夕暮れに染まる
さて、二話目ですよ
街に着いた。
いや、もうこの世界には住むべき人が居ないのだから街という表現には、個人的にどうかと思うのだけれど。
街というよりは不可思議な形をした地形の土地、という表現の方がしっくりとくる。
この世界は既に空っぽの入れ物の様なものなのだし。
ひび割れた電灯、ところどころ陥没し崩落すらしている道路。
その道路の横に林立する、木々の合間にある蔦に埋もれた標識やミラー。
こういう所だけに注目すると、酷く物悲しいカタルシスの様に感じるけど、それらは自然と一体化しており、最初からこうなることが予定されて居たのではないかと思う程に調和していた。
昨日は雨だったから、道路には水溜まりが多く出来ていて、鏡の様にこの透き通るような青い青い空を写し出している。
あ、入道雲だ。
もう夏なのかな?夕立が降らなければ良いけど。
いざとなったらここの大量にあるモニュメントの下で、雨宿りするのもいいかな?
そんな事を考えながら、ボクはこの緑の美術館を散策する。
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散策していると公園を見つけた。
まあ、公園と言ってもそんなに大きな公園ではなく、中央に円形の砂場があって、それを囲む様に滑り台やブランコ、それとジャングルジムとベンチがあるだけのこじんまりとした公園だ。
砂場はまるで花壇の様に、様々な花が思い思いにその生を謳歌し、ボクの目を楽しませてくれる。
揚羽蝶や蜜蜂なんかの小さな虫も、その蜜という恩恵を受け取る為にあっちへこっちへ忙しそうだ。
滑り台は錆び付いており、その役目を果たし終わったと言わんばかりに、誇らしげにそこに立っている。
その上部には鳥の巣があり、人の子供達を楽しませる仕事から、鳥の雛達を見守る生活に変えたようだ。
その大きな体いっぱいに纏わせる蔦はまるで衣服のよう。
ジャングルジムは文字通りジャングルの様に鬱蒼とした一つの世界になっている。
どうやら近くの小動物の巣穴ともなっているようで、四方の入口の内の一つには小さな穴と、可愛らしい足跡が複数付いている。
足跡から察するにウサギの親子のようだ。
大きい(もう一つも比べて、だけれど)足跡と小さい足跡が公園の外の方に続いている。
どこかに食事に出掛けてるのかな?
ボクはそんな事を想像しながら、小さくて錆び付いたブランコに腰掛ける。
キィ、キィとそんな音をたてるブランコ。
その音がいきなり断りもなく座った事に抗議してるようで、久方ぶりにその生まれ持った役目を果たせている事を喜んでるようで。
ボクは少し口角を上げながら、ブランコの調子を確かめる様に少し身体を前後させる。
キィ、キィと少しその体を軋ませながらも、此方の要望に応えてくれるブランコ。
ボクは少しずつ揺れ幅を大きくしながら、ブランコとの対話をしばし楽しんだ。
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…少し熱中し過ぎてしまった。
空はいよいよ真っ赤に燃え上がり、何時も寄り添う影法師はその身長を高くする。
帰宅を促すように、ざあと風が吹く。
ボクは少し寂しい気持ちになりながらも、ブランコから沈み行く夕日を見詰める。
しばし見詰め合ったがボクの方から目線を切り、小さい公園を後にする。
燃え盛る街並みを眺めながら歩く。
てくてくと、とことこと。
ふと、視界の端に写ったものに意識が向く。
それはとある一軒家の隅においてあった。
なんで目に留まったのかは分からない、けどその人形は確かにボクの目を引いた。
草に侵食されながら朽ちていくヒトガタ。
それはまるでこの世界を体現しているようで。
それはまるでこの世界に居た人達が居なくなった事を示しているようで。
空は赤から紫に変わり始めていた。
紫は変化の色。
夜から朝に変わる時の色。
昼から夜に変わる時の色。
そして…、生から死へ変わる時の色。
その人形も紫色に染まり、やがて黒へ染まっていく。
その姿は自分がヒトガタとして産み出された役目を、最後の役目を果たしているようで。
ボクはじっとその瞬間を見届けていた。
なんて何時もよりもノスタルジックに、感傷的に物事を考えて居たけれど。
これはきっと夕暮れという特殊な時間帯のせい。
朝と夜が混ざる時間帯。
幻想と現実が混ざる時間帯。
逢魔ヶ時なんて名前もある時間帯なのだから、もう一人の自分と対話をするのも仕方ないのかもしれない。
そんなボクを一番星が暗い空から見守っていた。
次回は何時になるやら…