二日目
大分期間が開きましたが、一応忘れてはいませんよ?
どうやらこの世界の年号は緑暦と呼ぶみたいで、今は緑暦407年らしい。月の呼び方も違うらしく日記もそちらに合わせようと思う。
緑暦407年文の月17日
目を覚ましたらガチムチが周囲にあふれてた。
片足を失い、いきなり借金を背負うことになった僕の異世界生活はベリーハードだと思う。
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体に走る痛みで強制的に意識が覚醒した。
「つぁ・・・ぐう」
目を開けると、何かの中で横にされているのかやや薄暗い空間に横たわっていた。
「おう、起きたか。誰か姉御を呼びに行ってくれ。坊主、大丈夫か?」
僕が目を覚ましたのが分かったのか、心配そうな男の声が聞こえた。
そちらに顔を向けても痛みのせいで目が眩み、まともに見れない。
「こ・・・は?」
「ああ、まだ痛みが残ってるみたいだな。ちょっと待ってろ」
男は僕に理解できない言語で歌うように何かを呟くと、白に僅かな緑を混ぜたような色の光が僕を包み込んだ。
光に包まれると、痛んでいた体が、徐々に楽になっていく。
「と、こんなもんか」
「なにが?」
「なんだ?坊主は治癒魔法を見たことが無いのか?」
「一度も見たことが無い」
「お前相当田舎出身なんだな。最近ではどこの村にも在住の神官様がいるはずなんだがな」
治癒魔法とやらを使ってくれた人物の顔を確認するために、宗吾が声のする方に振り向くとそこには、顔も含めて全身が傷だらけで、筋肉に包まれた巨大な体を、小さな椅子に無理やり押し込めている男の姿があった。
反射的に少し距離をとってしまうと、男は悲しそうな顔をした。
「うん。この見た目で引かれるのは正直慣れてるんだ。けど、慣れても精神的にクルものがあるよね」
「えっと。すいません」
「いいよ気にしなくて。あはは。あはははははははははは」
落ち込み、壊れたように笑い始める男から、やっぱり距離をとってしまう。
「全く。何をしているの?いい加減耐性付けなさいよ」
スパーンといい音が鳴り、男は前につんのめる。
しかし、その様子を宗吾は見ていなかった。
宗吾の時間だけが止まったかのように、鈴の音のような声を発した人物に目が釘付けになっていたからだ。
その人物は、短めの髪を髪留めのピンで邪魔にならないようにまとめてあり、顔は町ですれ違った人全員が全員振り返るのではないかと思うほど整っている。
身に纏ったタンクトップはその大きな胸が押し上げており、芸術的ともいえるおなかがチラチラと覗ける。さらにタンクトップの上から短めのジャケットのようなものを羽織りいくつか見慣れない道具がぶら下がっている。
下半身はショートパンツを履いており、傷一つない健康的な太ももを衆目に晒してる。
そんな、そんな。
女口調の筋肉ガチムチイケメンが立っていた。
「あー、初めて姉御を見る人ってこんな反応するよな」
「失礼なこと言うわね。毎度思うのだけれど、私のどこに驚く要素があるというのかしら?」
「全部だ全部。公衆浴場行くと毎度通報されてるじゃんか」
「はぁ、皆私の外見だけでキャーキャーいっちゃってさあ、ため息がでるわ」
硬直する宗吾を放置して、会話をし始める二人の様子は実に楽しげだ。
