7. 女の戦い
ラクンドシャでのひと時を楽しむ人々の目は空の魔導甲冑ではなく、地面を歩く一団を見ていた。
それは身なりの良い男女の団体で、どちらも非常にレベルが高い。その団体が歩くと、人が割れ道が出来る。その道を歩く先頭は女性陣だ。
金の刺繍が入った白のワンピースに上級貴族しか持っていなさそうなマントを羽織った赤髪の少女。彼女は美しいエメラルドを首からかけ、魔導具らしい金の指輪が太陽の光を反射している。
まるで王家の娘のような華やかな姿だが、冒険者の証が見え隠れしており彼女がここでは毛嫌いされる冒険者である事を物語っている。
その先を歩く二人組みはどうやら騎士学院の生徒らしい。
ファンタジア大陸では珍しい黒髪が短く切り揃えられ、肌は逆に雪のように白い。長身でスタイルも良く、彼女の姿を見た者達が今後理想の女性を思い描く時が来たら、真っ先に彼女を思い返すだろう。
もう一人は、大きな胸が制服に収まらないのか上部分から胸が露出している。こちらも長身で長い髪が後頭部で結られているにも関わらずストレートの様に後ろで靡いている。引き締まった顔と伸ばされた背筋が難しい性格を思わせるが、自信がある男なら屈服させ自分の物にしたい欲求に駆られる。
そしてそのだいぶ後ろで肩を落としながら付いて行く男も身なりがよく、一見すると貴族のように見える。ただ、酷い猫背と先が見えないような暗い表情が男の評価を何段階にも下げている。
そんな一同は周囲の目もくれず楽しそうに会話をしながら歩いている。
「そうなの、貴方がユートくんの言ってた子なのね」
「ふーんまあ別に良い。あのアホがまた学院に顔を出せば、それでいいことよ」
「すみません私のせいでユウトさんだけではなく、皆さんにまで迷惑を掛けていただなんて……」
「あー、良いのよ。彼、元から学院にはあまり顔を出さない方だったから。特に1年の時なんか1度たりとも出席したことが無いらしいの」
「そう! それが腑に落ちない。あのアホ1回も出席してないのに退学どころか、そのまま2年に上がったのよ! まあ、今になってみればお母様と面識もあって昔馴染みらしいから、私から文句は言えないんだけど……」
アルシェの言葉にシノが手をポンと叩いた。
その言葉で少し前に起きた大騒動を思い出したのだ。
あれはアルシェが『セフィリル次期王女アルジェント=ティファール』であることがバレて強制送還されそうになった時のことだ。ユートが自ら城に赴き、現女王アフィアネス=ティファールに直接話を申し込んでなんとかアルシェの在学を許してもらったのだ。
あの時のユートはまるで王様のような装束に身を纏い、アフィアネスと対等に話をするどころか逆に平伏せさせたのだ。
そこからの展開は非常に面白かったと記憶している。
王女は旧友に会ったのが嬉しかったのか、そのまま「娘をやる」と言い出したのだ。
もちろんユートは断ったが、王女の勢いに負け
「アルジェントが俺との結婚を望むなら」と男らしい事を言い残した。
その後の話は親子だけで行われたらしく、シノとユート含むその他のクリンゲル一同全員知らないことだったが、アルシェの態度を見ればすぐに分かった。
(望んだのね、ユートとの結婚……)
彼女は王女になるため他の姉妹達と戦わねばならないが、あの腕前と気迫があれば何とかなるだろうとシノは考えていた。
すると、もしかしたら知らない好きでもない男と結婚しなければならない日が来るかもしれない。
戦略結婚は六英雄全員が嫌っていたことが有名で、英雄時代後はあまりそういった話を聞いたことがない。ただ聞かないだけで、実際は少なくはなりつつもあることにはあるのだ。
しかもアルシェは国の為なら自分の体さえ使ってしまうような女の子だ。戦略結婚などという話になれば即座にその場を整えるだろう。
