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十話 変態スイッチオン

 剣崎巽。自らの悦楽のため人間を殺す悪魔に対峙した彼は、子どもを守ろうとする乾を魔の手から救うために限界を超え、新たな力を手に入れた。悪魔を捕らえることはできなかったが、次こそは殺人鬼を打ち倒すべく、心を新たにするのだった。



 誰もが寝静まっている早朝、乾は微かな足音を感じて目を覚ました。眠い目を擦りながら起き上がり、東の端が白みかけた窓の外をじっと見下ろす。庭に蒼いドラグセイバーが立ち、手に握った何かを見つめていた。庭で変身している二人に唖然とし、乾は窓を乱暴に開いて庭を覗き込んだ。


「ちょっと。何かあったの?」


 不意を突かれ、二人は弾かれたように振り返る。緊張感の無い反応だ。乾は不思議そうな顔で首を傾げた。


「ねえ、何やってんの」

「やあお早う、乾ちゃん。ちょっとこの庭を借りていろいろ試していたんだ。この前は必死で、自分の身体なのにわからないことだらけだったから」


 そう言いながら巽は手に持っていたものを見せつける。安物のストップウォッチだった。先日二人が見せた高速移動を思い出した乾は、手を叩いて何度も頷く。


「ああ、なるほど。そっち行っていい?」

「別に構わないとも」

「わかった。ちょっと待ってて!」


 乾は窓から引っ込むと、バタバタと部屋から飛び出した。下からそんな様子を見上げていた巽は、再びストップウォッチに目を戻す。


「一秒間にこの洋館を三週半……大体音速と同じくらいか」

「お前がその気ならもっと速く行けると思うぜ」


 ヴァルーの気楽な言葉に巽は首を振る。殺人鬼との戦いでは音速さえも乗り越えた強襲で捻じ伏せたが、結局その後は乾に拾われ三日間入院する羽目に遭ってしまった。


「それは最後の手段にしておこう。たとえ優位に立ててもその後倒れていては意味がない」


 巽の冷静な言葉に、ヴァルーはつまらなそうにくたくたと頷く。全力は出せない。仕方が無いとはいえ煮え切らない思いだった。腕組みして白む空の方を見つめていると、ドアが開け放たれて、ジャージにコートだけ引っ掛けてきた乾が出てくる。


「お、ちょうどいいところに来やがった。ちょっと身体貸せ」

「え? ちょっと、なに」


 戸惑う乾にすたすた駆け寄ると、ヴァルーはそのまま後ろに回って乾を横抱きにした。突然の事に間抜けた声を出して戸惑う彼女を、ヴァルーはそのまま宙へと放り上げる。驚くしかない乾はふわりとした感覚に息を呑み、そのまま屋根の上にべたりと投げ出されてしまう。平然と屋根まで跳び上がってきたヴァルーに、乾は歯を剥きだして威嚇する。


「いきなり何すんのよ!」

「ちょっとした力自慢って奴だ。驚いたか」

「一瞬生きた心地しなかったわ。何なのよ本当に」


 青ざめている乾を見てヴァルーはけらけら笑う。ますます腹を立てた様子の乾を見て、巽は慌てて咳払いで笑いを止め、決まり悪そうに視線を下げる。


「すまない。僕達がドラグセイバーとしての力をどれだけ制御できるようになったか確かめていたんだ」

「だからってこんなことする必要ないでしょうよ。まったく」

「いちいちうるせえなあ。怪我もねえんだからいいだろ」


 一方のヴァルーはまるで反省していなかった。乾の隣に不良座りして、小馬鹿にしたような目でにやにやと見つめる。乾は溜め息交じりに肩を落とすしかなかった。


「相変わらずなところは相変わらずか。ほんとに……で、何か分かったの?」

「ああ。今までは僕とヴァルーで代わる代わるに戦っていたから、結局は二人分のクリエーションを一人分として少しずつ使っているにすぎなかった。まあ、その分継戦能力があるということでもあるけれど……やはり肉体の強化という面では限界がある。それが、僕達が同時に戦うことで二人分のクリエーションをきっちり発揮しているのがこの状態というわけさ」