「さて、楽しい会話を続けてもいいのだけれど、君とは話をしなくちゃいけないのよね。
ああ、自己紹介をまだしていなかったわね。私はノイエルよ。あなたの名前を聞かせてくれるかしら?」
自称女の筋肉イケメンが自己紹介をするのを、ただ呆然とした表情で見ていることしか出来なかった。
「・・・あら?まだ固まっているの?流石にここまで来ると少し傷つくわね」
「ハッ!すいません。ちょっと固まってました。僕は・・・」
あれ?ここって異世界だけど、名前だけ紹介した方がいいのか?それとも苗字も?まあ、この人も名前しか言ってなかったから大丈夫だろう。
「僕は宗吾と言います」
「ソーゴね。いい名前じゃない。
では分からないこともあるだろうから先に言う事言っておくわね。ソーゴにとってはあまりいい話じゃないだろうけど、まずは謝らせてもらうわね。
もっと早く助けてあげられなくてごめんなさい」
「いえ、命が助かっただけでも・・・」
「そう言ってもらえるとこっちも助かるわ。
実はあなたを助けたときなのだけど、あなたの足はすでにあの猫に食べられてて治せなかったの」
・・・猫?あれが猫だって!?とてもじゃないがそんな風には見えない。あれだけ巨大な生物が猫だとすると、他の生物も巨大化しているということに・・・いやいや。そんな物理的に無理だろ。
「あら?あなたはここがどこか知らないの?」
「ええ、気がついたらこの場にいましたので・・・」
「・・・詳しく教えてくれるかしら?こちらの持つ情報と齟齬が無いか確かめたいから」
「?・・・!?」
あっちの持っている情報がどんな物かは知らないけど、とりあえず自分の身に起こったことを話そうとした。
しかし、口を開いても声は出てこないで空気の漏れるような音しか出てこない。
「どうしたの?都合の悪いことでもあるのかしら?」
「いえ、自分の中の情報を纏めていただけですよ。これからお話します」
僕の意思とは関係なく、勝手に動き始めた口がまるで何かの物語を諳んじるかのごとくスラスラと『僕の設定』が語られていく。
それによるとどうやら僕は小さい頃に一度神隠しにあってしまい、山奥で師匠(僕は知らない)に拾われて育てられる。
そして、そろそろ外の世界と常識をちゃんと身につけて来いと言われ、空間転移の魔法で適当な地に飛ばされてしまう。
それがたまたまこの辺だったという話だ。
全裸であった理由は、師匠が空間転移をさせる際に座標の設定をミスしてしまったということらしい。僕の知らなかった新事実が次々と明らかにじゃなくて、これって絶対に僕をこの世界に飛ばした奴に介入されてるよね?
「なるほど、それではこれはお返ししますね」
そう言ったノイエルの手には、この世界に持ち込めた数少ない私物のスマホと手帳、万年筆があった。
「あ、拾っておいてくれたんですか。ありがとうございます」
「あら?他の人に【ライフカード】をもたれることに忌避感は抱かないのかしら?珍しいわね」
ライフカード?なんぞそれ。いやでも、スマホを見て言ってるよね?
この世界にもスマホみたいなものがあるってことか?
「それとね、あなたを助けることでかかった料金の回収をおこないたいのだけれど、その様子じゃあ手持ちのお金なんて殆ど持ってなさそうね」
・・・へ?
