6. 騎士学院生と出会う
天気は晴れ。
空は青く白い雲が時間をかけて流れて行く。
蜃気楼のようにボンヤリと遠くで映る山のような物は、おそらく巡回してきた魔導甲冑だろうか。こうして見てみるとその大きさは計り知れない。
山のように大きいロックレザールやドラゴンを片手で持ち上げる姿を見た者までいると言うのだから、あの巨人に勝てる生き物がこの世の一体どこにいるのか皆目見当もつかない。
しかしユウトはアレを破壊しなければならない。
前の世界から親友と共にここへ来るきっかけを作った白銀乙女、彼女が自分と親友へ魔導具という力を授けると「魔導甲冑をすべて破壊しろ」と命令してきたのだ。だからこそ力を付けているし、人類最大の天敵と名高いカロスやコージブルを練習相手にしてきた。
それでも、あの巨体を見れば腰が引けてしまうのは人として仕方ないではないだろうか。
妹の命を救うため巨人と戦った青年もこんな気持ちだったのだろうかと考え、再び溜息をついた。
気分を変えるために上を見ていたが憂鬱になる物があったことを呪い、もう一つ憂鬱になっている原因である隣の方を見た。
「……………もぅ、嫌だ。死のう、いや私だけが死んでも意味がない。そうだ、さっき言ってたツグモとかいう女を道連れに……いや、あの女さえいなくなればユウトの隣には私しかいなくて、ユウトは私を見てくれて……あぁ、そういえばナオちゃんもなんか最後の方の態度が変だったし………もうユウトの周りにいる女全員を殺せばきっと私しか見なくなりますよ。ほーら問題が全部片付いちゃった……私ってばやるじゃん……じゃあまずは……っ」
「………」
そこには店を出たあたりからずっとこの調子でおかしくなっているカノンがいた。
ぶつくさと恐ろしいことを呟き続ける彼女のオーラに、人の壁が裂け、ベンハーを引くカヴァロが変な鳴き声を上げ暴れ回っていた。
今では遠巻きに見られ、いささか見世物のような状況だ。
それでも顔を上げず呪詛のようなものを口走り続けるカノンはまさに悪魔と言われても仕方がないようにさえ思われる。
ユウトは大袈裟に溜息を吐いた。
溜息はこれで何度したか覚えていない。
そして自分の左薬指にはめられた指輪へと視線をやった。
白銀乙女から貰った魔導具だ。
アンジェリカは勘違いしているようだが、これは不死成を与える代物ではない。あれは能力の一部を使ったに過ぎず、本来の使い方と大きく外れている。
「………」
この力をマトモに振るえば、ドラゴンなど紙屑を払うかのごとく一瞬でカタがついてしまう。
だからこそユウトはこの魔導具を毛嫌いしていた。
使用するたびに膨大な魔力が持っていかれ瀕死になるから、というのは勿論あるのだが、何よりも嫌いなのは
(……強過ぎるんだよな、これ)
苦労せず手に入れたこの力は、申し訳なくなるくらいには圧倒的殲滅力を有している。サウジャムクロス1体に対して20人以上のパーティで決死の覚悟のすえ戦いを挑む冒険者達の横で、ホコリを払うかのようにコレを振るえば、それで終わってしまう。
そういうのは何度も経験した。
なんだかんだと祭り上げる奴もいれば、ドラゴンでも見るかのような目で見てくる奴もいた。酷い時には助けた村に入ることすら叶わなくなってしまった。
同じ人に畏怖されるのはかなり精神的にきて、魔導具を使うことよりも体の負担になっている。
だからこそ自分の存在がまだ明確に知られていない鎖国国家セフィリルにまで足を伸ばし、ツテを使って学院に転入したのだ。
ここでなら自分だけの力で戦える。
そう思ってみたは良かったのだけれど、魔導具無しの自分はあまりにも平凡で弱く。学年38位も10歳くらいの女の子が対戦相手だったからこそ取れた名誉なき数字だ。
「………ほんと無能だよなあ、俺」
ユウトは再び溜息を吐いた。
周囲から見た自分達は如何なるものだろうかと考えてみたが、大方女の子を泣かせだか不機嫌にさせたかで鬱になってる馬鹿男くらいに見えるのだろう。
実際は違うのだと叫びたい気持ちはあったが、それを胸の内に隠した。
本人もなにがいけなかったのか理解し始めているらしく蒼かった顔が真っ白になりつつある。
不機嫌を通り越したなにかと化したカノンへなんと声をかけようか、それを考え始めたユウトに声がかけられた。
「おう、ユウト君じゃないか」
「……ん。あれ、センマイさん?」
振り返って見てみると、強面の顔で微笑みを浮かべるのは民間特殊地区担当薔薇騎士隊長を務めるセンマイ=カムカムケアだ。
セフィリルに伝わる薔薇騎士専用の全身鎧に身を固め、巨大なランスとカイトシールドを持つ姿はこの街を護る階層守護者のようだ。
センマイはシワが入った顔を優しく歪ませながらユウトを覗き見るようにして顔色を伺う。
「む、どうした顔色が良くないぞ」
「あーいや特になんでもないですよ。実際、この街に迷惑かけるような事でもないんで」
「君がそう言うなら、大丈夫なんだろう」
納得したように背筋を伸ばす。
