忘れ去られた神の社
連続投稿では無くなったけど投下。
登る。
登る、登る、
ただひたすらに登る。
これだけだと、何が何だか分からないだろうけれど。
目の前には、どこまでも続くんじゃないかと錯覚してしまう程度には長い石段。
つまるところ、今ボクは愚直に石段を登っているのだ。
時を遡って十分ほど前のこと。
太陽は既に一番高い所に至り、そこから幾ばくか下がり始めたくらいの時間帯。
山の中の廃道を、蝉達の大合唱を聞きながら歩いていた時のこと。
ボクの視界には山を登る方向に伸びる、長い長い石段を見つけたのだ。
その石段の下にたどり着き、上を見上げてみたけれど。
その石段は上へ上へと伸びていて、その上ところどころに若い立木が生えているから、先が見えない。
その様に好奇心を擽られたボクは、その石段を登ることにしたのだ。
…まあ、今は少し後悔をしていたりもする。
ーーはぁはぁーー
流石に、旅慣れて歩き慣れたボクと言えども人間。
うん、人間。
…人間だよね?
いやでも、人間ってなんだろう?
今のこの世界には人類が居ないわけで。
ボクは自分を人間だと、そう思ってるから自身を人間だと思っているのだけれど。
でも、それを証明することもできないわけで。
つまりは、だ。
人間ってなんだろう?
閑話休題。
なんか、自分で自分が分からなくなりかけたけれど、そんな事は置いといて。
ボクは人間なので(ここ重要!)、その体力には限界がある。
しかもこの階段、下の廃道よりも前から使われていなかったのか、痛みが激しい。
変なところを踏むとガラガラリと崩れそうな、そんな危うさを持っている。
そのことに精神を使うから尚更、疲れる。
石段自体も急峻だから、殊更疲れる。
まあ、救いがあるとすれば。
上も緑のアーチが架かっている為に、夏特有の焦げるような、突き刺すような熱線が当たることが少ないということだろうか。
少し前より、お天道様は雲に隠れて休憩しているようだし、その点は助かっている。
ーーはぁはぁーー
自分の息切れの声を自分の耳で聞きながら、登る。
同時に蝉達の鳴き声も聞きながら、ただただ登る。
ふと、後ろを振り返り下を見る。
もう随分と登って来たのか、下の廃道はもう見えない。
今度は上を見てみる。
ようやく、本当にようやく何かの建物、恐らくは鳥居だろうか?
石製の苔むした鳥居が、その灰色の体を緑で彩った鳥居が見える。
長い長い、それはもう気の遠くなる時間をそこで立ち続ける、石の門が見える。
かつては立派な注連縄だったのであろう、縄状の何かはその体を力なく門から垂れ下げている。
そして、その奥にあるであろう神社の名前が書いてある板(板?名前が分からない)も、風化していて文字が読めない。
まあ、兎に角だ。
この長い地獄の様な階段の先にあるのは、神社ということが分かった。
地獄の先が神様がおわす地、というのは些か皮肉が利いてる気もするけれど。
ーーそより、と。
一陣の涼風が熱く火照った体を撫でる。
気持ちいい。
今のような風のことを極楽の余り風、と言うらしいが。
なるほど、確かに納得できる名前だと思う。
そして、今から向かう先は神の社。
これは縁起が良いな、そう自分を鼓舞しながらまだ先のある石段に足をかけた。
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やっと、やっと最後の石段に足を進める。
ようやく、数十分にも渡る長い石段を踏破したのだ。
…体全体に感じる疲労感、そしてそれを軽く上回る達成感に身を震わす。
…まあ、足の震えの一割くらいは疲労から来るものだったかもしれないけれどね?