「どうしたの?そんな驚いた顔をしちゃって。これはボランティアじゃないのよ。助けて貰ったお礼を言葉だけで終わらせちゃう気?これでも私たちは商隊の護衛として雇われた傭兵団なのよ。
だから、田舎から出てきたあなたには理解しにくいことだろうけど、私たちは百回の感謝よりも一度の仕事分の料金よ」
「あの・・・お金ありません」
「・・・奴隷商にでも売れば回収できるかしら?」
「おいおい。俺達で助けておいて奴隷落ちさせるのは本末転倒じゃないか?それよかこの良質な紙が纏められてる物をバラして売るほうがいいんじゃないか?」
「う~ん。じゃあこの万年筆も一緒に売っちゃいましょう」
この程度のもので僕の身が安全になるんだったら別に構いやしないかなと思っていた時期が僕にもありました。
先ほど自分がここにいる訳を話したときと同じように口が勝手に動き始めこの手帳と万年筆の重要性を説き始めて僕のとても大事なものであり、これから生きるうえでも必要なものであることを告げた。
その結果。
「そうか。そんなに大事なものか。だが、それならどうやって金を払うというんだ?」
「僕は・・・僕は・・・体で払います」
「「・・・・・・・・・」」
うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!!なに口走ってんの?今体乗っ取ってる奴絶対に許さねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
「片足無いのに?まあ、町に着くまでもう少しあるから、お前の大事なものを売るか身売りするか、はたまたそれ以外の方法を考えておくといいわね。それじゃあ」
最後にそれだけ告げると天幕から出て行ってしまった。
「まあ、色々と飲み込めないところがあるかもしれんが、俺達は傭兵だ。望む望まぬは別にしてお前さんを助けちまったからには相応の金を貰わなくちゃ飯が食えねえんだ。
そういや自己紹介をまだしてなかったなソーゴ。俺はガスノサだ町までよろしく頼むな」
回復魔法をかけてくれたガチムチはそう言って僕に握手を求めてきた。
晩飯は味気ない携帯食だけだった。
この世界の文明レベルがどれほどのものかは知らないけど、ただ小麦粉を固めただけの主食に、干し肉がついただけの晩飯を食べさせられた。そりゃあ金を払うことが難しい客人だから大したものを食べさせてもらい無いのはある程度分かっている。
けど、干し肉を食べている目の前で湯気の立つ旨そうなスープを楽しく食べられていたら色々とやるせない思いを抱く。
あれ?目から汗が。
目から出てきた汗を拭うと、昨日起こったことを手帳に書き記し、強制的にダウンロードさせられたアプリの内容を確かめることにした。
昨日は四つの項目があることしか確認できなかったからな。
アプリを立ち上げると『私とあなたの秘密の交信♪』の項目が点滅している。
タップして開くと、神条の名前だけが表示されており、その横にはNEWの文字。
急に痛み始めた頭を抑えながらタップすると、某無料通話アプリでおなじみのトーク画面とよく似たものが表示され、あのメールのようなムカつく顔文字で色々なことが書いてあった。一部分からないことを除いて情報を纏めると、僕が元の世界に戻るためには、この世界に僕を呼び出した奴の要望を満足させなければならないのだとか。
まあ、その要望とやらは後で聞いてみるつもりだ。
それと、僕が余計なことを口走るよりも先に相手と僕に情報を与えておくために勝手に会話をしたらしい。
『それじゃあこの世界に異世界人っていないんですか?あと、これ以上ウザッたい顔文字や口調で書き込んで来たらスマホ壊します』
『本当にスイマセンでした。調子に乗ってたことは謝罪しますから。てか、それが無かったら困るのは宗吾さんですよ』
『さっさと異世界人がいるのかいないのか教えてください』
『うう、冷たいよ絶対零度だよ。異世界人ね?それなりの人数が普通にいるわね。てか、この世界に呼び出すときに説明したよね?』
『唐突な話で呆然としているときに無言はOKとか言って無理やり拉致ったんでしょうが!!』
『あれ?そうでしたっけ?』
うわぁ。このとぼけた文字を見ているだけですげえムカつく。
『とにかくもう一度呼び出した理由を教えてください』
『はぁ、めんどくさい。そんなことよりも宗吾さんには覚えてもらわなくちゃいけないことがたくさんあるからチュートリアルしたいんだけど・・・。
チュートリアルを始めます』
