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一日目

 そもそも初めからおかしかったんだ。

 仮にこの手記を読んでいる故郷の人々がいると仮定して、君たちがイメージする王道的な異世界トリップ物の小説やアニメ、マンガとかだと、トリップ先で最初に行われる定番とはなんだい?

 王様の元に召喚されて、世界を救ってくれと頼まれて旅にでるやつか?それとも、絶世の美女か美少女が、ご都合主義な運命の手によって頼ってくるやつかい?はたまた、特殊な能力を手に入れて、自由気ままに暮らすほのぼののんびり系かい?他にも少しの奇を照らしたものを含めても今の僕の状況ほど頭の痛い状態にはならないはずだ。

 この現状を僕の力じゃどうにも出来ないから、苦労を分かってもらうためにも日記という形で残そう。

 きっと理解者が現れてくれるはずだ。





 2025年7月16日


 先日買った日記帳を偶然持つことになった僕は、これに早速起こった事を書こうと思う。

 見る人が見れば、これをただの黒歴史の記載されただけの日記帳と勘違いすることだろう。

 けど、これは紛れもなく僕の身に起こったことで、右も左も分からずにいるから纏める意味合いもある。


 さて、本題に行こう。



 異世界に全裸で飛ばされたと思ったら虎に追われた。この世界に無理やり召喚した奴許さない。


 以上。





 ***************



 今日は、付き合って丁度一年になる彼女、三島(みしま)(あきら)と一緒に、記念品を買いにデートした日だ。

 その日の夜、風呂に入っている時だった。

 脱衣所に置いてあったスマホから着信音がしたため、陽からの電話かと思ったのでタオルを巻いてスマホを手に取ったけど、表示されていたのは非通知という文字。

 本来だったら出ることなく切るところなのだが、陽はときどきこういったイタズラを仕掛けてくることがある。このイタズラに付き合うと、すごい嬉しそうな顔を見せてくれるため、僕は躊躇うことなく電話に出てしまった。

 あのとき僕はもう少し慎重に、陽だと決めつけずにいるべきだったのだろう。


「陽か~?非通知だと取らないことがあるとあれほど言っているじゃないか」

『あのー。陽って誰ですか?』


 んっん~?

 あれ?珍しく本物の非通知電話だった?

 いや、陽が家族の誰かにやらせている可能性が僅かにだけどあるからな~。

 けどこの声、陽の家族の中の誰かには当てはまらないような・・・。


「あー、すいません。どちら様でしょうか?」

『わざわざ非通知の私に丁寧に・・・ありがとうございます』


 電話の向こうの声が泣きそうになっているのは聞かなかったことにしてあげよう。


『えっと、私は神条(かみじょう)(てる)という者ですが、神山(かみやま)宗吾(そうご)さんで間違いないでしょうか?』

「はい、そうです。架空請求とかだったらこのまま警察行きますね」

『あ、いえ、そういうのじゃないんです。ちょっとお願い事を───』


 電話を切ると、陽に変な電話来たから、少しスマホの電源を落とすと連絡してから電源を落とす。

 これで諦めるだろうと思っていた。

 しかし、なぜか鳴り響く着信音。

 恐る恐る手に取ると、今度は非通知表示ではなく、神条照と表示されていた。

 電話帳に登録していないのに名前が出ていることに戦慄しながら電話を取らずに切ると、三度鳴る着信。

 今度はこちらが取ることなく勝手に繋がる。


『もう、急に切るなんて酷いじゃないですか。あの後も気がつかずに喋ってて恥ずかしかったんですからね。改めてお願い事の説明をさせて頂きます』


 恐怖に震えながら携帯の電源に触れるも、電源が切れる気配はない。


『───ということなので、異世界に来ていただけますか?』


 高い技術を持った電波さんの質問に答えられないでいる。

 何を言っているのか聞いてなかったし、最後のセリフも理解出来なかったからだ。


『沈黙は肯定ですね?では、あなたを異世界へと呼びましょう』

「は?」


 疑問を投げ掛けるよりも先に、目の前に光を一切反射しない真っ黒な球体が出現すると、繭を糸にするときのように細い糸を精製して僕を囲んでいく。

 きっと端から見たら、繭から糸を紡ぎだし、その糸で再び繭を形成しているように写るだろう。

 当事者である僕にはその様子が全く見えないが、これが理解の範疇を越える出来事であることだけは理解できる。


『それでは、使命を果たすまで異世界の生活をお楽しみ下さい』


 まだ繋がったままのスマホからそんな声が聞こえたかと思うと意識が暗転した




 涼しい風が僕の体に当たっているのが分かる。服越しなどではない、素肌に当たる素晴らしいほど心地のよい風だ。

 その風を満喫しながら・・・じゃねえよ!ここどこ?僕はダレ?風呂場にいたよね?てか、なんで全裸なんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!

