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それは幼く微熱のような恋でした

作者: 黒崎 奏

舞台は学校でそこはかとなく書いてみました。

恋愛経験が無い水瀬唯の一人称視点で語った1万文字以下の物語をお楽しみください。


誤字は随時修正していきます。

 私はどうやら好きな人ができたようです。


 18年間生きてきて、初めてこんなにも人を好きになったことはなかったように感じます。


 気付けば私は、二度と出会うことのないその人のことがどうしようもないくらいに好きになっていました。


 以前は、同い年に憧れの男の子がいました。それはもう10年以上も前の話ですから名前や顔ははっきりとは覚えていませんが、その子はとても優しく幼いながらに紳士的でありました。私は彼に好意を持っていましたが憧れの念が強く、”好き”と言う感情まではなかったように思います。その彼はアメリカに住むハーフだったので文化の違いからでしょうか、キスやハグはしょっちゅうしており、そうでなければ手を握るという当時の私からすると変わった人だという印象でしたが悪い気はしませんでした。が、今となっては気恥ずかしいことを平気でしていました。


 その子は日本には遊びに来る程度で、どうしても離れてしまいます。ある日の別れ際、向こうから告白をされました。


 これから長い間遊べなくなるけど、僕はユイのこと好きだから絶対忘れない!


 そう言うと私を強く抱き締め、挨拶としてではない、幼いながらに男女のそれを交わしました。その時芽生え始めた幼いながらの恋情と、憧れの入り交じった複雑な想いのままいると彼の方から走り去って行ったことだけは覚えています。


 昔も今も変わらず私自身、身長がちいさく小学生と間違われることは日常になっており、その上スタイルも幼児体型で魅力もなく、出るところが出て、引き締まる部分は程よく引き締まっている、そんな体型は夢のまた夢でしかなかったのです。



 私の好きになった相手は他校の同い年の生徒で目立つ事のない人でした。しかし私はその人に一目で惹かれていきました。


 一目惚れという言葉が本当にあるんだと感心したと同時に、こんなにもあっさりしてていいだろうかと、葛藤に近いものもありましたが、やはり自分に嘘はつけないようで、好意が勝ってしまったのです。その突如として抱いた好意により、もっとその人を知りたいと思うようになっていったのです。


 今思えば話すきっかけは何でも良かった気がします。最近あった面白い話、学校の状況、当時高校3年生だったので大学などの進路の話、なんでも良かったのです。しかし私にそこまでのスキルの持ち合わせはなく、なにか機会があるのを待っていました。



 私がその人を知り得たのも、その人が通う高校の公開文化祭でした。有志を披露するでもクラス企画を手伝うわけでもなく、ただ一人空き教室でヘッドホンをしてパソコンをいじっていたのです。マウスを操作し、時々キーボードを叩いて画面とにらめっこ、またはお見合いのように注視していたのです。


 第一印象はあまり良いものではなく、文化祭をみんなで楽しむでもなく、誰かと(たむろ)するわけでもなく、ただ一人パソコンとにらみ合いを続ける変な人だなという感想しか持ちませんでした。


 私は気になったことには衝動的な感情が働くようで、中の様子を廊下から覗き見ていました。覗き見と言うと誤解が生じるかもしれませんが、あの状況を誰かが見ていたら確実に覗き扱いを受けていたに違いありません。



 すこしするとパソコンの作業が一段落ついたのか立ち上がりこちらへ歩いてきました。


 出入口から見ていたのでこちらに来るのはごく自然なことなのですが、私は見ていたことがバレたのだと思い、咄嗟に隠れようとするも、何しろ初めて来た学校の迷い込んでしまった場所で自分が隠れるのに充分な場所などすぐに見つかるわけもなく、その人に呆気なく見つかってしまったのです。


 その人は私の姿を見つけるとしばらく黙って見下ろした後

「ここ何もないけど」と言い大きな欠伸をしました。どうやら覗き見ていたことがバレた訳ではないようです。


 何か言わないと不味いと思い咄嗟に

「すこし休みたくて」

 と思わず上擦った調子で言うとその男性は軽く笑い、ここ誰もこないからと返しその人は戻っていきました。

 男性と二人きりになるという状況は父親以外に経験がないわけで、緊張していないかと言われれば嘘になる状態でありまして、もうすこしだけでも自分が慣れていたならこうはならなかったろうにと後悔の念が心を支配していくように感じました。