「ほえー。じゃあ質問。その高速移動や馬鹿力はその状態の賜物ってこと?」


 両腕を広げて蒼い鎧を余すところなく乾へ見せつける巽に、彼女は軽く右手を挙げて尋ねる。顎に手を添えた巽は、籠手に宿っていた光を脛当てへと移し替えながら頷いた。


「そういうことさ。いくらクリエーションで強化されているとはいっても、身体に負担がかかりすぎるから多用は出来ないけれど、身体に流れているクリエーションを使って、高速移動、怪力、剛体化、飛行といった、様々に僕が必要として望んだ力を一度に一つだけ実現できる。こんな風に」


 言うと、巽はぱっと目の前から消え、蒼い光を乾の周囲に描いて再び現れる。かと思えば光を集めた背中に竜の翼を広げ、高々と宙返りして乾の前にすとんと降り立った。突然の事に、乾は目を白黒させるしかない。


「すごーい……でも、一度に一つなんだ」

「ああ。ちょっと二つ纏めて使ってみようと思ったけれど、クリエーションの消費が激しすぎて気絶するところだった」

「ふうん。無茶してるなあ、やっぱり」


 事もなげに報告する巽に、乾は口をへの字に曲げてやれやれと肩を竦める。変身を解いた巽は、ヴァルーを肩に載せて微笑んだ。


「無茶して誰かを助けられるなら、それに越したことはない」

「いつだってそれよね、巽くんは」


 ジト目で巽を見つめる乾。怪我して疲弊して倒れても、巽の意思は少しも揺らいでいなかった。心配を口にしても聞いてくれるわけはなく、乾は不満げに巽の澄み切った目を覗き込むしかなかった。しかしヴァルーはそんな彼女に向かって顔をしかめる。


「お前もお前だろうが。生身で人庇ったり、子どもを助け出そうとしたり。俺からすればお前の方がずっと無茶してっぞ」


 目を丸く見開いた乾は、腕組みを解いて拳を握りしめる。


「私だってこの街を守りたいの。いなくなった父さんは巽くんのお父さんの相棒だった。お父さん達が守った街は、私だって守りたい。……でも私は戦えないから、出来ることをしてるの」


 乾の言葉にヴァルーはずっこける。眩暈がして、思わず巽の肩からずり落ちかけた。うんざりして頭をだらりと下げ、彼は呟く。


「お前もかよ。何なんだよお前らは。……とにかく。お前は足手まといなんだよ。生身でそばちょろちょろしやがって。あぶねえったらねえだろうが。この前といい。死んだらジジイが悲しむだろうが」

「そ、それは……」


 乾は口ごもる。巽ほどヒーロー根性が振り切れているわけでもない。ヴァルーの刺すような眼差しには縮こまるしかなかった。ヴァルーは翼を大きく広げると、喉を鳴らして乾を畳みかける。


「なぁ? 何も言い返せねえんなら、大人しく逃げとけ」

「ヴァルー、少し言い方がきついぞ」

「お前の言い方はいっつも生温いんだよ」


 落ち込んでうつむく乾を見遣り、顔をしかめた巽はヴァルーの頭をせっつく。しかしヴァルーはべろべろと舌を出して取り合おうとしない。軽い火花を散らせた二人を前に、乾はこそりと嘆息し、足取り重くこっそりその場を後にした。



(やっぱりそうだよねぇ。足手まといかぁ、私は)


 乾は大学の中央通りをとぼとぼと歩いていた。ヴァルーなりの気遣いだとはわかっていたものの、やはり面と向かって足手まといと言われては落ち込んでしまう。怪物と戦えないなら戦えないなりに二人の手が回らないところのサポートに回ろうと張り切っていたが、結局は二人に助けられている。役に立とうとして余計に負担を強いているようでは意味が無い。考えるほどに気分が曇り、乾は肩を落とす。


