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二十二話 悪の向こう側

 剣崎巽。彼を審判の神の尖兵にしようと試みる白峰透の野望を挫くべく立ち上がった琴音は、透の放った凶弾に斃れる。しかし命を残したまま琴音は最後の力を振り絞り、巽に真実を伝える為に白峰古書店へと帰還したのだ。


 ――暗闇だった。そこは永久に晴れることのない暗闇だった。それの身体は封じられて鱗一つも動かせず、ただただその身に響く全ての悪を受け止め続けていた。嫉妬、憤怒、傲慢、怠惰、色欲、暴食、強欲。ありとあらゆる人間の悪意を受け止め、自らの中へ埋め続けるだけ。それは、茫洋とした怨嗟に身を浸し続けていた。

 それは何時の事かも分からない。時間を分かたぬ闇の中に放り去られたそれにとって、それが初めての光だった。あまりにも眩しく、それは呻いた。

――何者だ、貴様は。この闇に、何故いる――

 白く光る双眸を見つめ、それは尋ねた。その光は温かさに満ちていた。その視線に当てられているだけで、それの中にもやもやと穴が空く。白い双眸はふわりと浮かんで眼前に迫ると、縛られたその頭に手を伸ばす。

「力を貸しなさい」

――力を、貸せだと? 貴様は、私が何かを知らんのか――

「悪そのものでしょう」

 有無を言わさぬ淡々とした口調で応える。その女は目を閉じると、何かを脳裏に描き始めた。流れ込んでくる奇妙な感覚に、それは理解が及ばない。

――何をしている――

 彼女が目を閉じたことで、光が消える。途端にそれは不安になった。狂おしいほどにその光が欲しくなった。呻くそれの中に、脈々と熱が流れ込む。全身が震え、苦しみに溺れそうになる。僅かに目を開き、その女は柔らかな眼差しを当てる。

「生まれ変わるのよ。みんなが望んでいたヒーローに……」

 それは呻く。光が弾け、静かに意識を失っていった――


 跪いた巽の肩に舞い降り、ひゅうひゅうと息を洩らす彼女を見下ろし、ヴァルーは舌打ちしてその目を覗き込む。記憶に焼き付く白い生命の輝きは、最早無い。

「無茶しやがって。あんたも焼きが回ったか」

「言われたく、ないわね……今にも消えそうなくせに」

「うるせえ。死に損ないに言われたくねえよ」

 顔をしかめてヴァルーはうなだれる。時ここに至っても、素直になれず減らず口を叩いてしまう自分を呪った。目の前にいる、自分を造り上げた彼女をも。潰れた胸をどうにか膨らませ、彼女はどうにか声を紡ぎ出す。

「無駄話は、出来ない……こうなった以上は、貴方の事は、全て伝えなければならないから」

「お母さん……」

 息も絶え絶えの母の肩を、乾は弱々しく抱き締める。その身体は、まるで朽ち木を抱き上げているかのように軽い。生きた重みが、琴音の身体から全く失われていた。沈痛な面持ちで俯き、巽はぽつりと細い声で尋ねる。

「母さん。ヴァルーに伝えたいことって、一体何ですか」

「……もう、あの化け物のお陰で気付いていると思うけど、ヴァルー、貴方はドラゴンのイデアでは無く、私の手によってドラゴンのイデアとして偽られた存在よ。巽くんをヒーローにして、神凪の街にヒーローの記憶を蘇らせるためにね」

割れた仮面の奥で顔をしかめた琴音は、ヴァルーの横顔にそっと指を這わせる。まさに気力だけで自らの存在を保たせている彼女の手は、とっくに冷たくなっていた。そのひやりとした感触に被さり、絶叫を残して闇へ溶けた悍ましい怪物の姿が蘇る。神妙な顔をすると、ヴァルーは琴音をじっと見つめた。彼女は這わせた指をするりと動かして額に指先を当て、震える声を振り絞った。

「お前の正体は、『黙示録の赤い竜』。人間の世が終わる時に現れる物として想像された、人間の悪意の象徴」

目を見開いて呆然とするヴァルー。じりじりと、彼の中で何かが溢れ出す。隣に跪く巽は、その言葉にふと今までの夢を思い出した。自らを睥睨する数多の瞳。燃え落ちる街の中に聳え立つ巨大な竜。夢だとわかってもなお恐怖を掻き立てた悪意の根源。巽は眉根を寄せて呟く。

