じゃね!
沙有里
P.S.
鋭治兄ちゃんのやったことを知ったら、
いろんなことを言う人が出て来ると思う。
いろんなことが起こると思う。
今のこの世界では、
『純白の正義』しか
『正義』とは認めてもらえないみたいだから・・・
でもね、鋭治兄ちゃん、
これから先、例えどんなことがあっても
これだけは忘れないで。
世界中の誰がなんと言おうと、
あたしと、涼平と、ちはるにとって
あなたは最高の『ヒーロー』です。