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山中にて

何時もよりは少しだけ長いです(長いとは言っていない)

 ーーミーンミンミンミン、ミーンミンミンミンーー


 夏のとある日、ボクは一つの山の中に居た。

 周りでは数多くの蝉達が、精一杯、お腹一杯に声を張り上げながらその命を燃やしている。

 蝉は一週間の命、なんて俗説があるけれど、彼らはきっとその事を知って、それが真実だとわかっても嘆くことはないんだろうな。

 短いからこそ、より激しく、その命を燃料として、その生命の火を燃やしながら、自分達が生きているということを叫ぶ。

 短いからこそ、より一生懸命に、その命の叫びを声高に謳う。

 短いからこそ、より誇り高く、その求愛の歌を歌い上げる。

 そして子孫を作り、きっとその短い生涯を悔やむことなく生き絶える。

 

ーーミーンミンミンミン、ミーンミンミンミンーー


 そんな少しセンチメンタルな事を思いながら、彼らの命の詩を聞きながら、生命溢れる緑の山を歩く。

 今歩いている場所は廃道で、ここも昔は数多くの人が通っていたんだと思う。


 夏草や 兵どもが 夢の跡


 そんな有名な俳句がしっくり来るような、そんな道。

 かつてはしっかりと舗装されていたのだろうけれど、今ではすっかりと自然に呑み込まれていて。

 大樹の根っこが這いまわり、名も無き草が隙間から生え、ところどころが陥没し水に沈んでいる。

 その光景は、泡沫の夢を彷彿とさせるには十分で。

 何時かはその痕跡すらも消えていくのだろうか?


 夢は必ず醒めるもの。

 それはすごく切なくて、儚さすら感じる言葉。

 でも、切ないから、心に残るものがあるのかもしれない。

 儚いから、尊いのかもしれない。

 人の夢と書いてはかない。

 その言葉は寂しいけど、どこか優しい雰囲気を持っていて。

 その儚さの中にある優しさが、ボクは好きなのかもしれない。


 切ない、儚いといえば。


 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。


 なんて言葉もあるけれど。

 今ではその諸行無常を伝える鐘も、恐らくは朽ちていて、もう鳴らす者も居ないのだろう。

 もし、もしもだが。

 ボクがその鐘を見付けたのなら。

 その鐘がまだ、その役目を果たすことを待っているのならば。

 この世界に、追悼の鐘を鳴らすのも良いかもしれない。

 きっと、その音色は優しくて、でも哀しい。

 そんな鎮魂歌を、奏でてみるのも悪くないんじゃないかな?

 そんなことを、思う。

 

 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。


 遥か昔、確かに栄えていた人類。

 この世の、この世界の支配者のように振る舞っていた人類。

 彼らがどのようにして、居なくなったのかは分からないのだけれど。

 最期の時、どんな事を考えていたのだろう?

 怒り?悲しみ?憤怒?絶望?諦念?

 それ以外のどれかかも、しれないけれど。

 きっと彼らは、今、ボクの周りで精一杯生きている彼らのように、満足したまま逝くことは出来なかったんじゃないかな。

 安心して逝くことは、出来なかったんじゃないかな。

 中には居たのかもしれないけれど、きっとその人達は少数派で。

 それを、訪れた終焉に理不尽に感じながら、失意の中で事切れた人が多いんじゃないかな。

 そんな風に、思う。

 そんな彼らを、想う。


 奢れる者も久しからず、ただ春の夜の夢の如し。


 かつて支配者だった人は、奢っていたのかもしれない。

 遥か昔は小さな灯火を点して、その全てを呑み込む様にも思える、深い深い暗闇から逃れていたのに。

 溶けてしまうような、恐怖にさらされていたのに。

 何時しか、科学という名の大火を使い、この世界の全てを照らし出した気になって。

 その暗闇の恐怖を忘れていたのかもしれない。

 自然という、雄大で圧倒的な存在に対する、畏れという感情を失っていたのかもしれない。

 でもそれは、この悠久の時を経る世界にとっては、人にとっての春の夜の夢の様なものなのだろう。

 幸せな夢。

 でも、すごく短くて儚い夢。

 今はもう、その夢が終わっていて。


 猛きものもついには滅びぬ、ひとえに風の前の塵に同じ。


 夢の終わり。

 かつての世界では、他の生物よりも寿命が長かった猛きもの達。

 しかし、形あるものは全て等しく終焉を迎えるもの。

 彼らが見ていた、幸せで暖かい、優しい優しい夢は弾けて消えた。

 まるで、空高くまで登っていった、シャボン玉の様に。

 ぱちん、と弾けて消えたのだ。

 


 短い命を、精一杯生き抜く彼ら。

 それなりに長い命を、惰性で生きていたかもしれない彼ら。

 それは、どちらが幸せだったのだろう?

 どちらが幸いだったのだろう?

 それはきっと…。


ーーミーンミンミンミン、ミーンミンミンミンーー


 ボクの小さな呟きは、蝉達の声に掻き消えて、虚空にとける。

 …もし、ボクが最後の時を。

 いずれ迎えるだろう、最期の時を。

 笑って、満足して、幸せな空間の中で逝けるのなら。

 暖かくて寂しい、冷たくて優しい。

 そんな終焉を迎える事ができるのなら。

 ボクはきっと、この旅から新しい旅に、恐れを抱くことなく羽ばたいていけるのだろう。

 

 さて、そろそろ休憩は終わりにしようかな?

 新しい旅の事を考えるのも良いのだろうけど、その旅を良いものにする為に、今はこの旅を楽しもう。

 この生命で溢れる世界を楽しもう。

 暖かくて優しくて、悲しくて寂しい、この美しい世界を。

 

 ーーミーンミンミンミン、ミーンミンミンミンーー


 ボクは歩き出す。

 背筋を伸ばして、誇るように。

 今を精一杯に生きている、彼らに負けないように。

 このちっぽけな身体をいっぱいに使って、ボクはここに居ると。

 ボクの生きている意味を探しながら。

 ボクは生きていると、叫びを上げながら。

 ボクはここに生きたのだと、その命の痕跡を遺す為に。


 ーーいずれ訪れるであろう、最期の時を迎えるまで。

だんだんと文量が増えている気がする…?

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