「そうか。僕は君の正体をずっと、夢に見てきたのか」

「巽、彼と共にあり続けた以上、自然に察知していったでしょうね。私の封印は、完全ではなかったし」

「黙示録の赤い竜、か……」

琴音の息が途絶えかけるたび、ヴァルーに少しずつ記憶が蘇ってくる。ずっと空白だと思っていた闇は、記憶そのものだった。ずっとイデアの奥底に封じ込められ、隠されてきたのだ。封じられるために作られた存在だったのだ。琴音が震える指をどうにか鳴らすと、ヴァルーを取り囲むように、幾重にもなる赤い鎖。その先は、琴音の腕の先に結びつけられていた。

「貴方は悪の根源として想像された。人間が手放すことのできない、そして手放したい、闇に葬り去られるべき部分として。けれど、だからこそ、審判の神に御しきれない存在として、比肩する力があるの」

「最強の正義には、最強の悪ってか」

 ヴァルーが忌々しげに口を濁すと、琴音は首を振る気力も無く、天井を見上げたまま呟く。

「そうよ。でも、そのままで貴方を解き放てば、貴方はこの世の全てを破壊してしまう。人間の悪に感応して、黙示録で語られたように……」

「そのために、俺に剣崎翔一の記憶を植え付けて急場凌ぎのアイデンティティを作って、本当の俺を封印したのか」

 琴音は瞳だけを動かしてヴァルーを見つめる。眉間に皺の寄ったその顔は、口喧嘩で不機嫌になった時の翔一にそっくりだった。息を震わせてどうにか笑うと、その目を子どものように光らせ、声をほんの僅かに弾ませる。

「急場凌ぎは、失礼ね。私にとって、剣崎翔一は、最高のヒーローだった。普段は、生意気言ってるだけの癖に、いざという時には、ぐうの音も出ないほどカッコいい。そんな奴だった。だから、もう一度だけ、帰ってきて欲しかった。たとえ、それが私の思い出に過ぎないって、わかってても」

 張り裂けた胸を押さえ、琴音は呻く。ずっと独りで苦しんできた女は、ついに本音を抑えきれなかった。ヴァルーは気が付いた。自分が思い返してきた記憶には、全て琴音がいた。口煩く喧嘩を繰り返しながらも、最後には必ず笑みを浮かべていた。ずっと大切に思ってきた幼馴染が突然居なくなった時、彼女はどれほど悲しんだのだろう。あの時、どれほどの思いで彼女は自分に、ヒーローを託したのだろう。

「ごめんなさい……勝手に、私の我が儘に巻き込んで……」

 琴音は涙声で、うわ言のように零す。それは誰に向けた言葉だったのか。赤い竜に向けたのか、それとも剣崎翔一に向けたのか。関係は無い。ヴァルーは顔を歪めて舌打ちすると、翼を揺らしながら琴音を睨む。

「止めろそういうの。……剣崎翔一はそういう時に無茶苦茶言ってごまかしたくなるって、分かってんだろうが」

「そうね。そうだった。いっつもいっつも、素直じゃなくて、目を真っ赤にしながらわあわあ騒いでたっけ。ちょうど、そんなふうに」

 ヴァルーの目は、堪えた涙のせいで真っ赤になっていた。泣き笑いを繰り返す彼女に、巽も乾も胸をつかれ、ヴァルーは鼻をすすって伸ばされた琴音の手を頭突きで跳ね返す。

「うるせえ。俺を泣かせるんじゃねえよ。泣かせるなよ……」

 それでも琴音は手を伸ばし続ける。巽は肩に乗るヴァルーを取ると、そっと琴音の胸に載せてやった。抱きしめた彼女は、冷え切っていく身体に確かな温もりを感じ、安堵の息を洩らす。ようやく全ての荷が下りた。そう言わんばかりに。

「巽くん。ヴァルー。本当に、勝手なお願いなのはわかってる。でももう、透くんを助けられるのは、貴方達だけなの。だから、お願い。助けてあげて。審判者の呪縛から、解放して」

