3.次回「ユウト死す」
魔導甲冑というものがある。
それはリアン族の魔導技師マンロック=サーティファイにより製作された6本の武器のことだ。
神より天命を受けた彼は神の加護を持つそれらを作り出し、野に放った。
魔導甲冑は武器でありながら人格を持ち、それぞれが人の姿をとることができたのだ。それぞれの属性にあった神の姿をし、自らが認めた人間のサポートに徹していた。
そして、それら全てが一振りで種族を滅ぼしかねない能力を持っており、古代に起きた大戦争ではその一つが持ち出されたことにより、大地が裂け、いくつもの国が滅び、あらゆる部族が葬られた。
こうして魔導甲冑は使用した者すら恐怖させ、使用を禁じられた。
そうして眠ること数千年。
来るは英雄時代。彼ら6人の英雄はすべての魔導甲冑を従わせ、正義の為にこれを振るった。
時には人類の天敵を、破壊の魔女を、六神龍を、魔神三元神を、そして破壊神をも滅ぼした。
すべての敵が葬られ平和が訪れた時、彼らはその力を使い自分達の代わりに世界を見守る守護者を作り出した。それが現在の魔導甲冑だ。
彼らは巨大で、最も小さいものでも山を優に超える。そして人類が滅びるであろう存在が現れれば、それを滅ぼす為に活動するのだ。
そしてここ騎士国家セフィリルの町ラクンドシャも、魔導甲冑の恩恵を受ける場所としてよく知られている。
そんなラクンドシャの中央にある雑貨屋クロペディアの前にユウトとカノンは立っていた。
彼らは冒険者宿カメリアの休日にて謎の男ガイと店員ニージスらと雑談をしていたが、亭主のティムが店を空けていることを聞き、服を借りていたお礼をしようと先にクロペディアへ訪れていた。
店には騎兵騎士を思わせるレリーフが飾られ、雑貨屋なのかと疑問を抱かせる。それでも看板には堂々と雑貨屋の文字が書かれているので、なんとも奇妙な店だという印象を受けた。
それでも店構えは立派なもので、外見からも大いに繁盛していることが伺える。
ユウトは店正面の扉取っ手に手をかけ、ゆっくりと開いた。
中は沢山の品が天井までビッシリと並べられ慌ただしくも見えるが全ての品物が棚や籠に収納されており、歩くスペースも十分に確保されている。
床も定期的に清掃されているのか光源として使われる魔術道具の光を反射している。ここまでくると流石に「やり過ぎ」だと思うが、こういった気配りや女性にも入りやすく作られたレイアウトが客の足を止めない理由にもなっているのだから今更やめる訳にもいかないだろう。
戸を開いたことにより取り付けられた鈴が心地よく鳴り店員に客が来たことを知らせる。
やがて奥からやけに小さい足音が聞こえ、明るくもか細い声が店内に響いた。
「いらっしゃいませ。雑貨屋クロペディアへようこそ。今日はなにをお求めに来られましたか?」
現れたのは灰色の長髪が目を惹く、淡く儚げな雰囲気を持つ少女だ。
黒のワンピースに白のエプロンをしており、その小柄さがより目立っている。
「やあナオちゃん」
「あ。ユウト………さん」
ユウトの顔を見た途端、咲いていた笑顔は一気に暗く萎れてしまう。
それは嫌いな人に出会ってしまったというより、距離感の取り方がわからないといったところだろうか。しかし表情が変わったのを見てもユウトは構わず近くに寄り、ナオが立つカウンターの前まで来た。
カノンも雛のように後ろを付いて行く。
しかしその視線は灰色の少女やユウトへは向けられておらず、雑多な品が並ぶ棚へと向けられていた。記憶がない彼女には見るもの全てが初めてで、子供のように目を輝かせ視線を世話しなく動かしている。
「これは今まで借りてた服だ。ありがとなナオ、君が服を貸してくれなければ今頃カノンへ着せる服に困って四苦八苦していたと思う」
優しく笑うユウトは抱えていたバスケットをカウンターの上に置いた。その中には綺麗に洗濯され折り畳まれた服が入っており、洗剤の香りが鼻腔をくすぐる。
中身を確認してからそっとバスケットを抱えるとカウンター傍に置き、改まってユウトを視野に納める。
「いえ、私は貧相な体つきですからお役に立てているか心配だったのです。でもそう言って頂けるのならば、謝意を述べるのは私の方ですね」
微笑みながら礼をする。顔を持ち上げると、その表情は出会った時とは違い明るく元気なものだった。
それを見るとユウトは、首に手を回し苦笑を浮かべた。
「まいったな。俺が礼を言うべきなんだけど……でも貧相なんて言わないでくれよ。ナオはまだ若いし成長の見込みは充分にある。もしかしたらお母さんみたいな素敵な女性になれるかもしれないんだ、もっと自信を持って!」
「…………そう、ですね。そう考えるようにします」
満面の笑みを浮かべた二人は小さく、一方は大きく笑った。
しかし一人だけ会話に参加していなかったカノンだけが頬を膨らませていた。
自分が雑多品に目を奪われている最中に二人の世界へ入り、あろうことか遠回しに身体は貧相で老いて成長の見込みがないと言われたのだ。これに怒らない乙女がいるだろうか。しかもそれが心を許す相手からの言葉となれば、その怒りは底を知れない。
そうして今にも襲いかかろうとするカノンへ不意にユウトが振り向いた。その手には小さな指輪が乗っている。
