3-18 太りすぎて自分で起き上がれない◯◯
「レッツファイヤー!!」
俺は【火竜の息吹】を手に持ち、炎を吐き出させた。炎はヌタウナギみたいな存在を片っ端から飲み込んでいく。そいつはの正体は分からないけど、火は効果があったみたいだ。ギーギーと呻き声のようなものを発して燃えている。
眼前を埋め尽くしていた紺色の物体に破壊の炎を灯したところで、俺は手にした魔道具に魔力を送るのをやめた。目の前は火の海と化していた。
やりすぎた?
というかこいつら燃えすぎじゃない?
こいつら脂が乗りすぎじゃない?
焼け野原になったらどうしよう。
一面を赤く染めた景色に我ながらちょっと引いた。
「炎の魔法使いか!?」
商人はそんなことを叫びながらワシャワシャと手を動かしている。どうやら炎には飲み込まれていないようだ。そして懐から何かを取り出した。
「戻れ!」
叫んだと思ったら、炎の中を蠢いていたヌタウナギたちはその動きを止めて吸い込まれるように商人の手にした物に吸い込まれていった。よく見るとそれは水晶玉みたいだった。よく占いとかで使われてそうなやつだ。
燃やすものが無くなったせいか、それともヌタウナギと一緒に吸い込まれたのか、そこらを埋め尽くしていた炎はほとんど無くなった。少しばかり地面に火が張り付いている程度だ。ミーシャはコーメーのお陰で火傷一つしていないみたいだ。良かった。
大火事にならなくてホントによかった。そんなことを思ってしまう。
「ふむ、炎の魔法使いか。彼奴らとは相性が悪いのう」
商人はそんなことを言いながら水晶を手の平で転がしながら、そんな見当違いのことを言う。
俺は炎を、いや火の粉すら生み出せない。この惨状は魔道具のおかげだ。教えるつもりはないけど。勘違いしててもらおう。
「こいつならどうじゃ!」
商人はそう言ってブツブツと何かを唱えると、水晶を空高く掲げた。そしてその中から1匹のトカゲみたいなのが飛び出してきた。体長は30センチぐらいだ。
そのトカゲは地面に飛び降りると、そのまま沈み込むようにして地中へと消えていく。
よく分からないが、魔道具の類なのかもしれない。水晶の中に使役した魔物でも封じているのか、水晶玉が別空間とのつなぎで魔物を召喚しているのか、原理や理屈は置いておこう。重要なのはそれが脅威であり、目の前にいることだ。
俺はとりあえずその商人へと攻撃することにした。手にした手斧を力一杯に投擲する。威力とタイミング供に申し分ないそれに、俺は直撃することを予感した。
だが、それは地中から突如として現れた何かの腕によって覆された。
直径50センチはあろうかという太い腕に手斧が刺さっている。そして、ズズズと地面が揺れると供に地面からもう一本の腕が生えた。地上へと出てきた両腕は地面を押すようにして動くと、地中から無骨な見た目の人型の何かが這い出てきた。身長は3メートルはゆうに超えている。
「どうじゃ、これぞ土巨人」
そんな紹介をされたゴーレムは、まさに土で出来た人型の人形だった。
前世での知識にあったような、額にemethと書かれてはいない。ぱっと見ても顔見たいな物はあるのが確認できるが、どこかの小説みたいに表情豊かに変化もしない。
爪先からゆっくりの全身を眺めてみても、カッコ良さそうにも強そうにも見えない。体型はずんぐりとしていて胴回りが厚い。そして手足は思いのほか長い。ただ頭の上にさっきのトカゲが乗っているのが見える。いや、あれは張り付いていると言うのが正確か?
だから、どうじゃ? と聞かれたからこう答えるしかない。
「……ダサいな」
「む? 何か言ったか?」
俺が思わず呟いたのを商人のジジイは耳聡く拾ったようだ。
「まぁよい。やれ」
命令と同時にゴーレムが跳んだ。
跳んだ?