「もちろんです。……必ず、彼を救ってみせます」

「任せろ。神凪のヒーローが、絶対にあいつを救ってやる」

 二人がきっぱりと頷くと、琴音は静かに微笑み、そっとヴァルーを巽の手元へ返す。

「うん……良かった。今の貴方なら、きっと自分の真実にも、堪えてくれるはず。……ねえ、乾」

「何? お母さん」

「良かった。まだお母さんって、呼んでくれるんだ」

 くすりと笑うと、ぼろぼろの手で娘の頭をそっと撫でる。丸々五年待ち続けた、母の優しい眼差し。ようやく見る事が出来た乾は、これ以上泣くまいと唇を結び、か細い声で怒ったように答える。

「バカ。呼べないわけ、ないじゃん」

「そっか。ごめんね」

 琴音はその手を力なく滑らせ、湿布の張られた頬を撫でる。思春期を飛び越えて大人になった彼女の姿は、何よりも美しく見えた。

「……こうして見ると、やっぱり目はお父さん似なんだ。私は目つき悪くて、キツく見られてたから、ちょっとだけ心配だったの」

「けっ。中身はマジでキツいくせによ。そこはばっちり似たぜ」

「はぁ?」

 ヴァルーの弱々しい茶々に、乾と琴音は同時にじろりとヴァルーを一瞥する。恥ずかしそうに俯く乾の頭を再び撫でて、琴音は静かに微笑む。

「もう。……そんなんじゃ先が、思いやられるわね。……乾、巽くんと、おじいちゃんと、どうか、ずっと……」

 声が途切れる。手の先から、髪の先から、その身体は光になって消えていく。完全にその目からは光が失せ、琴音は静かに事切れた。はっと息を呑んだ乾は、必死に母を呼んで消えていく身体を抱き締める。その弾みで、仮面が割れて剥がれ落ちる。消え去る寸前の彼女は、安らかな顔で眠っていた。

「おかあ、さん……」

 冷たい身体は光に包まれ、乾を取り残して消えた。人を外れた白峰琴音という存在は、この世界から跡形も無くなってしまった。

 それでも、彼女が居たという証は、乾に、巽に、ヴァルーに深く刻まれていた。しばし黙して俯いていた三人だったが、やがてヴァルーがおもむろに顔を上げる。

「ぼうっとしてる場合じゃねえぞ、お前ら。アイツの願いかなえてやるためにも、戦わねえと」

「……ああ、そうだね。一応聞いておくけど。乾ちゃん、おじいさんと一緒に、ここで待っていてくれないか」

 まあ無理だろうな、とでも言いたげな口振り。そんな言い方をされては、乾もその期待に応えないわけにはいかなかった。顔を引き締めて、乾は首を振る。

「ううん。私も行くわ。……私には、きっと全部を見届ける義務があると思うし、ね」

「そう言うと思ったよ。でも、危ないと思ったらすぐに逃げてくれ。約束だ」

 巽は肩を竦めると、乾の華奢な両肩を掴んで真っ直ぐに双眸を見つめる。悲しみに濡れ続けていたその目は赤く充血している。しかし今、再び彼女は希望にその目を澄み切らせていた。

「もちろん。……お母さんに幸せになってくれって言われたんだもん。こんなところで死にたくないしね」

「じゃあ、あの野郎から仕掛けてくっかもしれねえし、さっさと準備しようぜ。乾、無茶苦茶熱めのコーヒー頼むぜ」

「オッケー」

 乾は立ち上がると、威勢よく部屋を飛び出す。壁際に身を寄せて耳をすませていた壮二郎は、そんな彼女のぴんと伸びた背中を見つめると、神妙な笑みを浮かべ、静かに彼女の後を追って階段を下っていった。


 審判の神が、ふわりとカミナギシティタワーの天辺に舞い降りる。人々の気が静かに離れていく様を感じた彼は、杖を握りしめて呟く。

――嘆かわしいことだ。審判さえも拒む人間までいるとは――

 神は杖を天に向かって高々と掲げる。杖にはめ込まれた宝石が太陽のように輝きを放ち、空に立ち込める銀鼠色の雲に金色の光を走らせる。光は雲に乗って広がり、見上げる人々を不安に駆り立てる。その不安から人々を確かに察知した神は、振り上げた杖を力任せに地面へ向かって投げつける。