「いいや。ダメダメ、ダメ!」


 しかし、そこで立ち直ろうと出来るのが乾だった。五年前に両親が失踪して本当のドン底へと叩き込まれた乾が足手まといと言われたくらいでいつまでもくよくよしているわけもなく、彼女はきっと顔を上げて足を早める。


「ダメよ私、気合い入れなきゃ。初志貫徹よ」


 それなりの声で自らに言い聞かせる彼女を、側をすれ違う人々がちらちら振り返る。やる気充填中の彼女は気付かず、軽くガッツポーズまでして歩き続けるのだった。



「ああ……やはり素晴らしい!」



 そんな彼女の後ろで、草花が僅かに揺れる。風もない。人が歩いたわけでもない。そこは何の変哲も無い、静かな芝生だった。しかし木の陰でその声は確かに響き、芝生には点々と何かで踏みつけられたような跡が延々と続いていった。



(お前さあ、割と暇なのか?)

(暇ではないさ。こうして院試に向けて勉強しているだろう)


 大学付属の図書館で勉強道具を広げている巽に、ヴァルーは少し嫌味が混じった口調で尋ねる。今頃乾は授業の真っ最中のはずで、そこには参加しない巽がヴァルーは不思議で仕方なかった。


(でも授業あんだろうがよ)

(無いんだよ、それが。必要な単位は今までにほぼ取り終えている。今期は授業を四つしか取っていないのさ)

(暇を作ってるってことか)


 単刀直入な理解に思わず巽は不満げな顔をしたが、否定する理由もなく彼は頷いた。


(何だか語弊があるような気もするが、概ねそういうことになる。そもそも、今期はなるべく手を空かせないといけないとわかりきっていたからね。この街の危機は休み時間に起きてくれるわけじゃない)


 ヴァルーはふんと鼻を鳴らす。巽のヒロイズムもここまで来ると、冗談めかして笑えなかった。


(見上げた根性だ。褒めといてやるか)

(光栄ということにしておこうか。それなら)


 ノートを手に取りながら巽は軽口を返した。自分が街のために危険を犯すことに何の迷いも抱かず、彼はヒーローとしての道を邁進するために生活の整理さえも行っている。ヴァルーにしてみれば、この若者には何か人間として大事な部分が抜け落ちているような気がしてしまう。


(そんなに会ったこともない親父が大事かよ、お前は……)


 巽は答えず、小さく微笑んだまま参考書の内容をノートに書き写し始める。居心地の悪い沈黙に、ヴァルーは低く唸って翼を噛むしかなかった。



「シロちゃん、それ食べきれるの?」


 夕方、乾は二人の女友達を連れてラーメン屋を訪れていた。ハーフサイズのラーメンを食べている二人に挟まれて、一人だけ乾は大盛りと向かい合っていた。


「全然大丈夫。気分が落ち込んだ時はね、美味しいものでお腹一杯にして、寝たいだけ寝て、身体的なストレスからふっ飛ばしちゃうのが一番なんだから。いただきます」


 しっかりとラーメンに向かって手を合わせると、レンゲに麺を掬って食べている二人を他所に、乾は麺を直接取って勢いよく啜る。その思い切った食べ方に、二人はニヤニヤしながら彼女の横顔を覗き込む。


「何なに? もしかして彼氏と何かあった?」

「彼氏じゃない」


 突然の質問に顔を赤らめた乾は、水を取りながら顔をしかめる。しかし二人はさらに笑みを深める。乾は墓穴を掘っていた。


「まだ名前も言ってないんだけどなあ。やっぱり巽くんの事、意識しまくってんじゃん」


 乾はからかわれた悔しさのあまり唇を突き出して変な顔をすると、一際勢いよく麺を啜り込んで二人をじろりと睨む。


「巽くんはただの幼馴染って言ってるでしょーが。別に付き合う気はありません。巽くんだってそんな気なさそうだし」


 ごくりと麺を呑み込んで口を尖らす。三度の飯より空想が好きな彼は、いつまで経っても自分に対して踏み越えがたい一線を引いているように乾は感じていた。子どものようにむくれて唸る彼女の脇腹を、友達の一人はいきなりつついた。