ゴーレムは踏み潰そうしたのか、そのまま俺へと落ちてきた。それを横っ飛びで避けた。と、同時に地面が揺れた。
足下がフラつき思わず屈み込むようになってしまう。その瞬間地面に影が出来た。反射的に上を睨むとゴーレムが倒れこんでくるのが見えた。
「避けきれまい。ぺしゃんこじゃあ!」
勝利を確信したのか、ジジイが叫ぶのが聞こえた。確かにこの状況では生身で受けるのも、ましてや躱すのも無理に思われるだろう。俺の【好都合領域】でもゴーレムの巨体を逸らせることは出来ない。
だから俺は、ゴーレムへと軽く跳んだ。そして体を纏う魔力の質を意図的に変えた。
「馬鹿め。自分から死ににきおった」
その場にいる誰もが俺は吹き飛ばされると予想したことだろう。
だが現実は違う。ゴーレムと接触する直前になって、俺の進行方向は空中でその軌道を変えた。いや、進行方向に斜めに弾かれた。
そのまま宙を彷徨って、ゴーレムから離れた場所へと着地した。俺は無傷なことを確認して嗤う。
ゴーレムは燃えカスの灰やらなんやらを巻き上げて荒野にダイブをかましている。すぐにその巨体を起き上がらせて、潰したであろう俺を探している。その仕草が少しばかりコミカルだったので、クスリと鼻から笑ってしまった。
ゴーレムの頭の上にいたトカゲがそんな俺に気づいたようで、ゴーレムをグルリと回転させて向きなおる。離れている俺へと追撃を加えようと、今度はストライド走法で迫ってくる。その体型に似合わない見事な走りっぷりに少しばかり感動を覚える。
そして鞭のようにしならせた腕を振るってきた。俺はそのインパクトの瞬間に軽くジャンプする。すると弾むように俺の体は飛んでいく。さっきと同じように数メートル離れた場所へと飛ばされる。着地と同時に体を確認する。やはり無傷だ。
「なんじゃ、なんで攻撃が効かんのじゃ!」
「教えるわけ無いだろ」
ジジイが文句を言っているけど、敵に教えるわけが無い。
これはコンビニエント・エリアのVer.2。
今までは自分を中心に半径2メートルを魔力で満たして、敵の攻撃をズラしたり、いなしたりするものだった。ただこれにはいくつかの弱点がある。その1つが、重いものや大きいものを魔力で逸らすことが出来ないことだ。魔力で物体に干渉する場合、その材質や密度によって難易度が変化する。例えばミスリルのような鉱物は魔力の伝導率が高いので、様々な魔剣に活用されていたりする。それはミスリルが魔力を蓄えやすい性質を持っていること、さらにその魔力保有量で硬度が変化することが理由に挙げられる。逆にただの鉄などは、魔力が通し辛くて無理に干渉すると歪んでしまったり、弾かれてしまう。俺の場合は、それを利用して矢の飛んでくる方向を変えたりする。
さらに大きいものは単純に魔力を伝導させるのに時間がかかる。単純に大きいものを動かすのには沢山の魔力が必要になるわけだ。例えば巨大な岩石が飛んできたら、魔力で干渉しきれずに俺はペシャンコになってしまう。
つまり今回のように巨大なゴーレムによる打撃は今までのコンビニエント・エリアでは対応できないのだ。
そこで今回使ったVer.2は身を守るための方向性を変えた。攻撃を逸らすのではなく、攻撃を受け流すことにした。これは某格闘漫画での防御を真似してみたものだ。よく攻撃をくらいながらも、自ら後ろに飛ぶことでダメージを逃した。ってくだりを見たことがあると思う。ようはアレに近い。
このVer.2では半径2メートルの外周部に密度の高い魔力を張り巡らせる。これを魔力膜と名付けた。外部からこの魔力膜に打撃などで圧力がかかると、一部分が凹む。その凹みを修復するために押し戻そうとする力が生まれる。その力で魔力膜の中には衝撃は届かず、その押し戻すための力で弾けるように飛んでいく。
ようは風船やバランスボールみたいに、形を変えて跳ね返る膜を魔力で構築したのだ。
そう。単純な話で、巨大な質量には逆らわずなされるがままでいればいいんだ。
ただしこれにも弱点があって、矢や剣のように接触面積が狭いと魔力膜を突き抜けてしまう。また攻撃されるたびに吹き飛ぶので使いどころが限られてくることだ。それにこれはあくまで物理攻撃に対してのものだ。
だが、現状では覿面のようだ。ここ最近、新しい戦い方を模索している中で見つけたものの1つだ。使えなかったら悲しすぎる。
「おい、さっさと潰せ! 潰してしまえ!」
馬鹿の一つ覚えで、ゴーレムは両手を高々と上げて振り下ろそうとする。俺はVer.2を解除して、その大振りの打撃を僅かに離れながら避ける。激しい地響きがその威力を物語っているが、当たらなければどうということは無い。
俺は無魔法で地中へと干渉して、土を盛り上げていく。そしてゴーレムの両腕を包み込み拘束していく。容易に外れないようにそれを硬質化されていき、ゴーレムの動きを封じた。
そのお陰でゴーレムは土下座をしているような体勢になった。これで本体のトカゲをやっと攻撃できる形になった。大抵こういうのは、本体が弱点だと相場が決まっている。
俺は身体強化でゴーレムの腕を駆け上り、手斧でトカゲの首を飛ばしてやった。トカゲはゴーレムの頭からずり落ちるとそのまま沸騰した水のように泡立って消えてしまった。こいつは何だったんだろうか? 自体が消えたってことは普通の魔物じゃ無いはずだ。魔法生物? 精霊? それとも未知の何かか?