――しかし問題はない。どこへ逃げても同じことだ――

 ビルのガラスを震わせ、耳を塞ぎたくなる轟音で呟いた機械仕掛けの神は、地面に深々と突き刺さった杖に向かってその手を掲げる。駅前の広場全体が紫色の魔法陣に覆われ、幾重にも絡まる鎖が現れる。その鎖は一度震え、地の底から溶岩の噴き出すような悍ましい叫び声が響き渡る。

――どうせ無くなる世界だ。迅速に裁きは遂行されねば――

 瞬間、鎖は全て砕け散り、ぽっかりと口を開いた闇から、七つ首の白い獣が飛び出す。豹、熊、獅子、人類にとって脅威となるあらゆる生き物の特徴を寄せ集めた、悪による支配の象徴は、飛び出した瞬間に天を仰いで咆哮した。

 人間達の悪意がその身体に流れ込む。常に悪意を受け入れ続けてきたその存在は、いとも簡単に不安定となる。全身の毛を逆立て、爪を尖らせ牙を剥き出し呻いた獣に、さらに光が差し込む。善意が流れ込む。自らを闇に縛りつけ苛む悪意から救い出す、輝き。しかし、それはその獣にとってあまりに眩しい。その全てを呑み込み収めたいと願うほどに。

 獣は不意に呻く。その身体は不意に闇へと溶け、周囲のビルや建物さえも喰らいついたような跡を残して呑み込み巨大化を始める。一瞬にして存在が臨界へと達したその身体は、強大な崩壊力を発し、全てを巻き込んでいく。瞬間、それを本能で感じ取った人々が恐怖に震え始める。この世が悪で支配される恐怖を思い知る。みるみるうちに高まっていく人々の感情を感じ取り、神は震える。

――さあ、恐怖せよ。願うのだ。神による救いを――

 歯車の巡る腕を広げ、神は叫ぶ。彼の力に耐え切れなかったガラスが、次々に割れて地上へ宝石のような煌めきを残して降り注ぐ。恐怖に縮こまる人々の姿を感じ取りながら、神は一つの違和感に気付く。黙示録の獣しか、神の前には存在しなかった。獣に力を与え、世界を崩壊に陥れる悪の象徴が、どれほど待てども現れない。人間を求めて滑る獣を前にして、神は首を傾げる。

――何故、赤い竜は現れぬ。不可解だ――

 赤い竜は、審判の神にとって倒さねばならない象徴だった。悪の心を持つ現世の人間と共に、消滅、撲滅、絶滅させなければいけない存在だった。そのために握る燃ゆる処刑人の剣を当ても無く振るい、神は首を傾げる。その疑問を抱えたまま、神は周囲のビルを呑み込み続ける闇の塊を、恐怖する人間が固まる広い場所に向かって動かそうとする。恐怖に基づき神を求めた瞬間、ようやく創造力は結実する。そのためには絶望を見せるのが手っ取り早い。今より消えゆく人類への温情など、欠片も存在しなかった。


「待てよ」


 しかしここは神凪市、神がたとえ見捨てても、それをも救い出すヒーローが存在するのだ。とびきり捻くれて、とびきり強いヒーローが。

「おい! 神様よ、人類の悪が出向いてやったぜ。感謝しな」

 獣の前に立ちはだかる巽の隣に飛ぶヴァルーは、怪訝に首を傾げている神を見上げてにやりと笑う。

――不可解だ。本来お前はそこに存在できない――

「神様気取ってるくせによお、不可解な事があんのが、既にてめーが無謬の神じゃあねえって証明だよな?」

 挑発的に叫ぶヴァルー。だが、その程度の挑発で揺らぐような存在ではない。神は静かに首を振り、わずかな怒りを込めてビルを震わせ、轟くような声を発する。

――悪に、私を惑わせられると思うならば大きな間違いだ――

 神の叫びに合わせ、黙示録の獣は目の色を変え、道路の真ん中に立ち尽くす巽達をめがけて襲い掛かろうとする。巽は顔をしかめ、神を見上げる。微動だにしないその佇まいからは、完全に人間の感情が感じられなかった。

「……お前、白峰透はどうした」

――あの男は、私の骨肉となった。罪人だが正義に忠誠は尽くした。だから赦し、我が審判の先達となる許可を与えた――

「んだと?」

 ヴァルーは顔をしかめる。絶対の正義故の、絶対の善故の、絶対の傲慢。自らが頂点であることを、毫も疑わない。その力を持って、人間が選別される。巽は最早神にぶつける言葉も見当たらず、神を睨み付けたまま、ベストの襟を整える。