だがそれは、共に学び、共に過ごした仲間達にとっては不本意で絶対にやってほしくない行為の一つでもあった。だからこそ、シノは今安心してアルシェを見ていた。
以前のような傾注はなく、やや勇足気味なのが無くなり、今では自分の事を大切にしていると肌で感じられる。
これもユートのおかげなのだから、彼には感謝してもしきれない。
ただ、ユートが婿となるのなら最低限アルシェを護れるようになってほしい。と思い始めてもいた。
そうして微笑むシノとは正反対に、アルシェとカノンはお互いに火花を散らしていた。
「ええ。それでユウトさんが手の使えない私に「あーん」と言って食べさせてくれまして、それに私が火傷しないようにと「ふーふー」もしてくれました」
「へぇー、そうなの。まあ、私なんか倒れた時にお姫様抱っこをされて、そのまま裸まで見らたのよ。私はもちろん断ったのだけれど「このままだと傷が残る」とか言って、私の事だけを想って下心なしで私を治療してくれたのよ。あれから一段と仲が良くなってね、今では……」
「そうなのですか! ユウトさんもアルシェさんもなかなか大胆な面もあるのですね。まあ、私も手が使えませんでしたから! お風呂の代わりにと毎日私の体をお湯で湿らせたタオルで隅々まで拭いてくれましてね。あの時ユウトさんの手が……」
「そんなことがあったのね! いやあカノンさんとユートは進んでますわね。きっとお付き合いした方が宜しいかと思われますわよ。あぁ、そうそう。私もこの前ね………」
「……やめて、人の傷口に塩撒いてこじ開けるのやめて」
言葉遣いが怪しくなりつつある二人と、話題に上がる数々の黒歴史に身悶えするユウトの姿が民衆には写っていた。
………
……
…
「………はぁ、歩いただけなのにすげー疲れた」
「ふふっ、お疲れ様」
未だ言いあいをしているカノンとアルシェを遠巻きに見つつ、ユウトはシノと英雄像前のベンチで腰を下ろしていた。
町の中心にあるここは、数千年前に第二の英雄と第三の英雄が死闘を繰り広げた場所として有名で、そのせいか二人の英雄像が立っている。
女の姿をし槍を構えるのが第二の英雄。
冒険者システムを作り、文字を広め、ありとあらゆる情報をすべての民に与え知識を持たせた知恵の神として崇められる英雄だ。
男の姿をし装飾の凝った剣を持ち背後を少女に護られているのが第三の英雄。
すべての民に戦う術を教え、英雄達に武器を渡したとして知られる英雄。神に魅入られ、今では人神として崇められている。
その二体の像がお互いを牽制し合うように並べられており、結構有名な観光スポットになっている。
今は屋台で売られていたジュースを飲みつつ二人の言い合いが終わるのを待っている最中だ。
この距離では聞き取れないが、まさかユウトの性癖や女性観の話に切り替わっているなどと、ユウト自身は知る余地もない。
そうして二人肩を並べていると、不意にシノから話題を振られる。
「……それでユートくん」
「なんですかシノ先輩」
「いつまで実力を隠すつもりなの?」
その質問の意図が分かり、ユウトは動きを止めた。
そして、すぐジュースに口をつける。
「意図が分かりかねます」
「ふふっ、でしょうね。じゃあ私が驚き話をしましょう!」
シノの声は高く、明らかに楽しんでいる節がある。学院を卒業したらみんなを守れる薔薇騎士になりたいと常に言っているわりに、結構人を弄るのが好きな人だ。
それでもあえて知らないふりをし続ける。
「えーっと、そうね。じゃあユートくんは『黒の3人組』って冒険者達は知ってる?」
「……さあ? いちおう冒険者ですけど、自分はまだランクDの駆け出しですからね。そういう情報は持っていませんよ」
「あら、そうなの?」
疑問符を付けているが、明らかに知っている声を上げている。
そしてシノは冷笑を浮かべ言った。
「奇遇ね、その黒の3人組もランクDの集まりなのよ!」