「そんなこと言ってさあ、前に巽くんにおっぱい揉まれたってうれっしそうに愚痴ってたじゃん」

「嬉しそうでない! 変態か私は! 大体あれは、事故だし」


 ヴァルーの仕業だ、の言葉をどうにか呑み込む。言って理解してもらえるハズもない。不満げにだらだらとスープを飲む彼女に、もう一人の友人もじっと詰め寄る。


「泣かせるよねえ、いつもいつも。最近はもうずっと巽くんについて歩いてさ、構ってくださいワン、こっち見てくださいワン、尽くしますワンって尻尾振ってるんだから」

「私を犬に喩えんなって言ってるでしょうよ! ったく。そんなんじゃないし。ほっとくと何かやらかすから側にいてあげないとだめなの。大体……いや。何でもない」


 あいつは神凪のヒーロー、ドラグセイバーの正体だし、とは言えなかった。どうしたどうしたとせっついてくる二人の友人の攻撃に堪え、乾は無視を決め込みラーメンを無言で食べ始めた。

 その時である。店の外で金属皿を叩きつけたような激しい音が響き渡った。椅子を撥ね飛ばす勢いで立ち上がった乾は、二人を押さえてこそりと扉を開ける。すると、道行く人々に脇に抱えた首から噴き出す鮮血を吹きかける首の無い騎士――デュラハンの姿があった。


「もう、おちおち食事もしてられんわね……」

「何、一体何があったの?」

「うわっ、バカ!」


 乾がぼそぼそと呟いていると、二人が不安半分興味半分といった顔で彼女たちも外を覗こうとする。しかし急に乾に寄り掛かったものだから、バランスを崩した乾は思わず扉を全開にして転んでしまう。歩道に間抜けな姿勢で倒れ込む乾達を怪物が見逃すわけもない。


「か、怪物だ……」


 友人達は真っ青になって腰を抜かしてしまう。そんな彼女達をじっと見つめる女騎士の首は、もごもごと口を動かす。


「お前達、死を感じたくはないか」


 金魚のように口をあわあわぱくぱくさせるばかりで友人達は逃げることさえも忘れてしまっていた。やれやれと頭を抱えた乾は、彼女らを無理矢理引っ張り上げて店へと押し戻す。


「とりあえずそこに隠れてて! ほら来い怪物!」

「死を感じたいか。よろしい」


 乾は手招きすると、全力で横道へと駆け出した。狭い道に身を隠しながら、追いつかれず振り切りもしないぎりぎりを保って彼女は逃げる。完全に乾へと標的を定めたデュラハンは、黒い馬を軽やかに駆り、時には障害物を蹴散らしながら乾へと迫る。


(もうちょっと堪えれば! もうちょっと堪えれば巽くん達が来てくれるはず!)


 結局迷惑かけている。二人に。必死になっていた乾の脳裏に冷めた思いが降り、力が抜けて足が緩みかける。


(いや、何を考えてるの。こんなところでくよくよしてたら、余計迷惑かけるでしょ!)


 自分の弱さに鞭打って、乾は再び走った。しかし一瞬の迷いがデュラハンに迫る隙を与えてしまった。


「さあ、己が死を味わえ!」


 振り上げられた首から血が滲む。木箱を飛び越え損ねた乾は、地面に転げて鮮血が噴き出す前で両手を構えるしかなかった。


「いやっ」

「この娘御には、私が指一本触れさせん!」


 轟くような一声。乾がはっと顔を上げると、そこには眩い白銀の毛並みを風に波打たせる一匹の一角獣が立っていた。前脚で大きく一歩踏みしめると、鋭い角で馬に跨っていた騎士の身体をかち上げ、翻り後足の強烈な一撃で騎馬も撥ね飛ばす。獣の圧倒ぶりに呆然としていた乾だったが、その目はどことなく記憶の片隅に引っかかる。暴れるその姿をじっと見ているうち、乾は卒然ハッとして叫んだ。