 しかし、先程の笑いには嘲笑の意味が含まれていないように感じた私は、緊張の中にもどこか安堵できる部分もあったように記憶しています。


 提案を受けた手前断るのは失礼だと思い、恐る恐る中に入りました。


 廊下に居たとき、文化祭の最中に居たときとは明らかに違う時間がそこには流れているように感じられ、落ち着いた雰囲気がありました。


 あの……と声をかけると、私が休みやすいようにという気配りだろうか。男性はカーテンを閉める手を止めずに、なにか?と応答しました。男性に緊張している様子は無く、それどころか妙に落ち着いており大人のような雰囲気さえ感じられました。どこか懐かしいような感覚さえ覚えました。


 カーテンを閉め切り、元の席についた男性に名前を訊ねると「シュリ」と応えた。聞き覚えのあるような無いような名前で、キーボードを叩きパソコンの画面には「朱理」と表示された。"アカリ"とも読める女性のような名前に多少なり反応した私に気付いたのか、その人はおおよそこんなことを言っていたと思います。


 医者から女の子が産まれるって聞いていて、男の子が産まれたときの名前を考えていなかったらしい、と。


 聞き覚えのある名前だったのですが、はっきりと思い出せないでいました。聞き覚えがあるというだけで、それがいつだったかも記憶にない。もしかしたら勘違いも有り得るほどでした。遠い昔の事だからなのだろうか……なんて都合のいい解釈をしては、いや無い無いと否定を繰り返すだけの幼稚な思考を長々としていました。


 彼は右側をずらしてヘッドホンをかけ、またパソコンに向かいます。


「朱理さん!え、えっと...初めまして!私、水瀬唯っていいます!えっと...あの...」


 自己紹介をされたのだから自分もしなければと思った私は咄嗟に、見切り発車同然の自己紹介を始めてしまったわけですから、後に続ける言葉などすぐに見付かる筈もなく、みっともなくあたふたする私に朱理さんはどこの言葉が引っ掛かったのかは解りませんでしたが、すこし首をかしげ、その後なにかを悟ったかのような表情ですぐに、よろしくと言って私に手を差し出しました。その意図がなんだかは解りませんでした。なにしろそのような経験が全く無いものですから、何をどうしたら良いかなどすぐに理解することなど到底敵いません。


 しかし応じないわけにもいきませんから、見様見真似の一般的な行動で私もよろしくお願いしますと言って手を握り返すと、自分の心臓が高く鳴るのを感じました。相手に速く高く鳴る鼓動が手から伝わってしまうのではないかと思うと、顔が熱を持ちました。純粋に恥ずかしいのと緊張の入り交じった感情が支配していきました。しかしそれとは別に昔もこんなことがあったなと、どこか懐かしさをも感じました。

 この時はまだ恋情のようなものは無く、緊張に支配されていただけと考えています。


 彼はまたパソコンに向かい、私は彼からすこし離れた前方の席に座ると多少の眠気を感じて机に伏しましたが、名前以外の情報を何も知らない男性と同じ部屋に居ること事態慣れないことで、緊張しているだけでなく差し出された手を握ってしまったことでさらに気持ちが落ち着かない状態に陥っていたのです。

 もちろんそのような環境の中で眠れる筈もなく、キーボードを叩く音とクリック音、秒針とそれよりも早い心臓の鼓動の音だけが自分の耳に入ってきて、それらが緊張した私に拍車をかけるように焦らせるのです。


 机に伏してしまったが為に無闇に動くことも出来ません。いや、動くことはできるのですが動いてはいけないという不思議な感覚がありました。蛇に睨まれた蛙までとは言いませんが、大型犬を前にして身体が硬直してしまったかのようでした。彼はヘッドホンをしているのであまり意味は無いと思うことではあったのですが、嘘の寝息をたて狸寝入りを決め込み、あくまで寝ているのだという風に関心を引こうとしていました。



 幾分か時間が開きました。

 席を立ってこちらへ向かってくる足音が響き、それはどう考えても彼以外には無いことは想像に難くないことでしょうが、先程の一件以外に男性と手を繋いだことさえもない私は男性に憧れを持っていたのと同時に恐怖の念があったことをここに告白します。