それはともかく。
改めて目の前の光景を見る。
大きくは無いが、心を籠められて造られたのが見てとれる立派な拝殿。
ここからは見えないが、その奥に鎮座するであろう本殿もきっと荘厳なのだろう。
ボクから見て右斜め前方に見える、こじんまりとした手水舎。
その反対側にある社務所。
…まあ、今となってはそうだったんだろうな、と想像するしかないくらいに風化しているのだけれど。
再度、改めて見てみる。
拝殿は辛うじて形を保っているが、屋根は崩落してるところも多く、残っている場所も色々な草が生えている。
拝殿前の賽銭箱は、他のものよりましではあるが、やはり酷く傷んでいるのが分かる。
手水舎は屋根が全て落ちており、その役目を全くと言っていいほどに果たせていない。
水は一応流れている様で、澱んでないだけマシなのかもしれない。
社務所は一番酷い。
ほぼ全て崩れ落ちていて、社務所であるということもボクの想像でしかない。
それくらい酷い有り様である。
とはいえ、神社は神社である。
この世界に神様が居るのかは分からないけれど、御参りをしてみようかな。
そう思い立ったボクは鳥居の端を潜り、参道を歩く。
参道の周りには燈籠が幾つか連なっている。
それらも、所々崩れていたり、苔むしている。
それらを横目に、手水舎にたどり着く。
近くで見ると、意外な程に水は澄んでいる。
神域としての意地なのかもしれない。
ボクはその冷たい清水を使い、手と口をそそぐ。
そそぎ終わると、どこか気持ちが厳粛な気持ちになった。
やはりここは神域で、神様が座する場所なのだなと強く思う。
気持ちを新たに拝殿へと向かう。
拝殿の前には二頭の狛犬が鎮座している。
片方は口を開いている阿像、その反対側に口を閉じている吽像。
それらは部分的に崩れているものも、なんともいえない迫力を出している。
この二頭の狛犬は何年、何十年、何百年、何千年とこの神社を護ってきたのだろう。
そしてこの先も変わらない。
只々、愚直に己に課された役目を果たす。
何時の日かこの世界が終わるまで。
誇り高き狛犬達から目を離し、拝殿を見詰める。
その姿は風化こそしてはいるが、その風格は衰えていない。
…困った、お賽銭が無い。
何度も言うがこの世界には、人類が既に存在しない。
そんな中でお金を持っているか?
答えはNoだ。
どうしようか、仕方ないので目についたら採取するようにしている、果物を捧げることにする。
果物を何個かお賽銭箱の上に起き、鈴…は鳴らすと落ちてきそうなので、二礼し二回柏手を打つ。
静寂。
いつの間にか蝉達の声も止み、風も吹いていない。
この世界から、自分以外の生物が居なくなったのではないか、そう思うほどの静寂。
しかし、何故か目を開ける気にならない。
いや、開けてはいけないとすら思えてくる。
そうして何分、何十分、いや何時間経ったのだろうか。
ーーしゅるしゅるしゅるーー
なにかが這うような音がした。
ボクが目を開けて、拝殿の奥を見ると。
そこには一匹の白蛇が居た。
白い蛇体にうっすらとかかる金色。
そしてその頭で輝く一対の紅い瞳。
決して大きくない、むしろ小さいとさえ言えるのに、その姿は神々しく見えた。
その神様の様な白蛇に、ボクは目を奪われた。
蛇は神様だという。
神は神でも銭神だけれど。
足が無いが走る、それを銭に見立てたのだ、という説があったけれど。
ボクは白蛇が居なくなった後に、そんなことを思い出していた。
既に日は暮れかけていて、もう幾ばくかしたら夜の帳が降りてくる、そんな時間帯。
ボクは夜を越す準備を整えながら、心に焼き付いた白蛇の姿を思い描いていた。
ボクが気を取り戻した時には、もう白蛇はその姿を消していて、白昼夢を見たんじゃないかとも思った。
でも、この心は、感情はあれが幻想ではないと叫んでいる。
そんな夢心地のまま、体は行動を続けて、夕食を摂り(何時ものように果実が主だ)軽く口を濯いで、後はもう寝るだけとなった。
あの白蛇に、もう一度会いたいと思う反面、もう会えないだろうな、と思うボクがいる。
実際、あれは一種の奇跡だったんじゃないかなと思う。
この忘れ去られた神の社を訪ねて、参拝をしたボクに、神様が褒美を与えてくれたんじゃないか、そう思うのだ。
ボクは眠気でボケてきた頭でそう考えていたが、段々と意識が暗転していく。
絶対に、絶対にこの出来事を忘れない、そう心に誓いながら眠りに落ちる。
ーーしゅるしゅるしゅるーー
意識が無くなる直前に、その音が微かに聞こえた気がした。
読んで頂きありがとうございました。