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飼い犬達の過ごし方  作者: 無口な社畜


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7/13

第7話 狂気の手紙と呪いの手紙

 拝啓

 お兄さま。いかがお過ごしでしょうか?

 こちらはロムお兄様とお父様が毎日罵り合ってとても居心地のよい風景が広がっています。

 お兄さまのご卒業が決まり、本家様とのお付き合いが始まると喜んでいた先月とはうって変わって責任のなすりつけあいをしているさまは、とても心地の良い歌を聞いている気分です。

 さて、この度届くかどうかも分からないこの手紙を書いている理由といたしましては、来年度より私、シルマ・アスタロトも王立大学に通う事になった為、そのご報告と、そちらでお兄様とお会いできる喜びを抑えきれないためでありました。

 どうも、もう本家に戻れなくなった現実から逃げるため、私を良い家柄の男性に嫁がせる為の箔が欲しかったようでございます。

 実にふざけた話だと思いませんか?

 私には既にお兄さまがいるというのに……。

 

 この度この手紙には敢えて『レムス・アスタロト』と記させて頂きました。

 これは私が現実を見ずに、お兄さまがアスタロト家の家系から抹消された事を認められないからではございません。

 これから先、きっとお兄さまは再びアスタロトの名を名乗るであろう現実を見据えてのことでございます。

 確かに、お兄さまはアスタロト家の人間では無くなりましたが、それは私とお兄さまが家族としての繋がりを失った事と同義になると思われます。

 ならば、その繋がりを再び結ぶことが出来るのは、嘗て妹であった私以外にないと思いませんか?

 この度こうしてお兄さまと家族としてではなく、唯の男と女として『再会』する事が出来るのは、きっと神様のお導きであると信じております。


 では、長くなりましたが、春に再び会える事を楽しみに締めの挨拶とさせて頂きます。


 敬具


 貴方のシルマより


 愛するレムスお兄さま



~~~~~~





 ………………。


 ナンダコレハ。


 俺は石畳の床の上で胡座を組んで手紙を読んでいたのだが、その手紙を取り落としながら状況を理解できないまま混乱の最中に放り込まれた気分だった。


 俺は封筒を取ると、裏面を確認する。

 そこに書かれていたのは、シルマ・アスタロト。

 間違いなく俺の妹の名前である。

 

 俺は手紙を拾い再びざっと中身を見直す。

 そこに書かれていたのは、狂気に満ちた戯言の数々だった。

 間違いなく俺の妹の文面ではない。


「……何だこれは」

 

 思わず口に出してしまう程ファンタジーな内容だった。


「お、手紙か?」


 そんな俺の様子を、先程まで窓枠で懸垂をしていたマッソーが声をかけてくる。

 首にタオルを掛けて顔の汗を拭きながら上半身裸で近づいて来るが、最近では全く違和感を感じない。

 慣れというのは恐ろしいものである。


「いいねー、若い者は。俺なんか奴隷になってからこの方もう何年も手紙なんて貰ってねぇよ」

「……読みます?」


 苦笑しながらそう言ってきたマッソーに対して、俺は手にしていた手紙を彼に向かって差し出す。

 そんな俺の行動に、マッソーは俺と手紙を交互に見ながら不思議そうな顔をする。


「いいのか?」

「どうぞ」


 俺の言葉にマッソーは手紙を受け取ると、俺の対面に胡座を掻いて座ると、無言で手紙を読み出した。

 しばらくして手紙を読み終わったマッソーは、俺に手紙を手渡しながら感想を口にした。


「愛されてんな」

「これ書いたの、妹ですよ?」

「……愛されてんな」

「……どうも」


 無言になる2人。

 何だこの空気。

 よもやこの2人でこんな空気になる瞬間が来るとは夢にも思わなかったぞ。

 なんて恐ろしい手紙なんだ。


 お互い無言になって妹の手紙を見ていたのだが、ふと、マッソーの視線がもう一通の手紙に向いているのに気づく。

 顔を上げると、マッソーも顔を上げ、実に言い難そうに、しかし、しっかりとした口調で俺に尋ねる。


「読まんの?」


 マッソーの言葉に、俺は無言で2通目の封を切る。

 元々は嫌な予感がしたのはこちらの手紙だけだったので、気分を落ち着ける為に先に妹の手紙を読み始めたというのに、どうしてこうなった。

 俺は無性に嫌な予感を抱えたまま、問題の手紙に目を通した。




~~~~~~


 初めてお手紙差し上げます。私の事、覚えておいででしょうか?

 貴方と初めて顔を合わせてからどれ程の月日が流れたでしょう。

 お変りのない元気な姿を拝見し、喜ばしく感じると同時に耐えようのない憤りを感じている次第でございます。

 さて、この度お手紙を差し上げるに至った経緯としましては、貴方の主人たるミーティアには聞かれたくない話が含まれているからにございます。

 無論、私ではなく、貴方様が聞かれたくないであろうお話です。

 

 貴方はお忘れになっているようですが、私達は嘗て一度だけ会った事がございます。

 ネビロスという名前を覚えておいででしょうか? 彼は私の二人いる兄の一人であり、私の双子の兄にあたります。

 名前は思い出せなくとも、本家で会った栗色の髪を持つ少年。と言えば思い出されるかと思います。

 そうです。貴方が家名を失うきっかけになった少年の名前です。


 貴方がその少年との関わりにおいて家名を失った事。

 その事実を喜んでいるのか、嘆いているのかはわかりませんが、私にとっては先日の貴方様の幸せそうな態度は、実に不快そのものでございました。

 あの事件において、不幸になったのは私一人だけではない。

 その思いを、貴方様はその待遇を持って打ち砕いて見せたのですから。


 ミーティアと共に過ごす生活はさぞ幸せな事でしょう。

 穏やかな事でしょう。

 私はこんなにも苦しんでいるというのに、不公平だとは思いませんか?