「行くよ、ヴァルー。全力で!」

「よし!」

 横に突き出された巽の腕に、ヴァルーがふわりと舞い降りた瞬間、二人の身体は融け合い、炎に包まれ真紅のドラグセイバーに変身を遂げる。その全身に、琴音が縛りつけていた封印の赤い鎖がまとわりつく。一瞥したヴァルーは、解けかけたその鎖を乱暴に掴むと、一気に引きちぎった。その瞬間、全身に力が駆け巡り、同時に自分の中に抑え込まれてきた悪意が飛び出してくる。胸がつかえ、黙示録の獣を前に、ヴァルーは呻いてその場に膝を付く。巽は苦しげに息を荒げるその姿に、消えかけるヴァルーの姿を思い出して血相を変える。

(大丈夫かい、ヴァルー)

「当たり前の事聞くんじゃねえよ。大丈夫だ。俺は何だ? 黙示録の赤い竜か? そんなつまらねえ奴だったかよ?」

 ヴァルーはにやりと笑うと、力強く頷いて再び立ち上がり、目の前の獣を見据えて拳を固める。今やその身に流れ込む悪意すら喜ばしい。人間の取り除こうと願ってもどうしても取り除けない部分。むしろそれこそが、自分が胸を張って目の前のいけ好かない存在よりも人間に親しい存在であることの証明であり、今の自分の存在を保つ意義を与える根本であった。ヴァルーは心底晴れやかな気分だった。巽もふと微笑むと、心を静めてヴァルーと全てを融け合わせる。瞬間、その鎧は赤い鱗を吹き飛ばし、銀河のように眩い光を放つ銀鱗へと生まれ変わる。二人は素早く大剣を取り出し、叫んだ。

「そうだね。僕達は……この街を守る為に戦う怪物、ドラグセイバーだ!」

 瞬間、自らを押し潰すように襲い掛かってきた獣の頭上に飛び上がり、勢いに任せて二人は獣の全身を切り裂く。闇を噴出させ、獣は呻く。次々に獣の首を削ぎ落していく怪物の姿を見降ろし、怒りのままに神はビルの壁を震わせて唸る。

――馬鹿な。アイデンティティが更新されている――

「思い描けば何でも叶うもんだぜ。それが創造力だろ? なあ。神さんよ」

 二人の身体に宿る力は、まさに限りが無かった。身を躍らせて獣の背後に飛び込み、顔が彼らを剥く前に背中を一気に切り裂き、闇を噴出させる。どれだけの崩壊力に当てられても、彼らの存在が揺らぐことは無い。悪の象徴でも、かつてのヒーローの紛い物でも無い。救世竜ドラグセイバーの存在は、既にヴァルーの中で完全なものになっていた。ただでさえ赤い竜の下位にある獣が、気合の違う二人に敵うわけもない。脳天を二人に蹴り飛ばされ、気を失いかけた獣は白目を剥いて沈黙する。

「これで終わりだ!」

 二人は大剣の柄を握りしめると、脇構えにして上空から黙示録の獣に向かって飛び降りる。神は道路を震わせて叫ぶが、既に瀕死の獣はもがくばかりで立ち上がることも出来ない。その首根っこに向かって突っ込んだ二人は、通り過ぎざまに大剣から刀を抜き放ち一気に獣の頭を斬り落とした。同時に流し込まれたクリエーションの強さに獣は耐え切れず、首から黒い血を飛び散らせてのたうち回る。そのうちに獣はその場に崩れ落ち、闇の中へその身体は消えていった。神はその有様に身動ぎし、一気に地上まで飛び降りる。

――黙示録の獣さえも滅するか。憎むべき進化だ――

「てめーこそ、手前勝手な理由でこの世界ぶっ潰そうとしてんじゃねえぞ。俺達はてめーのやり口を絶対に許さねえ」

――ならない。この世界は滅び去る必要がある――

 獣が消え去り、廃墟の寄せ集めになった地に舞い降りた神は、刀を一振り構える二人に向かって剣の切っ先を向ける。二人は低く構えると、無謬の神の僅かな隙も見過ごすまいと、雪の降り始めた空間の中で正眼に構えた。


 その時、最後の戦いが、始まろうとしていた。




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