4. 雑貨屋でほのぼの雑談
雑貨屋の床に転がるユウトを、カノンは必死に何とかしようと慌てふためいている。
それだというのに、店長はもちろんナオですら動こうとしない。「またいつものか」といった様子で、駆け寄ってくる様子もなく見守っている。
それがまた訳も分からず、カノンを苛立たせた。
「ユウト! 目を開けてユウト!」
必死に声をかけても変化はない。
カノンは思い切って、左薬指にはめられた指輪に力を込めてみた。リュリュシータ曰く、これは魔導具と呼ばれるもので、それが何なのかはよく分かっていないが、ユウトが見せてくれた魔術道具と呼ばれる物と同等の物であろうと心の隅で確信していた。
ただ、それでも。
「なんで! なんで何も起きないの!?」
いくら力を込めても、振ってみても、ユウトがやってくれたような現象が起こらない。少し輝いて、それで終わりだ。
絶望的な状況に唇を噛む。
記憶を失った自分ではどうしようもできない。それが分かりながらも、カノンはひたすら声を掛け続け、指輪に力を込め続ける。
「お願い、お願いっ! 動いて……」
そんな泣きじゃくるカノンを見て、アンジェリカとナオは顔を見合わせた。もしかすると、もしかするのかも、と。
「……あ、あの。えっと、カノンちゃん……だったかな?」
アンジェリカはできる限りの優しい声をかける。すると、目の仇を見るかのような鋭い視線が彼女を射止める。
仕方ないと思いつつも、年頃の女の子の泣く姿はさすがのアンジェリカでも堪えるようだ。
「あのさ、カノンちゃん。こいつの魔導具ってまだ見たことないの?」
「…………ありますよ。たしか……シンタイキョウカとか……それが何だって言うんですか」
「えー……えっと」
啜り泣く声を殺し、仇を睨む姿は恐ろしい。こんな女の子でも、大切な人を殺された仇への殺意は、幾度もなく戦った野党共よりも激しかった。
騎士ではあったが雑貨屋という職業柄、様々な魔術道具をよく触るようになったアンジェリカには、カノンを中心に周囲の魔素が取り込まれ別の悍ましい『何か』へと変貌していくのが見えた。
それはあまりにも強大で、元騎士ですら踏み出す一歩を躊躇する程だ。
それでも、平然を装って、アンジェリカは事実を伝えるため口を開く。この勘違い娘のために。
「そいつ、生きてるよ」
「…………え?」
耳を疑うような言葉に、張り詰めていた何かが切れた気がした。
急いでユウトの胸て耳を押し付ける。音はない、振動もない。
ただ、ピクリ。とだけ動いた気がしてーーー
「…………ぁあああああああああああ! フッザケンナアアアアアアアアアアアアアア!」
叫び勢いよく上半身を起こすと、鋭い眼光を女房店長に向ける。だが返ってきたのは鋭い舌打ちだけで、弁解する気はないらしい。
蘇ったかのようなユウトに困惑するカノンは嬉しさのあまり抱きついてしまう。だがそれを優しく退かすと、身体中に穴が空いた体で立ち上がった。
その姿はあまりにも痛々しく、着ていた物の前後にも穴がポッカリと空いている。
普通の人間なら死んでいそうな重傷を、何事もなかった様子で左腕を持ち上げた。
「ーーーーーー」
カノンでは理解できない単語が発せられる。
すると、散らばった床の破片や服の断片に肉、それらが時計の針を戻したかのような勢いで修復されていく。最後には、来たばかりのような何事もない床と、ユウトが立っていた。
目を何度か瞑り、目を擦ってみたがあの重傷を負ったユウトはもうどこにもいない。
「………ぇ、いまの、は?」
「こいつの魔導具だよ」
カノンの呟くような声に反応したのは、ユウトを殺しそこなったアンジェリカだった。
忌々しそうにユウトを眺めながら、もう一度クロスボウを構え、カノンの制止の声を聞かず、引き金を引く。
胸がチクリと痛み、思わず眼を瞑った。
次の瞬間、高い金属音が発せられ店内中に響いた。
「やっぱ死なねえか」
店長の呆れた声が聞こえ、恐る恐る瞼を持ち上げてみると、そこには先ほどと違い無傷で立つユウトがいた。ただ本人自身も、少し驚いている様子だった。
クロスボウをカウンターに置くと、一つ伸びをする。
「あークソっ、ウジャトの奴に新しく作らせた無制限で装填必要なしのクロスボウ型魔術武器作ってもらったんだけど……やっぱ殺せないかぁ」