 勝手な想像、妄想ではありましたがこのまま寝込みを襲われてしまうのではないかと思うと怖くて仕方なかったのです。


 しかし想像とは裏腹に、なにかを掛けられました。それはあまり肌触りの良い布ではなかったですが、若干の肌寒さを感じていた私としては嬉しいことでした。


 足音はどんどん遠ざかって行き、席に着くとまたタイピングの心地よい音が響き始めると私は緊張の糸が緩み、うとうとして先ほどまで警戒していたにも関わらず、急に迫った眠気に勝てず、その後寝息をたてていたのです。



 目が覚めたときは既に辺りは薄暗くなっており、この学校の生徒も帰っているであろう時間でした。


 一般生徒の下校時間ということは文化祭に参加した客側である私は既に帰っているべき時間だったのです。


 スマートフォンには一緒に来ていた友人からのメッセージの通知が表示されており、帰る時間が2時間半前に過ぎていたことに気付き、申し訳ないと思うよりも先に自分に呆れてしまいました。寝ぼけ眼で辺りを見ると、腕を組んで座って寝ている彼がそこにいたことに驚き、身体がビクッっとなった時に自分に掛かっていた布が落ち、それを拾い上げようとした時、それが彼の学生服だったことに気付き、またすこし顔に熱を持ちました。



 彼が目を覚ますのにそれほど時間を要することはなく、意外にもあっさり起きましたが、頭の方はまだ寝ているようで呂律が仕事をしておらず、私が制服を返そうとしても放心状態だったりとそんな状態でした。


 時間が経つと私が机の上に置いた制服をゆっくりと着て、閉め切ったカーテンを開け先程より暗くなった空を見て、よし帰るか、と小さくたった一言だけ呟きました。それは独り言だったのか、それとも私に対して言った言葉なのかは解りません。



 私は以前から現在に至るまで私立の学校に通っていました。小学校時代からからあまり男の人と話す機会がなく、なんとなく苦手意識があったのだと思います。しかし一番の要因としては中学2年生の時に、特に好きでもなく形式だけ付き合っていた1つ上の先輩による性的暴力未遂以来、男性が苦手になったのだと解釈するのが妥当かもしれません。それから男性という性別を拒否する体質といいますか、あまり信用できないまま高校も私立に入学して、更に機会が減るというスパイラルに陥りました。二次成長時にそのような経験をしていた私にとって男性という生き物は恐怖の対象でしかなく、友人が彼氏できた、誰それと付き合っているなどという話は長期売春契約と同じものだと勝手ながら解釈していたのです。


 そういったものが男性を苦手とする理由のひとつでもあるのですが、今回は何かが違うような気がしていたのです。その「何か」は解りかねますが違いがあったことだけを書き留めておきます。


 私が震えた声でどうしてそこにいるのかと尋ねると、すこしばかり考えてから静かに「一人は危ない。送っていく為に待ってる」と言ってからしばらく黙り、もし嫌ならやめておくと言ったので、この人なら大丈夫かもしれないとすこし心を許し、すぐに支度すると伝えると出口でスマートフォンを操作し黙って待っていました。



 支度が終わると暗くなった廊下を並んで歩き、昇降口から外に出ましたが、その間特に何も話さずに帰路につくことになったわけですが、ただただ気まずい雰囲気を感じていたのはわたしだけだったのでしょうか、彼も相当な鈍感でない限り感じていたのだろうと思うのですが今となっては過去の話ですので思い出すことはないでしょう。


 すると突然に、俺が寝ていたばっかりに帰る時間遅れて申し訳ない、彼がそう言ったのです。車の音に掻き消されてしまうのではないかというような声量で確かにそう言いました。確かに当初は気にしていましたが、送っていくと言ったことから償いの意味を感じた私は彼を責める気など毛頭なかったのです。しかしそのことを気にしているようで、なんと声かけをすれば良いか皆目見当もつかず、大丈夫ですよとありきたりな返事を返すことになってしまったことに悔いました。



 駅が近付いてくるとカップルが何組みもいて、羨ましさを感じる反面自分にパートナー、つまりは彼氏がいないという現実を突きつけられた気分になり落ち込んだときに彼は、すこし回り道良いかな、と言いました。今回は車が通っても聞こえる声量で言ったのです。


 良いけれどどうしたのかと聞くと、私が落ち込んでいるように見えたからあまりこの場を見せないようにしようかと思って言ったとのことでした。私が状況を把握し、わかりましたと言うと彼はすこし早足に別な道に向かいましたが、やはり男女の違いという面から体格の差があり歩いているとどうしても差が開いてしまうのです。