強引に話をチュートリアルとやらに持って行きたいらしい。しょうがない。さっさと話を終わらせて元の話に戻そう。
『それで?チュートリアルって何をするんだ?』
『今回はその手帳と万年筆の使い方。それとそのスマホの存在意義よ。
まずスマホのほうに関しては、あなたの私との連絡を取るほか、自分の体力とかが数値化されてるからそれの確認。後はあなたの身分を証明する【ライフカード】というものになるわ。町の出入りに必要だから絶対に紛失しないように。
手帳と万年筆についてだけど、普通に書き込むことにも使えるけど、その真髄は別のところにあるの。なんと!魔力を込めた万年筆でこの手帳に起こしたい現象を文字にして書くと実際にその現象が起こるチート武器なのです!』
え?それって万能すぎやしないか?各言葉しだいでは簡単に相手を蹴散らせてしまう代物じゃなかろうか。
『まあ、いろいろと制限もあるんですけどね』
『とりあえず詳しく』
詳しく教えてもらった結果、やはりとんでもない代物だということが分かる。
文字にして書くと説明されたが、実際は始めからかける『単語』が設定されており、それを接続語でつなげて文章を作る。作り上げたものに『タイトル』をつければ完成だ。
『単語』にはそれぞれ書くのに消費する魔力の量が設定されているため無制限につなげられる訳ではない。書ける文字の種類も長さも魔力の総量が上がることで増えるみたいである。
また、使用する『単語』の組み合わせによっては使用する魔力が増加したり減少するみたいだ。
それと、設定した文章を使用するには設定した『タイトル』を言葉に発しながら魔力を手帳に流し込むことで発動するらしい。まだ実践してないからよく分からないんだよな。
それと、手帳には今の状態でも見た目以上のページ数があるみたいだが、こちらも魔力総量が上がることでそのページ数も増えるのだとか。
『ものはためしよ。今はチュートリアル中のサービスってことで【義足】を追加しておいたわ。これで最低限動けるようになるはず。
今は最低限の物だけどレベルを上げればちゃんと高性能の物を作り出せるようになるから心配しなくても大丈夫よ』
へえ、とりあえず試してみよう。
万年筆を握り魔力を送り込もうとするが、そもそもどうやって魔力を流し込めと・・・。
首をかしげながらも試行錯誤を繰り返しているうちに、万年筆のペン先が微かに光った気がした。
光ったときの感触を忘れないうちになんども挑戦すると、体の中を血液とは違った何かが流れ、満たしていく感覚に囚われる。
流れを指先に向かわせ、溢れ出たものを万年筆に注ぎ込むイメージをすると万年筆が淡い、優しい光に包まれた。
その状態で破いた手帳の一ページに適当な文字を書き込むと、万年筆を包む光と同じものがインクのように線を描き、しばらくするとただの黒い線となる。
よし、書いた文字が消えることがないのを確認すると、手帳の適当なページを開く。
使う文字は・・・おお!頭の中に使用できる『単語』とその消費魔力が思い浮かぶ。
とりあえず今回使う『単語』は【義足】と・・・【作成】でいいかな?
タイトルはシンプルに『義足』としておこう。
『義足』
義足を作成する。
これで完成させたのだが、どうも消費魔力が多すぎる。
僕の全体の魔力の内十割使用って・・・。
後一つか二つなら『単語』を追加できるみたいなので、できるだけ消費魔力が少なくなる組み合わせで追加しよう。
いろいろな組み合わせを試しているうちに、魔力消費を結構抑えられた組み合わせを発見できた。
『義足』
簡素な木材の義足を作成する。
簡素という言葉を入れただけでそれなりに消費魔力が少なくなった。さらに素材を決めることで余分な分を減らすことが出来たのだろう。
早速手帳に魔力を込めてタイトルを呟く。
足元に青色の光が集まると木の棒で出来た義足のようなものが完成した。
・・・もう少しまともなものが出来るかと期待していたが、贅沢は言わないことにしよう。
体を起こすと、ゆっくり立ち上がる。
しかし、バランスが上手く取れなく尻餅をついてしまった。
他にも色々と実験をしたかったが、先に歩ける程度にはしておかないといけないな。
結局朝までリハビリをして過ごした。
走れる程度には回復したけど、完治していなかった傷が開いて動けなくなり、様子を見に来てくれたガスノサにしこたま怒られてしまった。まさに本末転倒ってやつだな。
治療費で払わなくちゃいけないお金が増えたのは言うまでも無い
次回も大分期間が開く可能性大です。