まぁ、無駄な推測を立ててもしょーもない。本人に聞こう。
「さぁ商人のジイさん。遊びは終わりだ。場所の積荷やその水晶のこととか聞きたいことが沢山ある。黙ってお縄につくのが良いと思うんだが、どうだ?」
俺は亜空間から鎖分銅を取り出して、拘束しますよ、アピールをする。相手との距離は5メートルほどだ。見た感じ前衛タイプじゃ無さそうなので、一気に捕縛できるだろう。
商人はシシシシシと気味の悪い笑いを浮かべてくる。
「いや〜〜、そりゃあちっとばかしこちらに不都合だな。なんとか見逃してくれんかのう?」
「そりゃあむ――」
「――ふざけるなぁ!」
ふざけた要求を突っぱねようとしたら、ポロスが馬車から飛び出てきた。俺と商人のやり取りを聞いていたんだろう。かなり喧嘩腰だ。
「知っているぞ! 最近、我が領内で子どもが拉致されているとな。貴様がその犯人なのだろうが!!」
うん。俺もそう思ってた。馬車に居た少年少女は拉致されてきたものだろう。だからあいつは犯人の一人だと考えられる。あいつがボスなのか、下っ端なのかは分からないけど逃すわけにはいかない。なぜなら、エルフを含めてまだ数十人の単位で子どもが囚われているはずなのだから。
でも、ポロス。
出しゃばってきちゃダメ。
明らかに商人の意識がそっちにいってしまっている。
「ムースン、気をつけろ! 離れるな!」
俺は叫ぶとともに商人ジジイを捕まえに走る。無駄話に付き合う必要はない。捕らえてからじっくりと聞き出せば良い。
「ちっ。創生!」
商人ジジイがそう叫ぶと、俺との間に巨大な甲羅が現れた。さっきのゴーレムなんて比じゃないくらい巨大だ。つーか、さっきから次々と何かと生み出しやがって!
そんなイラつきを込めて、俺は手斧でその甲羅を切りつけてみるが、ツルツルな表面には傷一つつかなかった。むしろ手斧の刃が欠けた。
「無駄なことを!」
俺はすぐに切り替えて、回りこんで商人ジジイに迫る。
だが、先程まで居たはずの場所にその姿は無かった。逃げられたようだ。しかしどうやって? 消えたのか? 周囲の気配を探ってみるが、何かが隠れているような感じはしない。とは言っても残念ながら俺自身の感知能力は高くもないし、広くもない。
結論を言えば、やはり逃げられたのだろう。追うこともできない。
「クオンセル殿、敵は?」
戦闘が終了したことを察したのだろう。騎士の1人が走り寄ってきた。彼も辺りを警戒するような仕草をしている。だがやはり敵を見つけることは出来ないようだ。
「とりあえず、ひと段落つきました。とにかく現状を整理して領主様と冒険者ギルドに報告をしに行きましょう。……急いだ方が良いと思います」
俺はそう言って、騎士に指示を出す。俺にはそんな権限は無いが、ポロスの修行を名目にして今までも簡単な指示を出していたから文句も言わずに指示通りに動いてくれた。俺は目の前で動かない巨大な甲羅を見て回ると、小さな手足を見つけることができた。だが、その本体と言えるべき箇所は非常に小さかった。小さいどころか、地に足はついておらずバタバタと動かしている。
前世でひっくり返った亀の動画を見たことがあるが、あんなものでは無い。目の前のこれは、手足に対して甲羅が何十倍も大きい。現在は甲羅に引っ付いているようにブラブラと地面から浮いているが、もしこれが地面に着いたらその甲羅を支えることは出来ないだろう。
なんというか、太りすぎて自力で起き上がれない人を思い出してしまう。
……何だこいつは? 身動き取れないとかのレベルじゃ無いぞ。生きているのが不思議だ。身動きも取れない、つまり餌も取れないはずだ。こんな生物が存在するのか? こいつは何なんだろうか。
俺はデベソのように甲羅から生えている亀の頭を手斧で切り落とした。するとトカゲと同じように沸騰したようになり、綺麗に消えてしまった。
どこか釈然としないものが俺の中に生まれた。