「いやいや何てもん作らせてんだよ。俺じゃなかったら死ぬぞ、これ」
とんでもない発言を軽い調子で言うアンジェリカに、ここにいる全員が唖然とした目で見ていた。
そんな視線には目もくれず、カウンターに置いてあった椅子を寄せると勢いよく座る。その勢いで椅子が悲鳴を上げたが、気にせずユウトとカノンを見つめた。
「で、今日は何の用? 冷やかしなら帰るか、殺されるかのどっちかなんだけど?」
「いや殺されるのはさっきやられたんで、もう結構です。用件は、例のやつです」
最後の方を窄めて言うと、アンジェリカは舌打ちをした。そしてナオと見遣り
「ナオ、カノンちゃんに店の中を案内してあげなさい。私はこいつと話があるから」
「はいお母さん………カノンさん」
「あ、うん」
不満はあったものの、ユウトすら視線で促すので渋々付いて行く。それでも雑多品には興味があったのか、ナオの後を軽い足取りで駆けて行く。
それを二人で見送り、お互い顔を近づけ声を小さくする。
ユウトとアンジェリカの表情は真剣そのもので、すぐ先まで殺しあった仲とは思えないほど近く、神妙な様子だ。
「……で、どうなんだい。ナオの夢について何かわかったかい」
「いや何か確信的なことを掴めたわけじゃない。それでも、ほんの少しだけは」
「そうか。それでいい、教えてくれ」
アンジェリカの顔つきは子供を心配する親の顔に変わり、ふざけた様子もない。それはユウトの方も同じで、小さく頷いた。
ユウトが調べていたのはナオが見るようになった夢についてだ。
それは子供が怖い話を聞けば見そうな、ごくありふれた物だ。だから最初こそただの夢だとアンジェリカも考えてそっとしていた。
それが、最近になって変化した。
これをユウトに相談したところ自分のできる限りで調べるということを言ってきたので任している。といった感じだ。
調べていることは二人の秘密で、ナオや夫には心配してほしくないと基本的にユウト単独で調べている。
「まず謝っておくけど、ちゃんとしたことは分かってない。だからこれから言うことを鵜呑みにしないでほしい」
「わかってるよ。別にアンタの言うことを信用してないってわけではないから、そこは安心してくれて良い」
アンジェリカは基本的にユウトのことを嫌っている。
それは魔導具を扱える以外に特徴がないくせに学院に特待生として通っているし、何やら怪しい仕事をしている。しかも、距離さえあれば無敵と言われていた元冒険者のティムを危機から救ったと聞く。
極め付けは、入った者は誰も生きて帰ってこれない聖域へと入って無事に帰ってきたのだ。しかも女の子を助けるという余裕を残して、だ。
その時点で、人間の域を超えている。
これで冒険者ランクD、学院順位115位という体たらく。完全に周りを見下している。
しかも身に付けている魔導具は、ユウトを不死のようなものにしている。本人曰くそんな能力ではないと言うが、ではなぜ生き返るのかと聞くと、だんまりを決め込む。そこがまたイラつく。
それでもユウトへナオの話をし、この話を任せているのは、ナオの話をした時の眼が気に入ったからだ。
あれはナオを心から大切に思っている眼だ。
ナオを守るためならば命すら張れる、そう確信してしまうほどの気迫と信念を感じ、それだけは信用できると任せている。
だから……いや、そんなユウトだからこそ、話すすべての情報を信じようと決めたのだ。
「話してくれ」
「了解」
すると、ユウトは1枚の写真を取り出した。
場所はどこだろうか。少なくともアンジェリカが知る所ではない。
だが、ボンヤリとだけ写るその人物だけは、やけにハッキリと見えた。
「………これは、ナオか?」
そう、そこにはナオが写っていた。
いや正確には違った。身長はナオよりずっと高いし髪も膝まで伸びている。胸元を大胆に開いた服装など、気弱なナオに着れるわけがない。
そんな女が大勢の人間を見下ろして何か指示をしているかの様に見える。その姿はナオらしくない。
「この女性はギャラック大陸の魔術国家リーフにいた人だ。その土地の一部を任されていて、治める領土はヴィントと呼ばれているそうだ」
「かなり偉いのね」