 は?え?なんでぇぇぇええぇぇぇ‼


 ユーガットメール


 混乱の局地にある僕の耳に、聞きなれたバイブレーションの振動音と受信音が届く。

 音源を確かめると、こんな状況に陥る直前まで握っていたスマホが転がっている。その横には、割りと最近買ったはいいものの、使う気になれなかった日記帳と万年筆も置いてあった。

 こんな日記帳など今はどうでもいい。それよかスマホだ。

 メール画面を開くと差出人の名前には神条照の名前が表記されていた。


『やっほー。神様の照ちゃんだよー(*^ー^)ノ


 君を異世界に連れてきちゃった( ̄∇ ̄*)ゞ


 ちゃんと私の使命を果たしてね♪


 あ、下のは君をサポートする物だからちゃんとダウンロードするように。


 しなかったら、ぷんぷんがおーだぞい(*`Д´)ノ!!!』



 スマホを地面に叩きつけなかった僕の忍耐力を誉めてほしい。


「使命ってなんだよ!顔文字ムカつくんだよ!ああ、もう!ストレスがマッハだぁぁぁぁぁ‼」


 ひとしきり叫んで落ち着くと、荒い息を吐きつつもメールを削除。

 とりあえず現状をなんとかしないと。まずは着るものをなんとかしないと。

 今後の行動予定を脳内で組み立てていると、震えるスマホ。



『消しちゃうなんて酷いよ(。>д<)


 今度こそダウンロードしてね(´・ω・`)』



「マジで顔文字ムカつく!維持でもダウンロードしねえからな!」



『・・・もしかして怒ってる?┃ω・`)ジー


 でも、ダウンロードしなきゃダメだよ(;>_<)


 さ、入れよう( ^∀^)』



「え?なに、こっち見てんの。ストーカー万歳?成る程これはドッキリか」



『あれれ?混乱したのΣ(゜Д゜)


 もう、この程度て混乱してたら生き残れないぞ☆


 DA・KA・RA♪勝手にダウンロードしておいたよー(^∀≦)b』



 ・・・ウイルス除去アプリで消せないか試してみたが、除去されることは無く、顔文字付きで『私神様だもん。ウイルスじゃないよ。ぷんぷん』と帰って来た。僕明日には禿げてるんじゃないかと心配になってしまう。

 もう諦めて、大人しく勝手にダウンロードされたアプリを起動することにした。

 アプリの名前が『あなただけの神様です(*´ω`*)』であることにはツッコミは入れない。入れないぞ!

 アプリを起動させると、四つの項目が出てきた。

 『ステータスチェッカー』『私とあなたの秘密の交信♪』『割り振りスキル』『ドキドキミニゲーム』

 心を殺してステータスチェッカーをタップして出てきたものを見る前に、空気にさらされていた僕のおしりを、湿った何かが背中にかけて走った。

 その不愉快さに、全身に立つ鳥肌を抑えながら、背後を振り向く。

 振り向いた先には体高が僕とほぼ同じぐらい。体長は眼前にある顔のせいでろくに見えないけど、きっと相当に大きいはずだ。

 四足歩行で緑色の体毛に覆われたそいつは、どこから見ても虎にしか見えない。


「・・・やあ、こんにちは。それじゃあ僕はこれで」


 きさくに声をかけると、刺激しないようにゆっくりと下がる。

 距離がある程度開いたところで、(ぼく)を逃がしてくれる訳もなく、宙に身を踊らせて襲いかかってきた。

 僕手早く少ない私物をかき集めると、全力で走ることにした。だけど、いつもよりも体に力が入っている気がする。

 実際、後方に流れていく景色が普段より早い。

 この疾走感を味わう暇も無く、背後から近づいてくるプレッシャーに耐えながら走り続けるしか生き残る道はない。

 熱い息が背中に当たり、もうすぐ後ろの殆ど距離の無い位置に虎がいることが分かってしまう。

 死ぬかもしれない恐怖に涙が溢れてくるも、死にたくないと本能で叫び、足が止まることは決してなく、きっと最期の一瞬まで抵抗を続けるはずだ。


 そんな宗吾の足に、何か固いものがぶつかり、転倒してしまった。

 勢いの着いた体は前に放り出され、地面を二転三転と転がってようやく止まった。

 全身に擦り傷をこさえる全裸の男が、虎から必死に逃げようと、四つん這いになって這っている光景はシュールであるが、当事者からすれば生きるか死ぬかの瀬戸際でその形相も歪む。

 虎は宗吾の足をくわえると、首を大きく振って地面に何度も叩きつける。

 叩きつけられる度に喉の奥から奇妙に聞こえる音が漏れ、徐々に体から力が抜け、意識も遠ざかって視界が霞む。

 加えられていたハズの足からブチブチと嫌な音がすると、僅かな浮遊感を感じて背中から地面に落ちる。


「う・・・ぁあ・・・」


 口からまともな言葉が出てくるわけがなく、痛みと出血で動くことすらままならない。

 頭を死という文字で埋め尽くされた頃には、虎は跳躍して飛びかかってきていた。

 虎の鋭い爪が触れるか触れないかの所で、突如目の前から姿が消え、虎の代わりに細い棒が転がっている。血の足らない脳ミソでは、その意味を理解できずにただその空間を力の無い目で見つめることしか出来ない。


「ガスノサ、この子治癒頼むわよ。私はあの猫を仕留めてくるわ」

「分かった。姉御も気を付けろよ」

「その姉御って呼ぶの止めてって・・・・・・回言ったら・・・しら?」

「何・・・・・・・・・び方・・・・・・い・・・」


 意識を完全に手放した宗吾の耳には、中途半端な言葉の羅列が聞こえただけだった。

のんびりやってくつもりです。

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