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木乃伊  作者: 小説の鉄人
1/1

その2

鍵を開けてドアを開けた。

最近は無言で帰ることが多くなった。

「あら帰ったの?ご飯はそこに置いてあるから」

サランラップで包まれた夕食がならんであった。最近妻・香織と一緒に夕食を摂ることはほ

とんどない。彼女もまた働いているため夕食の時間にいないこともしばしばである。

「今日は早かったんだなあ」

「でももうすぐお得意さんと夕食会があるから出て行かないと・・」

「帰りは遅いのか?」

「たぶん・・先に寝ていいわ」

大学の同級生だった香織とは大学2年生から付き合っている。同じ授業を受けていた香織に

一目惚れした。それまで女の子と殆ど話したこともない初な木下が勇気を振り絞ってアタックした。木下は3年生に高卒生対象の公務員試験に合格し、学生と社会人を兼ねることになった。香織は短期学部を卒業後、デザイン関係の仕事に就いた。数年後同僚の渡辺らとともに独立し、最近ようやく仕事も軌道に乗り始めた。結婚してまだ2年だが家庭よりも夫よりも仕事が恋人という状態である。子作りする気にもならない。専業主婦になることを望んだ木下と

は大きな溝が出来ていた。

「あんたはええよねえ・・楽な仕事で」

「君が思ってるほど楽なことばっかじゃないよ」

「私なんか毎日どんなにしんどい思いして働いてるか・・」

「だったら辞めればいいのに・・俺の給料じゃやっていけないってか」

「私は今の仕事をするのが子供の頃からの夢やってんよ!結婚して、家庭に閉じこめられて

 その夢を壊したくないの」

最近はこんなに感情をぶつけ合うことも無くなっていた。香織も平静を取り戻すと、鞄を肩に

提げてまた家を出た。昔はこんなに気の強い女ではなかった。田舎から出てきた木下は「大

阪にはこんなにかわいい女の子が居るのか」と思った。香織も大人しくて気だての良い女子

大生だった。働くことによって価値観の違いが浮き彫りになったが、お互いに寂しさに耐え

きれず結婚すると言う結論に至った。木下は今日も一人でナイターを見ながらビールを引っ

かける。

 

                   辞 令

          木下東一殿 下水道課への異動を命ずる」

 

4月になると恒例行事ではあるが、まさか自分に廻ってくるとは夢にも思わなかった。公

務員にとっては人事異動など日常茶飯事ではあるが、もう数年はこの部署で働くことになると

腹を括っていた。あまりに急だったので、何の準備もできていない。荷物も机に散らばったま

まである。木下にとって初めての人事異動ではあるが、全く新鮮な気持ちは無かった。どこに

行ってもやることは一緒であると冷めていた。他の産業振興課の連中はそのまま留任であった

が、木下が抜けることに何も寂しさも喪失感もない。

 

 「はじめまして!木下と申します!よろしくお願いします」

 一応威勢よく挨拶をした。

 「ああ・・よろしく!部長やってる吉田や!みんなも仲良うしたってくれよ」

 「はいよ」

 ここも前の部署と変わらない無愛想な連中の集まりだ。

 「とりあえず・・松下!最初はこの子に仕事教えたってくれや」

 奥の方から体格のいい40過ぎぐらいの男がのそっと歩み寄って来た。

 「係長の松下や!よろしく」

 本人は普通にしているつもりであろうが、何せ身長も180センチ以上あるため必要以上に

 威圧感を感じる。おまけにがらがら声である。他の職員は我関せずという感じで雑誌を読ん だりパソコンをいじったりしている。しかし、時折こっちの方を怖いもの見たさの様にちら っと伺う。きっと他の職員も 松下には腫れ物に触るかのような接し方をしているのだろ  う。木下はしばらくする事もなく見学に来た人のように大人しく座っていた。すると

 「何やこの書類は!誰やこれ書いたんわ」

 静かな室内に急に罵声が響いた。このがらがら声の主は松下しかいなかった。

 「はい・・僕ですけど」

 犯人は30前半の若手職員の藤本だった。

 「こんな文章で上から承認出るわけないやろ!考えて仕事せいや!ボケ!」

 木下は背筋が凍る様であったが、藤本は表情一つ変えずに応対していた。松下の雷に慣れ

 ているのか、よっぽど藤本の性格が”ぬかに釘”なのか・・前の部署ではあまり怒られた

 ことが無かった。だからこそ血相を変えて怒る松下が天然記念物の様にさえ写った。

 「木下君!そろそろ行こか?」

 「はい・・どちらへ?」

 「現場に決まっとるやないか」

 この男はものの言い方というのを知らないようだ。しかし、大阪に来てそんな人間を嫌とい

う程見てきたせいか今更大した驚きはない。

  

 「産業振興課はしょうむない連中ばっかやろ?俺も数年前おってなあ」

 現場に行くまで散々愚痴をこぼしていた。木下はただ相槌を打つしか無かった。

 「でもなあこの職場はええわ・・みんな俺の言うこと聞きよるし。お前も俺に逆らったら

  えらい目に合わしたるからなあ!覚悟しとけよ!」

 そういって肩を叩いた。見た目の通り腕っ節が強いのか、もの凄く痛かった。

 「そういえば・・自分、大人しいしあんま大阪の人間って感じがせえへんなあ」

 「ええ。石川の出身です」

 「ほう・・遠いとこから来とんねんなあ」

大阪人はなぜか近畿地方以外から来た人間を見下す風潮がある。大阪が一番であるという

 自尊心が強いせいなのか?大阪以外は外国と思っているらしい。

 

  よく見かける住宅街だった。異動したからと言ってもあまり行動範囲は変わらない。

 しかし、この景色は見覚えがない。結構耐震性に優れていそうで、今時というのか家の壁

 も赤褐色や青空色の物が多かった。二世帯住宅も結構多い。どうやら、最近開発された新

 興住宅地である。松下は突然マンホールの前で立ち止まった。

 「上からよう見とけよ」

 マンホールを開けると、木下が持っていたアルミ製の梯子を雑に降ろした。慣れた手つき

 でするするっと降りていった。ポケットに入れていたデジカメで写真を撮ったり何か見慣

 れない器機で汚水を調査している。

10分程度すると地上に上がってきた。

 「まあ・・見ていく内に覚えるやろう」

 随分アバウトな仕事の教え方であるが、この男は仕事は見て覚えるものという信念がある

 のであろう。

 「とりあえずこの辺の仕事してる業者さんのとこ行くぞ」

 

  


   






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