二十四話 二人で一人のドラグセイバー
剣崎巽。人々に大歓声で迎え入れられ、名実ともに神凪のヒーローとなった彼は、審判の神の大望潰え、再び訪れた穏やかな日々を満喫していた。とはいえ、うるさい奴が半年もいないとだんだん退屈になってくる。巽は彼の還りを待ちわびしく思っていた。
『希望は俺達が創造する! 行くぜ、ヴァルー!』
テレビの中で空高く跳び上がったヒーローは膝を抱えて一回転、ドラグセイバーとなって襲い掛かる戦闘員に向かって華麗な立ち回りを演じる。ソファに深く腰掛けて紅茶を飲みながら、巽は苦笑しつつ番組を見つめていた。
「いやあ、あんな派手に変身しないんだけどなあ……」
「かっこつけない変身じゃ画面が映えないでしょうよ。ほら、出来たよ」
目玉焼きを食卓に並べながら乾はくすりと笑う。救世竜ドラグセイバーは神凪市で大きく取り上げられ、ジーンセイバーの後継番組として神凪市を復興する傍らで制作された。現実で活躍したヒーローの作品として、注目度は神凪市でなくとも高い。巽は本人として、これをチェックしないわけにいかなかった。肩を竦めると、巽は乾や壮二郎と共に食卓を囲む。
「でもさあ、僕達あんなに格好つけた事言ってたっけ」
「言ってた。すごく言ってた。たまに私が恥ずかしかった」
「ああ、そう?」
怪人を倒してポーズを決めるヒーローの姿を巽の肩越しに見つめ、乾はにっと笑う。巽はバツが悪そうに肩を竦めるしかなかった。
窓辺の木が、風も無いのにふわりと揺れたことに、彼らは気づかなかった。
ビルの再建が進む神凪駅前広場。巽と乾は連れ立って買い物に訪れていた。控えめなもので、付き合うようになってまだ間もない二人は今までと同じようにただ横並びで歩いていた。戦いが終わってばかりの頃は鼻息荒くマスコミが押し掛けたりサインを求める人々が寄り集まってきたが、乾のマスコミアレルギーは相変わらず、巽も巽として目立つのは好まずでいつの間にやら二人は『何か付き合ってるっぽいただの一般男女』に落ち着いていた。
本好きの二人が買い物をするというと、何かと本屋に足が向くことになる。ただ、カップル達が服屋で楽しそうに服選びをしている前を通り過ぎて、二人は本屋に足を踏み入れる。
「この店で有ってるよね?」
「うん。この店に置くって連絡はもらったよ」
ただ、今日は適当に新刊の本を見つくろいに来たわけではなかった。二人は目を皿のようにして、本棚の列を探す。
「ああ、これだ」
巽はふっと微笑むと、棚から一冊本を抜き取る。『救世計画』と記された表題に、ドラグセイバーとは少し違うが、竜の戦士の絵が描かれた表紙。白峰夫妻が屋敷の地下室に残していた遺稿を見つけた乾と巽が、四苦八苦してまとめたのだ。愛おしげに乾は本の表紙を撫でて、ぽつりと呟く。
「お父さん、本当に巽くんがこの街を守ろうとして戦ってくれるって信じてたんだね」
内容は、竜の鎧を纏い、ヒロインの事を裏切ったヒロインの父と、彼と結んだ悪魔を倒すために、ドラゴンと手を組んだ青年が街に現れる怪物に立ち向かっていくというものだった。時間が無かったのか、殴り書きともいえる内容で見つけた当初は全く読めたものでは無かったが、夫妻の追悼の意味も込めて、何カ月も推敲を重ねて完成させたのだ。巽はそっと本を元ある場所に戻すと、静かに微笑む。
「彼の期待に応えることが出来て良かった」
「あいつが今ここに居たら、『ケッ。くせえ事してんじゃねーよ』とか言いそう」
眉根に思い切り皺寄せて、口を尖らせ乾は呟く。そんな彼女の様子にくすりと笑うと、何度も頷いた。今でも、不機嫌気取る彼の口調がはっきり聞こえる気がした。
「そうかもしれないね。あれは素直じゃないから」
その時、どこかの本棚でがたんと鳴った。二人ははっと振り返るが、そこには誰もいない。顔を見合わせて首を傾げあうと、二人は連れ立ってそっとその場を後にした。
その後、中央公園そばのカフェで、二人はパラソルの陰で涼みながらサンデーを食べていた。夏も盛りを前にして、雲一つない空に釘づけられた太陽が燦々と神凪市を照らしていた。
「いいなあ、ああいうの」
乾はぽつりと呟く。二人並んで、中央公園の噴水で遊ぶ家族連れに憧れの眼差しを送り、彼女はスプーンを口に運ぶ。子どもがきゃっきゃとはしゃいで、噴水の周りを跳ね回り、両親ははらはらしながらも幸せそうに子どもを見守っている。巽がちらりとそんな彼女を見つめていると、ふと乾は巽に振り向いてはにかむように笑う。