その大きな体は見上げるほどで、比較的身長の高いユウトですら見上げてしまうほどだ。そして今は兜で見えないが、頭には可愛らしい猫耳が付いているのをユウトは忘れていない。
「そういえばどうしたんですか? たしか今日は門番をするんだーとか張り切ってましたよね?」
ふと疑問になって聞いてみると、センマイは顎に手を置き数秒ほど何かを思い出すような素振りを見せる。そして
「そうそう忘れるところだった。私は道案内をしていたんだ。紹介しよう、確かティファ君やユウト君と同じ騎士学院生でね。こっちの髪の短い大人びた女性がシノ君、こっちの髪の長い貴族のような女性がアルシェ君だ」
そう言ってセンマイは振り返るが、そこには勿論誰もいない。
はてと首を傾げていると遠くから甲高い、ユウトにとっては馴染みの声が聞こえてきた。
「センマイ様! センマイ様、いきなり走られてどうなされたのですか!」
「はぁ…はぁ……ちょっとタンマ。休憩させて……」
「おお! そうそうこの御二方だ」
満足そうな笑みを浮かべるセンマイとは逆に、疲労で根を上げる2人の女性がユウトとカノンの前へ来た。
今の今まで呪いの言葉を発し続けていたカノンだったが、目の前に新しい敵が現れたことにより顔を上げた。
前に現れた敵は2人の女性……と言っても、見た目はユウトと大した差がないくらいには若い。騎士学院の制服を身に纏った姿は華やかで、二人が作り出した暗黒物質を跳ね除けてしまうかのようだ。
「改めて紹介しよう、こちらがシノ君とアルシェ君だ。見ての通り素敵な女性でな、私も両手に華といった感じでな存分に楽しめたよ。まあ妻には負けるがな」
言うや顔に似合わず豪快に笑うのをユウトは苦虫を噛むような面持ちで見ていた。
劫火となっていたカノンに油を注ぐような存在が二人も追加されたのだ。誰だって嫌な思いにもなる。しかも二人ともユウトが良く知る人物だ。
二人は息を整えると、疲労が見える顔を持ち上げた。
「……あら? ユートくん?」
「はぁ……はあ……っいやシノ先輩、ユートがここに居るわけないです。あのアホは最近クリンゲルにすら顔を出してない……のに」
「……お久しぶりです。シノ先輩、アルシェ」
できるだけの笑顔を作って挨拶をしたユウトだったが、内心は冷や汗モノだ。
問題のカノンはというと。
(気にくわない……)
新たにやって来た二人はどう見てもユウトの好みから外れている。
女性にしては長身の二人は脚が長く顔も綺麗で舞踏会に立つお姫様のようだ。
それはカノンにも言えるのだが、今日初めて自分の顔を見たカノンにとってはどうでも良いことであった。
「ほんと、心配してたのよ。ここ最近はめっきり顔を出さなくなっていたし、なにか事情が有ったんでしょうけれど、同じクリンゲルの仲間なのだから相談くらい乗ったわよ」
クスクスと笑う髪の短い方は、雪のように白い肌に人の良さそうな顔をしている。髪は黒とユウトの好みに合致するが、年上のような振る舞いと冷静そのものの表情がユウトを魅了するとは思えない。
「ユートっ貴様! 帰って来ているのならば私達に連絡くらい出しておけば良いものを、これだから順位最低のアホは……」
ユウトを馬鹿にする長髪の方は、健康そうな体つきで特に大きな胸が開いた制服からはみ出している。それとただ流れているだけだと思っていた髪は、後頭部でリボンで結られポニーテールになっている。ただそれでも長すぎるせいで、流れているように見えたのだ。
こちらの方は完全にユウトの好みとはかけ離れているため、カノンはすぐに視線を離してシノの方を見ていた。
「いや実は友達が倒れてしまっていて、それを診ていたらこんな時期に……」
そんな二人の言葉にユウトは申し訳なさそうに話す。
返事にシノは微笑み、アルシェは苛立ったような顔をする。
そんな三人を見て、センマイは大きく頷いた。
「うむ、何やら御二方共ユウト君の御友人らしいな。ならばここはユウト君に任せて私は門番の任に戻るとしよう」
「ちょっ、ちょっと待ってください! 俺には無理ですって!」
踵を返し颯爽と駆けて行きそうなセンマイに向かってユウトは精一杯の命乞いをする。
このままだとカノンが再び邪神降臨を行いかねない。だが、一度だけ振り返ると白い歯をキラつかせて言う。
「ユウト君よ、また娘が世話になると思うが……娘を、頼んだぞっ!」
「最後の最後で爆弾発言はやめてもらいませんかァ!?」
それを最後にセンマイは全身鎧に巨大なランスとカイトシールドをモノともしない動きで走り去っていった。これが民間特殊地区担当薔薇騎士隊最強と名高いセンマイ=カムカムケアだからこそできる芸当だ。
そして、最後に残されたのはーー
冷静な表情でセンマイを見送るシノ。
なぜか青筋を立てユウトを睨むアルシェ。
黒い顔で呪詛を唱えるカノン。
ユウトは天を仰ぎ見て、自分の命が持つことをひたすらに祈った。
それが天に届いたかは定かではない。
文字数が徐々に減っていってます