第6話 オフと手紙と賄いと
仕事を始めて二週間が過ぎた。
一週間前にちょっとしたイベントはあったものの、その後は平和に過ごせていると言える。
基本的に俺の仕事はミーティアに何かあった時の身代わりなので、今生きている時点で何事もなかったと言えるのだが。
何かあった時点で既に命はないので、こうして朝食を食べる事も出来ないのだ。
そんなわけで、現在俺は朝食の真っ最中であった。
場所は餌場と呼ばれる簡易的な台所で、俺達が寝泊まりしている犬小屋の左端に位置する部屋だ。
ちなみに、俺達のように屋敷付きではなくミーティアやシハーブ付きの個人契約の付き人がこうした簡易住居に押し込められているらしい。
屋敷付きのメイドや執事などは屋敷の中の与えられた部屋で生活しているらしいので、初めは羨ましくも感じたものだが、今ではこうした生活も結構いいと思い始めていた。
その理由の一つが、目の前に並べられている朝食である。
「うーん。朝はやっぱりオムレツだねぇ」
その朝食をのんびりした口調で絶賛しながらハムハムしているのが、同じ主人に仕える同僚であるカレンだ。
ちなみに、この朝食は彼女の手作りなので、はっきり言って自画自賛であったが。
初めて彼女に会った時はプロ意識の高い人だと思っていたものだが、こうして仕事外で接するようになってくると、そのギャップに脱力しそうになる。
まあ、流石に慣れてきたのだが、それでも朝っぱらからよく分からない話をしていると妙に気疲れしてしまう事もあるというものだ。
「美味しい?」
「ええ。美味ですよ」
料理を口に運びながら首を左右に振っていたカレンだったが、唐突に俺に料理の感想を求めてきた。
最も、これもいつものことなので、俺も普段と全く同じ言葉を返す。
正に、ビジネスライクな付き合いだ。
「よかったねぇ。護衛は体が資本だから、いっぱい食べてね。それこそ、明日は料理自体食べられなくなっちゃうのかもしれないんだから」
だが、残念ながらそう思っているのは俺だけで、勤務外のカレンは何かと俺に絡んでくる。
ちなみに、さっきから結構酷い事を言っているが、本人に悪気は全くない。
始めの頃に話を聞いた所、護衛が次の日突然いなくなる事を何度か経験してそうなってしまったらしい。
今はかなり平和だが、ひょっとして小さい頃のミーティアって結構いろんな人間に狙われていたのだろうか?
……と、この話を初めて聞いた頃はそう思ったりしたものだが、今ではミーティアに解雇されたか、ミーティアに嫌気が差して辞めたか、ミーティアに亡き者にされたかのどれかだと思っている。
俺的には一番最後の事案が最も有力だ。
「そう言えばぁ」
朝食を食べ終えて食器を片付け始めた頃に、カレンが何やら思い出したように言ってくる。
「今日朝食を食べたらお部屋に来るようにお嬢様が」
「え? 今日オフじゃありませんでしたっけ?」
カレンの言葉に、俺は頭の中のスケジュールを確認する。
今日のミーティアは何の予定も入っていなかった筈だ。
更に、俺は前回の例から昨日それとなくミーティアに今日の外出の有無を聞いている。
ちなみに答えはNOだった。
つまり、今日は完全なオフ。
一日中ミーティアの顔を見なくて済む日。
超ハッピー。
の、筈だったのだが。
「なんかー。レムスに話があるみたい」
ニコニコと要件を告げてくるカレンに、悪態を付きたくなる気持ちを必死でこらえる。
カレンはただミーティアからの伝言を伝えているだけなのだ。
それが何だか人を小馬鹿にしているような、他人事のような、とにかくムカつく態度だとしても仕方なくしているだけなのだ。
「変な顔ー」
色々と我慢していたから確かに変な顔をしていたのだろうが、無遠慮に指摘してくるカレンにちょっとだけ殺意が沸いた。
この人はこういう所がなければ料理も上手いし実にいい人なのだが……。
部屋に来いと言われた以上、参上しないわけにもいかない。
俺はあの後カレンに朝食のお礼と別れの挨拶をし、戻った部屋でマッソーに嫌味を言われた末にミーティアの部屋の前に来るに至ってた。
それにしても、勤務時間が不定期でほぼ一日オフの日もあるにはあるのだが、丸々一日オフというのは未だに体験した事がないな。
勤め始めて二週間経っても完休日がないってどうなのだろう?
マッソーの言うように奴隷だからだろうか?