「私達もいつかはああいう風になれるかな」
「そうだね」
そうして二人が和やかに談笑を続けていた時、ふと空が曇ったわけでも無いのに暗くなった。人々は不安げに指差し、霹靂走る空を見つめた。二人も並んで見上げると、むっと顔をしかめる。巽はカップを置くと、椅子に手を置いて腰を浮かせる。
「さて……これは久々に嫌な予感だね」
「巽くん、ぼうっとしてないで動いた方がいいんじゃない?」
「ああ。その通りだな」
二人は立ち上がると、空中に稲妻で出来た檻が造り上げられていくのを見上げつつ中央公園の方へ駆け寄る。檻の中の空間が歪み、不意にまさにUFOといった趣の巨大な円盤が現れる。檻が消えると、円盤は真っ直ぐ下に降り、中から宇宙服に身を包んだ頭の大きな銀色の肌のミュータントじみた生物が現れる。人々が何事かも分からず不安げに顔を見合わせる中、めいめいおもちゃのような銃を振り上げ、彼らは周囲を見回し甲高い声で叫んだ。
「これより、この地はネオ・オリジナルのものとなる!」
「ネオ・オリジナル?」
巽が訝しげに眉をひそめると、彼らは一斉にビーム銃を巽へ向ける。
「その通り。我々は人類が当てもなき未来に向けて想起した、科学神話に基づく新たなイマジナリー。神とか魔獣とか、野蛮な存在とは違うのだよ。何より、我々は人類よりも優れた存在として生まれた! 我々には、下等生物である貴様らに代わってこの地球を収める権利がある!」
一際頭の大きなミュータントが叫ぶと、周囲の連中も合わせて騒ぐ。そこに思い切り水を差す溜め息。ミュータントも人々も、まとめて目を注ぐ。頭を掻くと、巽はじっと彼らを睨み付けた。
「下らないねえ君達は。そんな下らない事、僕の目の前で言ってよかったのかい?」
「く、下らないだと? この下等生物が! 死ぬか!」
「上等生物の癖に、随分と野蛮なんだよ。……ヴァルー! 早くこっちに来たまえ!」
巽が叫ぶと、がさがさと茂みが揺れ、半年前と全く変わらない、チビなドラゴンのヴァルーがひょっこりと顔を出した。
「んだよ。気づいてやがったのか」
「尾行のセンスは琴音さんもコピーしてくれなかったようだね。ほら、さっさと行くよ」
巽は飛んでくるヴァルーを一瞥すると、静かに右手を水平に突き出す。ヴァルーはそこへ止まり木代わりに留まると、一気に燃え上がって巽に真紅の鎧を纏わせる。瞬間、人々の不安は吹き飛び、歓声が響く。反対に、いきなり目の前で変身してきた人間を前にミュータント達はホログラムを起動して慌てるしかない。
「な、何だこいつは! データに無いぞ!」
「よっしゃあ。戻ってくんのも久しぶりだ。暴れさせろよ」
「もちろんだ」
先手必勝が吉。二人は拳を鳴らすと、一気に飛び込んでミュータント達を乱暴にぶっ飛ばす。いかにいい武器を持っていても、使えなければ意味がない。あっという間に銃を取り上げ、軽く捻り上げてしまう。その鮮やかな手並みにビビり固まる仲間を、からかい交じりにデコピン一撃でKOする。必死にミュータント達は光線銃を放つが、所詮熱線攻撃、竜の鎧を纏うヴァルーに敵うわけもない。
大立ち回りを演じる彼らを見つめ、乾はほっと溜め息をつく。
「いやあ。ついにヴァルーが帰ってきたのう……」
「何ぼんやりと見ておられるのですか? 我々も早く参らねば」
その時、背後から覚えのある声を掛けられ、思わず乾はひっと息を詰まらせ弾かれたように振り返る。
「え、エルンスト?」
そこには、紛れもなく乾を愛し付きまとい続けた一角獣が立っていた。口も目もぽかんと開けて見つめる乾に、エルンストは首を傾げ、尻尾を振る。
「何を狐につままれたような顔をなさってるのですか。私が帰ってきたのですよ。敬愛する乾様の為に。お喜びください」
「えー……あんたはあそこで死んだから綺麗に纏まったのに」
乾は心底うんざりしたように呟く。エルンストは目を潤ませると、押しのけられながらも彼女に詰め寄って訴える。
「乾様! 折角私は貴方だけをお守りする、処女厨変態のユニコーンではなく『エルンスト』として帰ってきたのに……」
「嘘よ。……ちょっと気持ち悪い何かが聞こえた気がするけど、またあんたに会えて良かったわ。さあ、行こっか」
エルンストは乾の中に飛び込む。純白の戦姫へと変身した彼女は、わらわらと押し寄せてくるミュータントの群れに向かって駆けこんでいった。