 私にとって、貴方も不幸になる事が、この生活を続ける為の最低限の活力なのです。

 ですから、単刀直入に申し上げます。


 今すぐ地獄に落ちてください。

 

 死ぬ事は許しません。

 生きたまま責め苦を受け続けてください。

 生き地獄の中で絶望しながら、苦しみぬいて死んでください。

 そして、その姿を私に見せてください。

 それだけが、今の私にとっての慰めです。


 この度敢えて宛名に『アスタロト』と記させて頂いた理由としては、この先決して逃がさないという私の決意の表れでございます。

 先日貴方とお会いして、その居所を知ることが出来たのは、神様のお導きだと信じます。

 きっと運命なのだと。

 

 ささやかながら贈り物も同封いたしました。

 それを肌身離さず身に付ける事で、貴方の身に不幸が訪れる事を願い、締めの挨拶とかえさせて頂きます。



 スピカ・アスタロトより


 レムス・アスタロト様


 追伸

 殺したいほど憎い



~~~~~~




 ………………。


 ナンダコレハ。


 俺は震える手で読みにくくなった文面から目を離しながら、目の前にいたマッソーに視線を向ける。

 マッソーは真顔だった。

 真顔で何かを手にしていた。

 手にしていたのは薄い茶色の何か。

 いや、本当はわかっている。

 分かっていて現実を見たくないだけだ。

 

 それは薄茶色の毛のような物で編み込まれた腕輪だった。

 その他にマッソーは反対側の手の平に乗せられたものも見せる。

 それは見ようによっては指輪のようにも見える。


「……これ髪の毛じゃね?」

「……お願いだからそれ言わないでもらえます?」


 恐らく封筒の中に入っていたのだろう。

 その物体から目をそらしながら、俺はマッソーに手紙を押し付ける。


「……読みます?」

「……読まなきゃダメか?」

「毒を食らわば皿までって言葉知ってます?」


 マッソーは心底嫌そうな顔をしたあと、渋々と言った感じで手紙を手にして無言で読み出す。

 しばらくして手紙を読み終わったマッソーは、俺に手紙を手渡しながら感想を口にした。


「……恨まれてんな」

「これ書いたの貴族の娘なんですけど」

「……狂ってんな」

「……そうですね」


 俺達は床に置かれた2通の手紙と、大小2つの輪っかを見つめる。


「これの内容……お嬢様に報告しなきゃならないんですけど」

「え? 報告すんの? マジで?」


 マッソーは心底驚いたような表情をした後、床に置かれた物体を見る。


「……黙ってた方がいいと思うけど」

「でも、お嬢様から直接受け取った手紙ですし、お嬢様の親友ですし……」


 俺の言葉にマッソーはガシガシと頭を掻く。

 本気で何か考えているようなその態度は、この男の面倒見の良さが伺いしれた。


「じゃあ、この手紙のいい所だけ抜き取って報告しろ」

「いい所ってどこですか?」

「殺したいほど憎い」

「それのどこがいい部分!?」


 俺の言葉に、マッソーはまあまあと言いつつ言葉を続ける。


「あくまでお嬢様にとってのいい部分だ。あいつはお前とこの嬢ちゃんが仲良くなるのを恐れてるんだろ? なら、お前とこの嬢ちゃんが昔会った事がある部分は伏せて、悪口ばかりが書いてあったって報告すりゃいいんだよ」

「あ、なるほど」


 一理ある。

 頭の中は筋肉がパンパンに詰まっているだけの脳筋野郎だと思っていたが、それなりに頭が働くらしい。

 とりあえず、この場は感謝したい。


「それじゃあ、そう報告してきます」

「おう。あ、レムス」


 お助様の元に向かう為に立ち上がった俺に対して返事をした後、思い出したように呼び止めるマッソー。


「なんです?」

「これ、してかねえの?」


 そう言いながらマッソーが差し出してきたのは、サラサラの髪の毛で作られたブレスレットとリングだった。


「……するわけ無いでしょ」

「何で? 肌身離さず身に付けろって書いてあっただろ」

「どうして呪われてるとわかっているアクセサリーを装備しなきゃならないんですか……」


 一度身につけたが最後、二度と外れないような気がした。


「じゃあ、捨てんの?」

「いえ、それもちょっと……」


 捨てたら捨てたで呪いが飛び込んできそうな気がする。

 なんて恐ろしいアイテムを送りつけてくれたのだ。


「とりあえず、俺のベッドの上にでも置いておいてください。後で封印しときます」

「了解だ。ま、頑張れよ」


 重い足取りで屋敷に向かう俺に、マッソーがまるで死地に向かう戦友にそうするように、ビシッと敬礼するのが見えた。


 それにしても……。

 

 こうして巡り巡って幼い頃の過ちが巡ってくるあたり、俺にとっての災難は終わらないのだろうなと感じたのだった。

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