「あーっ! また誰か私のこと見てるなあと思ったら、あなただったのね!」

「はっ! 気付いてしまわれたか。そうです。私は穢れなき処女をこよなく愛するユニコーン、エルンストに御座います。あなたの事はかねてより草木の陰より見守り申し上げておりました」


 さっと振り返ると、ユニコーンのエルンストは乾に向かって深々と頭を下げる。その姿に、思わず乾は鳥肌立てて身震いする。


「ストーカーの上に処女厨? 気持ち悪っ!」

「なりません、白峰様。その様な乱暴な言葉遣い。乙女は清楚に、貞淑に振舞わねば」

「あんたに言われたくないわ。あぁ気持ち悪い!」


 エルンストをぶん殴ろうと乾が拳を振り上げた時、その背後に新たな怪物、グールが物陰から擬態を解いて迫る。エルンストは嘶くと、高く跳び上がって怪物に全体重を載せ、踏みつけにする。鮮やかな身捌きに、乾は思わずぽかんとなってしまった。


「すごーい……」

「そうでありましょう? 私は穢れなき乙女を守るためなら全身全霊を賭す覚悟です」


 後肢で敵を蹴飛ばしながら、エルンストはしずしずと頭を下げる。その気取った一挙手一投足が乾にとっては目に毒だ。とかく蔑みに満ちた視線を送り、乾は溜め息をついて再び起き上がってきた怪物を睨みつける。


「結局それ? ……もういいわ埒があかない。さっさとケリつけたいから、私を助ける気があるなら、私と変身して」

「あなたと? 変身? よろしいのですか、白峰様」


 犬のように尻尾を振って甘えた視線を向ける馬に、乾は思わずたじろぐ。しかし乗り掛かった船だ。やるしかない。


「うるさい、そっちの方がさっさと終わるんでしょ!」


 自分にも必死に言い聞かせ、乾はエルンストの角に触れた。瞬間二人の身体は光に包まれ、一人の新たなヒロインへと変わる。純白のローブに、レザーのブーツと手袋で素肌を余さず覆い、顔さえ白い仮面とベールで隠された。髪を飾るティアラに伸びる一本の銀角が、一番星の光を浴びて煌めく。


「ああ……素晴らしい。私は今、理想の乙女と一つになっている!」


 乾と交わったエルンストは、彼女の中で恍惚に震えだした。


「変態だぁっ! ……やっぱ止めときゃ良かったかな……」


 あまりの変態振りにぶるりと震えたが、奮った乾は拳を握りしめて一歩踏み出す。清く溢れる意識の泉を前にして歓喜に震えていたエルンストだったが、不意に彼は首を傾げる。その泉は柵で囲われ鎖で雁字搦めにされていた。


「なぜ私を入れてくれないのです? これでは私は貴方の身体を変身させるコンバータ代わりでしかない。ここに入れてさえくれれば、私は貴方様にもっと力を捧げられるのに!」

「馬鹿。これ以上あんたを私の中に踏み込ませるわけないでしょ? この変態ストーカー駄馬が!」


 乾はぶんぶんと首を振り、あらんかぎりの罵声を叩きつける。さすがの一角獣も応えたか、呻いて彼は俯く。しかしいちいち構っている余裕もない。並び立ったデュラハンとグールを見つめ、乾は拳を握りしめて叫んだ。


「来い、お前ら! さっさと終わりにしてやる!」

「何を言って――」


 鉄パイプをレイピアに変えた乾は威嚇するようにチクチクと切っ先を突き出す。その度に切っ先から光の矢が鋭く飛び出し、デュラハンをあっさりと吹き飛ばしてしまった。想像を絶する威力に、グールは思わずその場に擬態して隠れようとする。そんな彼らの目の前で、乾達は一番驚いていた。