 待って欲しいとも言えるような仲でもなく、出会ったばかりの人にいろいろ言うことで厚かましい人だと思われるのも嫌なので、必死に着いていこうとしましたが、文化部の私に着いていけるだけの体力もなく、すぐに息が上がってしまいました。


 そんな私の様子に気づいた彼は大丈夫?と一言だけ言うと先程と同じように手を差し出すのですが、どうしても慣れない私としては手を取ることでさえ緊張してしまいます。その行為は経験の無い私にとってカップルがすることのように思えてならない完全に幼い思考回路でありまして、恥ずかしさの方が勝ってしまうのです。昔はそんなことはなかったので多少は意識するような思考になっているという点では成長はしているのだろうとは思いつつ、一方ではまだ幼いと思うくらいのものだったのでしょう。


 着いていくことさえ難しいのに断って強がったように思われたらどうしようと不安にもなりましたが、彼はとても心の優しい方のようで下心のようなものは感じず、ただただ心配してくれていたようでありがたいことなのです。が、幼いままの思考の持ち主であった私にとっては、やはり慣れるまでは時間がかかりました。


 そう言った点で彼はある意味で経験豊富なのかもしれません。


 単に私の経験不足なのかもしれませんが、それにしても慣れているのでそう捉えるのが賢明かと思われます。


 経験の浅い幼い思考回路は、手を取っただけでショートしてしまうのではないかと思われるほどそう言ったことに弱いのです。


 手を取っても彼は全く動じず、寧ろ落ち着きすぎなくらいに落ち着いておりまして、ただただ私一人だけが内心あたふたしているのが外からでもわかるようでした。


 私は緊張で呼吸が乱れていました。早足だったからという理由を建前にして本心を隠しましたが、彼からそんなに固くならなくてもと言われたのです。その言葉には緊張と恐怖の念が混じっていたことを理解した上での発言だったのでしょうか、あまりの衝撃にそのとき何を言われたのか記憶から抜けてしまっていますが確かに内心を言い当てられたのです。タイミング的には察していたから言ったのか、はたまた偶然なのか、どちらにせよ私の内心を言い当てたのですから素直に驚きました。


 このとき私はすこしずつ何か呪縛のようなものから解放されていくような感覚があったことを記します。はっきりと言えることは恋愛の感情とは違う、友人として好きになるようなそんな感覚に似たようなものなのですが、なんとも言い表しにくい様々な感情が複雑に入り交じった、そんな感情が形成されていきました。それが一体何になるのかなど経験の無い幼い思考の私、水瀬唯には知る由もなかったのです。


 回り道をするとカップルのような人たちは見えなくなりまして、代わりとして会社員や大学生風の人たちがちらほらと見受けられるようになりました。


 私の小さな右手は、彼の大きな左手としっかりと繋がっており、先程まで後を着いていくことが大変でその為に繋いでいた右手は、いつしか隣を離れないように歩く右手に変わっていることに気付きました。


 しかし、そのことに気付いたのは私ではなく彼でした。私は無意識の内に右手のことなど忘れていたのです。


「えっ……と唯、さん?ずっと手握ってるけど嫌なら離してもいいんだよ?」


 そう言われてハッとしました。


 そうだ!いつまでこうしてるんだ私!?


 しかし、そう思ったときには既に手遅れで、離すタイミングを見失った私はなんとなく手を離したくない気も起きて、何故だか解りませんがこの人を離したくないというような、ある意味で独占欲のようなものが私の中に生まれました。


 このような感覚も全くの初体験でしてどのような対応が正解なのかさえ解らないままでした。いや、正解なんてものはその人個人の考え方次第で、限定された答えなど無いのかもしれないことなのですが、その時私はそこまで考える余裕すらありませんでした。