いや、奴隷というには暇すぎるな。
普段の仕事はもう少しきつくてもいいから、完休日はちゃんと作って欲しい。
俺は心の中で今日というオフに別れを告げると、気持ちを切り替えて目の前の扉をノックした。
すると中から「どうぞ」という声が聞こえてきたので、俺はドアを開ける。
相変わらず広い部屋だ。
カレンとは違い俺の役目は外出時の護衛と親類に会う時の護衛だからこの部屋に入る機会はあまり多くはない。
だからこそ、一週間前に見たとある貴族の娘の部屋と、元実家の貴族の娘の部屋と比較してしまう。
一週間前の貴族の部屋と比べると広さはあまり変わらないが、家具や装飾品はミーティアの方が充実している。
まあ、引き籠もりの部屋と比べること自体おかしな所ではあるが。
俺は更に元実家の貴族の娘の部屋とも比べてみる。
そちらとは何というか……軽くコールドゲームだな。
妹よ。強く生きろよ。
心配しなくてもお前ならいい所の坊ちゃんと結婚できるさ。
もう6年もの間会っていない妹を心の中で慰めていると、事務机の席に着いていたミーティアが面白くなさそうに2通の封筒を机の上に投げた所だった。
「ひょっとしてお使いですか?」
何となく要件を察した俺が先に声をかけたわけだが、そんな俺に対するミーティアの行動は、机の上に置いてあった文鎮を俺の頭に投げつける事だった。
「いきなりなんですか。まずは『おはようございます。お嬢様』でしょう?」
「……おはようございますおじょーさま」
俺は左手で文鎮が当たった額を押さえながら屈み込むと、床に落ちた文鎮を拾う。
銀製の文鎮は所謂立方体で、角に当たったらさぞかし痛そうだ。
というか、当たったのは正に角だったので、さぞかし痛かった。
「それで、改めてお伺いしますが、こちらのお手紙を届ければよろしいですか?」
俺の言葉に、ミーティアはジロッと睨んだ後腕を組む。
何とも嫌な態度だが、この人にとっては今更だ。
むしろ、いきなり罵倒されなかっただけマシだと言える。
「届けたいのであれば勝手に届けなさい」
時間差で罵倒はきたが。
せっかくのオフのはずだったのに、どうして朝から不機嫌なミーティアの相手をしなければならないのだろう。
しかし、ここで無碍に扱うとそれこそ最悪の事態にもなりかねない。
俺は一言断りをいれると、投げ出された手紙を受け取り、届けるために封筒に書かれた宛名を見る。
「……あれ?」
おかしいな。
この手紙2通とも宛名が同じだぞ。
ミーティアの奴、同じ相手に違う内容の手紙を送るつもりなのか?
ああ、そういえば小説か何かで読んだことがあるな。
こういうのは大体一通はカムフラージュで、残り一通が本物なのだ。
顔に似合わず結構本格的な事をするな。
ちなみに相手は誰だろう?
家名が書いてあるから平民ではあるまい。
そもそも、大学時代に友達いなかったから当然か。
名前はレムス・アスタロトか。
アスタロトっていうと、この間行った元実家の本家の方か?
しかし、アスタロト家でのミーティアの知り合いと言えばスピカくらいしか知らないが。
いや、俺が知らないだけで他にも仲の良い人物がいても不思議ではないか。
それにしても、レムスというと男かな?
男に手紙とかミーティアは同性愛者じゃなかったのか?
いや、レムス? レムス・アスタロト? 何処かで聞いた事が……。
「って言うか俺ぇ!?」
「反応が遅い!!」
手紙を手に驚きの声をあげた俺に対して、先程の文鎮を今度は先ほどとは比較にならない威力で投げつけてくるミーティア。
ものすごい衝撃が額から後頭部まで駆け抜け、冗談抜きで目の前に星が舞った。
これは、朝カレンと話した会話の内容が現実になる気がした。
くそう。俺は絶対に明日も朝食を食うぞ。
「お嬢様。とりあえず言いたい事は山ほどあるのですが、先に聞きます。この手紙は何ですか?」
「言いたい事が山ほどあるのは私です!!」
俺の言葉を無視するように、ミーティアは机を両手で叩きながら立ち上がる。
その際けたたましい音が彼女の背後からした事を考えると、座っていた椅子が倒れたのだろう。
「妹の方は別に構いません。勘当されたとはいえ血の繋がった兄なのですから、心配するのもわかります。しかし! しかしです! 何故あの娘が私にではなくあなたに手紙を出すのですか!!」
激昂するミーティアをよそに、俺は二通の手紙の裏表をそれぞれ捲って確かめる。
一通目の差出人はの名はシルマ・アスタロト。俺の妹の名である。
届け先は俺が以前住んでいた学生寮になっているから、大学からこちらに送られてきたのだろう。
なんだかんだで就職できたことをキャリアセンターの方には報告していたから、届いたとも言える手紙だ。
コイツは後で新しい住所を添えて返信してやろう。
しかし、問題はもう一通だった。
もう一通の差出人の名はスピカ・アスタロト。
揃いも揃ってアスタロトの家名を持つ人間からそれぞれ届いた手紙ということになる。
一通目はともかく、二通目は意味がわからなかった。
「どうしてアスタロト本家のお嬢様から私宛に手紙が届くのです?」
「それを! 私が! 聞いているのです!!」
髪を振り乱しながら机を叩き続けるミーティアに若干恐怖を覚えないでもなかったが、ここで俺まで取り乱してしまったらとんでもないものの共演が始まってしまう事だろう。
だから、俺は努めて冷静にお嬢様に進言する。
「とりあえず、中身を確認してから報告。という形に致しますか?」
「……そうですね。そうして下さい」
ミーティアは俺の言葉を聞くと、ようやく自分の痴態に気がついたのか、オホンと態とらしく咳をしたあと席に着いた……。
つもりだったが、椅子が倒れている事をすっかり忘れていたらしい。
そのまま豪快に後方に倒れこむと、「きゃあっ!」と、らしくもない可愛らしい悲鳴をあげた。
ちなみに、白だった。
「では、失礼いたします」
俺は一連の流れで多少気分が晴れたので、恭しく頭を下げた後、退出する。
退出し、廊下に出た辺りで「出て行けー!」という叫び声が聞こえた気がしたが、聞こえなかった事にした。
それにしても、同性愛者の嫉妬って怖いわぁ……。