「ほらカノン……わあ!」
「わっ!」
ユウトが叫びながら指輪に魔力を送ると、その上に小さな水球が出来た。それは形を揺るがさず空中で静止している。
カノンは好奇心から己の指を液体の中に入れてみた。すると指は抵抗なく入り、溢れた水も球体の形を維持したまま拡がっている。その不思議な光景にカノンは先程までの怒りを忘れ、それを魅入っていた。
「これが、魔術道具だ」
「魔術道具?」
首を傾げたカノンへ微笑を浮かべると、手を握り指輪を隠した。途端に宙に浮いていた水球が音もなく掻き消える。
これには驚きの声を上げ、疑問をぶつけるように見上げた。
「今のは解除魔法の一つだ。簡単な魔術ならこんな風に、あたかも何も無かったように消し去ることができる。しかも、無詠唱でね」
得意げに言うと、水球を出現させ再び消して見せた。
「ティムさんの魔法も凄いですけど、ユウトさんの魔法は相変わらず凄いですね。こういった物は、御伽噺とか絵本でしか見たことないです」
興味があるのか、ナオもカウンターから身を乗り出した。
二人の美少女に囲まれて調子に乗ったのか、ユウトは幾度となく出現と解除を繰り返す。そしてカノンが満足したのを見てから握っていた魔術道具をカウンターに置く。
だが目を輝かせたカノンは、尻尾があれば激しく動かすかのようにして指輪を食い気味で眺めている。
カノンの意識が自分以外の物に移ったのを確認してからナオに向き直ったが、ナオもナオでユウトへ好奇心をぶつけたがっていた。
一つ溜息をついてから頭を掻き、少し呆れながらもナオを促す。すると恥ずかしそうにしながらもユウトと指輪を交互に見ながら話し出す。
「あの、この魔術道具って普通の人が使用したら10回程度で限界が来るんです。それなのにユウトさんは何回も使用していましたし……よく分からないんですが、魔法、というのにも魔力を利用するんですよね?」
「そうだね、魔法にも魔力は使うよ。まあ魔法の場合はマナって言う方が正しいんだけどね。魔術と違って自分自身の魔力だけじゃなく大気の魔素も活用するものだから。それでも魔術より魔力を使うには違いないんだけど」
「ほー」と感嘆の声を上げるナオとは対照的に、話について行けていないカノンは眉間にシワを寄せていた。
そのことにいち早く気付いたユウトは、話題を変えようと早速身振り手振りを加え始める。
「ところでアンジェリカさんは居ないかな? あの人にも用があって来たんだけど」
「あ、お母さん? たしか奥でお昼寝してるはずなんですけど……」
「娘に任せっぱなしで良いのかよ店長……」
アンジェリカ=インサートは雑貨屋クロペディアの店長だ。
騎兵騎士団長の夫を持ちナオはその夫婦の娘だ。
彼女自身も元は騎士だったらしくそこそこの成績を残した優等生だったらしいが、今では娘に店を任せる自堕落な生活を送っている。
ちなみにユウトが苦手な女性その1でもある。
ナオはカウンターを離れるとバスケットを持って奥へと消えた。少し待たされるかとユウトは考えていたが、それは大きな間違いであった。
ナオが奥へと消えた直後、思考が追いつけない速度を持って何かがユウトの顔面に直撃した。 ユウトの体は数センチ浮いて、床へと放り出される。
状況を理解していないカノンが慌てふためく中で………彼女は現れた。
「ゴルワァ! だれだ私のナオを泣かせたのは!」
到底女とは思えない発声をした女性は、クロスボウを肩に担ぎ上げながら店内に現れた。
子を産んだとは思えないスリムな体は、出る所が出て引っ込むべき所が引っ込んでいるという、ナオやカノンとは大違いの女性らしい身体つきだ。
流麗な金髪は一部がリボンで結ばれているが、それでも腰まで伸びる長髪が後ろで流れている。透き通る碧眼は目尻が鋭く、眉も同様に鋭く長い。
「黙っていれば美人」と言われる女房店長が、そこには立っていた。
アンジェリカは店内を見渡し、標的を見つけたかのようにカノンを発見した。その顔は険悪に染まっている。
「けっ、まあた新しい女連れてやんのかい。あーあーやだね、モテる男はこれだから」
そう吐き捨てると、矢が装填されていないクロスボウを上に向け
「……いっぺん死んでこいや」
瞬間、数度引き金が引かれる。
だが矢が装填されておらず弦が引かれていない状態で何ができるというのだろう。そんな物は至極極まりなく単純なことだ。
光の矢が飛ぶのだ。
眼で追えない速度のそれは天井スレスレで物理法則を無視した動きで曲がると、ユウトへ落下した。
それらすべてがユウトを直撃したのはコンマ数秒の誤差だった。光の矢が彼の肉を焼き骨を砕き、すべてが貫通し床を抉る。
意識を彼方へ捨てたかのような一瞬の出来事。
「…………ぁう」
すでにボロ雑巾のように捨てられた物言わぬそれは、痙攣一つ起こさず地面へ溶け込んでいる。人の焼けた特有の臭いを発し始め、驚愕に開かれた双眸は光を失い始めた。
あまりの出来事に、カノンは目に涙を溜め、骸へ駆け出した。駈け出さずにはいられなかった。
そして優しく彼の左胸へ耳を伸ばし、鼓動を感じないのを確認する。
「…………ユ、ウト。ユ……ぅあああああああああああああああああああ!」
フタバユウトは、その日、死んだーーー
騎兵騎士ってなんだよ……おっぱいマウスパッド