「な、何これ? どんな武器よ?」

「武器はただのレイピアです。しかしあなたの持つ創造力がオーバーフローして、敵の存在に直接干渉してしまえるようですな」

「はぁ……よくわからんわね。でもいけそう。喰らえ!」


 乾は鋭く空を切る。風が舞い起こり、白く輝く矢が五本に分かれて起き上がったデュラハンに突き刺さる。


「こ、こんなもの……? 何故だ! 私の存在が、保てない」


 デュラハンは鼻で笑って矢を抜こうとするが、いきなり矢は閃光を放ち、呻きもがいたデュラハンはその場に倒れ込み、光に巻かれて消滅してしまった。一瞬の出来事を目の当たりにしたグールは、飛び上がって驚愕し、アスファルトに擬態したままもこもこと逃げ出す。それを見逃す生易しい女ではない。乾は鼻で蔑むと、そんな哀れなグールにも向かって矢を飛ばした。尻辺りに突き刺されたグールは、言葉にならない声で喚いてその場にべたりと伸び、そのまま消滅した。

 圧勝だった。乾は呆然と立ち尽くしてレイピアを見つめる。


「が、我慢した甲斐あった……」


 自分の有用性は今こそ示されたと、エルンストは得意になって意識の泉へと迫る。


「お分かりいただけましたか。あなたは貴方のクリエーションのみを用いてさえこれほど力を持っているのです。それが私と融合すればいかほどの力を持つことが出来るか――」

「うるさいな。変態に心を許せるほど私は変態じゃないっつの。それに、これだけ出来るんなら十分よ」

「何を仰るのですか」


 満足げに空を見上げる乾に、エルンストは尋ねる。その視界には、翼を広げて一直線に飛んでくる蒼いドラグセイバーの姿があった。滑り込むようにその場に降り立った巽とヴァルーは、目の前に立つ純白の姫に向かって構えを取る。


「おい、お前か、今日ここで暴れてる奴は。……って、これがデュラハンやグールなわけねえか。何だお前」


 しかしすぐさまヴァルーは構えを解き、乾に向かって鋭く指を差す。そんなヴァルーの不思議そうな顔に、乾はうっかり笑いが止まらなくなってしまった。腹を抱えてくすくす笑いを堪えている女に、首をひたすら傾げていたヴァルーだったが、巽はその声の主にふと気が付いた。


「ちょっと。まさか乾ちゃんかい?」


 指を差したまま、巽はベールの中を覗き込もうとする。じっくりとためを作った乾は、右手を鋭く突き出して頷いた。


「正解!」


 瞬間、エルンストは彼女の身体から弾き出され、その場に飛び出す。見た瞬間にヴァルーはぽつりと呟く。


「あ、処女厨の変態だ」

「なっ、そういう貴様は! ……ど、ドラゴンか?」

「何で疑問形なんだ」


 ユニコーンが首を傾げると、巽とヴァルーも変身を解いた。肩に乗ったヴァルーは、じっと首を傾げてユニコーンと乾を交互に見渡す。やがてとあることに気が付いたヴァルーは、目を丸くして叫ぶ。


「まさか、お前らがやったのかよ?」

「そ。もうこれで足手まといなんて言わせないから。存分に二人のサポートしてみせる!」

「あ、ああ……よろしく」


 張り切る乾をよそに、巽とヴァルーは困惑したまま顔を見合わせる。お互いの共通認識として乾は危険から遠ざけておきたかったが、こうなってしまっては拒む理由を見いだせない。ヴァルーは不機嫌そうな顔をして、ちらりと尋ねる。


「つっても、その変態と組み続けんだぜ要するに」

「二人の足手まといになるくらいなら、そんな気持ち悪さどんだけでも堪えるわ」

「き、気持ち悪いですか、私は」

「聞くまでもねえだろ」


 じっと乾を見つめるエルンストにぼそりと突っ込み、ヴァルーはうなだれて溜め息をつく。巽も頭を掻き、今日ばかりは自分の身も顧みずに戦っていた自分自身についても、乾に悪い影響を与えてしまったかと内心で深々反省するのだった。

 とまれ、こうして神凪のヒーローならぬヒロインが、凛として街へ降臨したのである。



 この時、巽はまだ気づいていなかった。運命の歯車は、そんな二人を絡めてくるくると回り始めていたことに。



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