大袈裟に驚いたフリをするシノを、ユウトは殺意混じりの目を向けた。
これから話されるだろう事は、ユウトが嫌い。わざわざここまで逃げてくる羽目になった話なのだから。
それを笑い話のようにシノは続けていく。
「その3人組、ここ数ヶ月前から現れてね。最初はただ珍しい黒髪が3人いるってだけのパーティで目立った事は一つもなかったの。本当に、何一つ、ね。
黒髪なんて目立つ髪色を持った人物が3人もいるのに、良い噂も悪い噂も何一つなかったの」
「………」
「そうして数ヶ月経ったある日、一人の元冒険者が夫婦水入らずで久しぶりに冒険へと繰り出したの。久しぶりとはいっても、夫の方は元Sランク、妻の方は元Aランクだったらしいわ。2人だけだったけど、負ける理由がない。その日の冒険も大した苦労なく終わった……わけじゃなかった」
言い終えると、クリンゲルにいる時のような鋭い眼差しがユウトに刺さる。
人を追い詰めるかのような視線から逃げるように、またジュースを口に含む。
「その日はたまたま森の奥深くまで行ったそうなの、でも最高ランクの二人がいれば深緑へ誘うものが来てもへっちゃら。何の躊躇もなく進む夫婦に、悲劇が襲ったの」
「………」
「なんと、夫婦の前に現れたのはあの有名なコージブルだったの!」
大袈裟に驚く表情をとっているが、その気持ちは分かる。
コージブルに出会えば誰でも驚くし、自分の死を実感する。
アレはこの世界で魔導甲冑を除けば2番目に恐ろしい魔物だ。人を襲い、自らと同じ存在に改造し仲間を増やし続ける怪物。
金色に輝く体はあらゆる攻撃を弾き、魔導具ですらまともなダメージを望めない。それに対して相手からの攻撃は全てが必殺だ。その威力はドラゴンですら数回当てるだけで殺してしまう。
しかも奴らは常に集団で行動するため、必殺を放つ魔物が一気に5体も出てこれば逃げる事は叶わないだろう。
そんな化物が夫婦の前に現れたとなっては、その顛末は想像するまでもない。
だが、ユウトはその後の話を知っている。
いや、実際、その現場にいたのだから、知っていて当然だ。
「夫婦は諦めたわ、でも天は二人を見放さなかったの。なんと黒髪の3人組がどこからともなく現れたの!」
「………へー、じゃあその3人も死んだんですね」
「そんな事はなかったわ。黒髪達はなんとたった3人で3体のコージブルを一瞬で倒してしまったの!」
彼女らしくない動きで、剣を振り下ろし敵を倒すシーンを身振り手振りで再現する。
「これには夫婦も腰を抜かしたらしいわ。でもね、もっと夫婦を驚愕させたのは……なんと! その3人組はランクDの冒険者だったの!
冒険者なりたてはEランクだから、殆んど駆け出しの冒険者! そしてその一人が去り際にこう言ったそうよ。「お前には眼鏡が似合う」ってね」
最後の部分を聞いて、ユウトはガクッと肩を落とした。
それは去り際にしては最悪すぎる言葉だからだ。もっと格好良いことは言えなかったのかと、ユウトは自分を責めていた。
そして、そこまで知っているならもう認めても良いだろうと諦めていた。
そんなユウトを覗き込み、シノは小さくガッツポーズをとった。本当はここからさらに追い込むつもりでいたが、この程度で済んで良かったと安心していた。なんだかんだと大切な後輩なので、友好関係はできるだけ壊したくないからだ。
「それで、何か言いたいことはない?」
「……それ俺です。すみませんでした」
「よろしい。正直な子は好きよ」
だがユウトにはシノの考えがわからず、ただ頭を撫でられていた。
すでに氷しかないジュースを飲み干して捨てに行こうかと考えていると、シノがそれを制止する。そして手招きをし、それに応じて顔を近付けとシノはユウトの耳に口を近づけ
「あのね、お願いがあるの………」
話を聞き終わったユウトはその意味がよく分からず頭をひねった。
それを見て、シノはひたすら優しい微笑みを浮かべていた。