「リーフ内の政治にすら口出しできるくらいだからね、自分の領地を広めようと画策しているみたいで……実際上手くいってるらしい。と言うよりも中にそれを支持する者もいるみたいでな」
「………そう。でも私には関係ない」
「元騎士が言うことかよ」
そうは言ったものの、ユウト自身も興味はなかった。この女性がなにを企んでいようと、自分と親友のサトシ、そしてナオやカノンに危害がなければどうでもいい。
無駄な思考が入った。仕切り直すため咳払いをして再び写真を見る。
「で、こいつの名前は?」
「知らん」
「は? また殺されたいの?」
「言い直そう。俺だけじゃない、領民ですら名前を知らなかった」
ユウトにとっては何気なく言った言葉だったが、アンジェリカは目を見開いた。
「もしかしてアンタ……リーフまで行ってきたのかい?」
「ん? あぁ、まあね」
言いづらそうに言うユウトに対して、アンジェリカは驚愕で固まっていた。
魔術国家リーフまで行くなど馬鹿げている。
一等級ワイバーンやスパーク諸島にのみ生息する馬と呼ばれる生き物を持たない限り、とてつもない長旅となる。もしベンハーで行ったとしても、カヴァロには1日に行ける距離がある程度決まっている。それに馬より速度はなく、ワイバーンに比べれば子供と大人でかけっこする程の圧倒的な差があるのだ。
そして距離が問題だ。
まずファンタジア大陸を出るためには砂漠を乗り越えなければならない、砂漠自体は小さくそれほど苦にならないが、それ以外を合わせた距離は数週間の旅だ。そこを乗り切っても次は海を渡らなければならない。そこでまた数十日の間、海に揺られ続けなければならない。やっとのことギャラック大陸に着いてたとしても、そこからさらに数日の旅だ。
それだけではない、セフィリルからリーフまでは危険で満ち溢れている。
まず平地では一つ眼の野蛮な精霊キュクロープや巨大な鎌を持つブラッディガドラスに気をつけなければならない。
森では甲殻類の捕食者サウジャムクロス、不定形の魔物スライムに村一つ飲み込むほど巨大なジャイアントスライム。深緑へ誘うものなんかに出会ったら死んだも同然だ。
そこを乗り越えても砂漠では砂を泳ぐ蟲サンドロールや山のようなロックレザールにも注意しなければならない。
海では航路を少しでも間違えればスィデブリュカの餌食だ。海を渡りきっても、向こうでも同じような魔物に襲われてしまう。
ワイバーンを持つ貴族や大勢の傭兵を雇えるキャラバン隊でもなければ、誰が行こうと思うものか。
そんな所へ、危険な旅をして、ナオの為だけに行ったのだ。行ってもなにが分かるかも知らないはずなのに、無駄になる確率の方が高いのに。
その事実に、アンジェリカは感謝の気持ちで胸が溢れていた。
自分の娘のために、しかも「悪夢の正体が知りたい」という馬鹿げた話をだ。それをまともに聞き受け、危険な旅をしてでも娘のために体を張った。
思わず、クロスボウを向けてしまった事を心の中で悔やんだ。
しかし当の本人は何事もないように写真を指差す。
「名前は誰も知らなかった。でも呼び名は知っている」
「………聞こうか」
「燦爛の波動って領民からは呼ばれているらしい」
「燦爛の波動……知らない呼び名だね」
こんな中二病っぽい名前がそうそうあって堪るか……。
ユウトは胸の内で呟きながら、写真をしまう。
「まあ見ての通りナオちゃんにそっくりだ。それでも驚きなんだけど……もう一人、心当たりがある」
これにまた驚く。
「誰なんだい?」
ユウトの奥を見ながら言う。
そこには店内で会話する娘とユウトの連れがいる。打ち解けているようで少しだけ安心した。
ユウトも自分の後ろを振り向き、微笑ましい二人を見て軽く微笑む。だがすぐ顔を引き締め、アンジェリカに向き直る。
アンジェリカ自身もユウトを見て促すように頷いた。
「そいつは『冒険者と傭兵の町ヘルシャート』に拠点を置く傭兵で、こっちも名前は知らない……でも」
「そっちも、通り名はあるってのかい」
小さく強く頷くと、ユウトは背後を見遣り、一拍を置いて口を開いた。
「傭兵達で言われている名は『最強不滅のイモルテル』そう呼ばれている。
そして…………………」
○章
と、でっかく書いてのをよく見かけるのですがアレはどうすればできるのですかね?
まあ、まずは1章?1話?を完遂しなければならないんですけどね