 10月半ばの夕暮れ時は冷えますが私の手を握った彼の左手は暖かなもので、安心感のある大きな手でした。


「嫌じゃないですよ。大きくて暖かい手ですし、むしろ落ち着きますね」


 何を口走っているのだろう。これではただの変な人ではないか。痴女予備軍と思われはしないだろうか。


 そんなことを言っても彼は、そっかと言う程度で多くは語らず、代わりとして先程より僅かに強く握ってくれたのです。


 回り道をして通常の道よりは遠回りしましたが、駅が近付くにつれて別れが現実味を帯びてきて寂しさを感じました。


 彼はどう思っているのだろう、変な子だと思われてないかな、好きな人とかいるのかな……


 そんなことが頭をよぎって仕方がありません。自分と波長が合うような気がしており、ついにはそのことで頭がいっぱいになっていきました。


 ただただ寂しかったのです。


 ――もっと一緒にいたい。


 会ったことがありそうというだけの初対面の人にそう思うなど変なことだと思うのですが、それでもそう思ってしまったのです。彼の静かに流れる落ち着いた雰囲気と優しさに惹かれていたことを自白します。


 駅に着くと「もうそろそろ電車が来る頃か」と彼が静かに呟きました。独り言のようでしたが、私にも聞こえる程度の声量はありました。


 別れを目前にすると、胸が締め付けられるように痛みました。ありきたりな表現ではありますが、本当になるものだったのだと改めて感心しました。


 とは言え相手は初対面のわけでして、そのようなことを言っても相手にされないどころか、むしろ引かれるのが普通ですから伝えることはしませんでした。なんの脈絡もなくいきなり言うというのは、自分は頭の可笑しい子ですと言っているようなそんな気がしたので、なにも言わずにおくことが最善の方法なんだと自分に言い聞かせました。


 男性に対する苦手意識も無いと言ったら嘘になります。すこしずつ改善はしているわけですがグレーな箇所が部分部分に点在しておりますから苦手意識もゼロではありません。なにより当時、今より改善できる兆しが見当たりませんでした。

 しかしそれでもこの人が良いと思ってしまった以上、考えを変えるのは容易なことではありませんでした。



 そうこうしていると最終の目的の場所まで来ていました。


 胸に尖ったものがきつく刺さるような痛みをともなったまま別れることになりました。


 私が、ではここでと言うと


「昔からあんまり変わってないな。あ〜……、寒いし風邪ひくなよ。唯、元気でな」


 ”昔から変わっていない”初対面の人がそう言った。それだけでなく下の名前を呼ばれたのだ。


 訳が解らなかった。さきほどまで治まっていたはずの鼓動がまた高く音をたてて鳴り始め胸が苦しくなった。


 やっぱり私はこの人のことが……


 しかしもう会う機会はないのだからと自分に言い聞かせ、お礼を言い足早に改札へ向かいました。そしてここに来るまでの違和感などを総合していろいろ考え事をしていました。


 昨日チャージしたばかりの電子マネーを使い、改札を抜けてホームに向かおうとしたその時に思い出したのです。それは私たちが初対面ではないということです。


 自分の知っている人だったこと。

 近くて、それでいて遠い人だったこと。

 彼はそのことも私のことも理解していたのでしょう。



 発車まで2分を切り、私の帰る電車は快速だったので主要停車駅と終点のみを伝えるアナウンスが流れました。


 ここでお別れなんだ。


 そう思うと急に寂しさが襲ってまた胸が苦しくなり目頭が熱くなりました。今すぐ改札を引き返してあの人のところへ飛び込みたいという想いがいっそう強くなったのです。



 彼は今どんな顔をしているだろうか。


 後ろを振り替えることができればどんなに楽になれるのだろうか。


 伝えられたらどれだけ心が軽くなるだろうか。


 でも......


 それでも……


 もう伝えることさえできないのなら……


 最後に一言だけ……


 ……夢を見させてくれてありがとう


 彼は静かに手を振った。


 ホームに発車前のアナウンスが響き、私は手を振った彼の方を見ず、背を向けて電車に走って乗り込んだ。


 ……発車の合図がホームに響き、電車はあの人から私を引き離すように速度を上げていく。


 まだ微かに紅い西の空と、既に夜を迎えた東の空の境界で無機質な音を立てながら。


 私の体をぐんぐん運んで行く。


 夜に染まっていく西側の窓をぼんやりと滲んだ視界のまま見続けていた。


 無意識にあの人と同じように、電車に揺られる音に掻き消されてしまうような声で呟いた。




 ”さようなら……”




 それはまるで微熱のような恋でした。


 愛と呼ぶには幼すぎて、憧れと呼ぶには熱を帯びる。


 それは確かに、私の初恋でした。



 ― Fin ―

拙い文章に目を通していただきありがとうございます。

更新は遅いですが、これからも頑張って行きますので、応援よろしくお願いします〇┓ペコッ

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