表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
飼い犬達の過ごし方  作者: 無口な社畜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/13

第5話 無駄飯食らいと引き籠もり

 小さな頃の記憶というのも意外と馬鹿に出来ないものである。


 玄関の脇に佇んでいた執事と思われる青年と一言二言言葉を交わした後に屋敷に入る事を許可されたミーティアに付いて歩くようにしていた俺とカレンだったが、ぼんやりとだが記憶の断片がパズルのピースのようにはまっていく感覚を味わっていた。


 ミーティアが向かっているのは恐らく家人の自室があるエリアだ。

 そもそも、『友人に会いにいく』と発した訳だから当然なのだが、俺の記憶の中の従兄弟の少年が、庭に出る前に現在俺達が向かっている方角を指さしながら、自室の場所を教えてくれたのである。

 その時に庭で遊んだ後は部屋で遊ぶ約束をしていたのを思い出す。

 あの時、あまりに衝撃的な展開が続いたため、すっかり忘れていた事を思い出したのは、今日この時この場所に足を踏み入れたからだろう。


 しかし、俺の事を知っている人がいない事を祈るばかりである。

 仮に知り合いに見つかったとしても、あの時の兄貴の方とかお祖父様だったならまだいい。

 恐らく、超絶に見下した眼をした挙句に「出て行け」の一言で済むだろうから。


 最悪なのは、当事者である少年に会った場合だ。

 最も、今では少年というよりは青年といった風貌に変わっているだろうが、優しくしたはずなのに手痛いしっぺ返しを貰った親戚の人間を忘れている事もないだろう。

 最悪、俺のようにトラウマになっている可能性すらある。

 もしくは、あの時結構酷い怪我をしていたようだったから、その傷が元でひねくれてしまうなんて事も充分考えられる。


 そう考えると、胃がキリキリしてきた。

 元より腹筋は痛かったのだが、外側ではなく内側が。

 10年以上の歳月が経っているわけだし、こちらの外見変化と合わせて忘れてくれているといいのだが……。


 そうこう考えている内に目的の部屋に到着したようで、ミーティアは一つの扉の前に佇んでいる。

 右手を胸に当てて深呼吸をしている所を見ると、若干緊張しているのかもしれない。

 やだ。あの人でも緊張なんてするんですね。

 てっきり、心臓に毛が生えている剛の者だと思っていただけにびっくりだ。

 そんな事を考えていた俺に対して、ミーティアがジロッと睨んでくる。

 ふん。そんな目をした所でこちらの考えなど分かるまい? そう何度もヘタを踏む私ではないのだよ。


「そんな所で何をしているのです。早くこちらにいらっしゃい」


 しかし、カレンと共にドアの横で佇んでいる俺に掛けられたのは、同行の指示であった。


「私が一緒に……ですか?」

「他に誰がいるのです?」


 チラリとカレンの方に視線を向けた俺だったが、ミーティアはゆっくりと首を振る。


「人に会話を聞かれたくない人間というのもいるものです。覚えておきなさい」


 俺ならいいのか?

 ふと、そんな疑問が浮かばないでもないが、ここで逆らった所でどうにもならないだろう。

 むしろ、廊下でずっと立っているよりも、娘さんの部屋に入った方が親族の人々には見つかりにくいかもしれない。

 あるいは、ああ見えてその辺の考慮をしてくれた可能性もあるな。

 なので、俺は最大限の敬意を込めて、右手を前方で曲げ、軽く頭を下げながら恭しく申し出を受ける。


「御意」

「……その巫山戯た態度は止めなさい。どこかの筋肉を思い出します」


 最も、俺の最大限の敬意はミーティアの汚物を見るような視線で台無しになったのだが。

 




 何故か鍵を持っていたミーティアと共に入室した俺が最初に感じた感想は、『気味の悪い部屋』である。

 入った瞬間ムワッとした空気が全身を包み、昼間なのに薄暗い部屋に対してそれ以上納得のいく感想があったらむしろ聞いてみたいくらいではあったが、貴族のお嬢様の部屋に対して語る感想では無いのは確かなので口には出さない。

 俺達が部屋に入った所を見計らってカレンがドアを閉めてくれたのだが、今回に限っては余計な事をしてくれたと感じる。

 閉じられ、密閉された空間は先程よりも強い圧迫感を感じるばかりか、2割程度暗闇が濃くなったように感じる。

  というか、何でこの部屋は窓という窓の遮光カーテンが閉じられているのだ。これではどんな健康な人間も鬱病になる事請け合いだ。


「……まだこのように閉じこもっているのですか」


 すると、暗闇に向かって突然語りかけるミーティア。

 初めは俺に声をかけたのかと思ったが、そもそも俺は閉じこもっていない。

 閉じこもっていたいと思っていた所を突然呼び出されてこんな場所に連れてこられた哀れな飼い犬である。


「……何しに来たの」


 しかし、驚いた事に返事が返ってきた。

 声から察するに女性。いや、少女だろうか。ミーティアの友達と言っていたから、同じ位の年かもしれない。

 ちなみに、ミーティアの年齢は18。逆算すると12歳で王立大学に入学した事になる。

 優秀な人間というものはどこにでもいるものである。


「この度王立大学を卒業するに至りましたので、その報告と──」


 そこまで言って、ミーティアは僅かに体を横にずらす。

 すると、ちょうど俺の目の前に部屋の奥に置かれたベッドが現れた。


「新しい犬の紹介ですわね」


 人前で平然と言ってくれるなぁ……。

 まあ、こっちも今更改善要求などしないけれど。

 俺はとりあえずベッドに向かって頭を下げると、ゆっくりと元に戻す。

 すると、多少は暗闇に慣れたこともあり、ベッドの上にある‘物体’にようやく気がついた。


 物体……。

 そう、どう見てもそうとしか形容できない。

 下半身はベッドの中に入り込んでいるのであろう、僅かに膨らんでおり、特におかしな所はない。

 おかしいのは上半身だ。

 ベッドから出され、布団の上に放り投げられた両手はさながら骸骨の様に骨ばっており貴族の娘としては異常だと思う所ではあるが、それよりもインパクトがあるのが彼女の持つ頭髪である。

 色は多分、茶か金か……暗くてよくわからないが、多分薄い色の髪の毛だと思う。

 どうしてそう思うかというと、もう何年も切っていないんじゃないかと思われるその前髪の隙間から僅かに部屋に差し込む光を反射した両目が見えたからだ。

 流石に、黒系の髪だとこうはいくまい。

 いや、それ以前に髪の量がやばい。

 ベッドの上に広がった円形の効果線。

 てっきり掛け布団の模様かと思っていたそれは、全て自前の髪だった。

 彼女の頭から流された髪がベッドの上や床にまで伸びて広がっているのである。


 怖い。本気で何かホラーの類かと思った。


「……犬?」


 呟いた後、こちらを見たらしい彼女と目が合った。

 これが、例えばこの家の庭にある庭園で会って目があったのなら若干ときめいたのかもしれないが、今この状況では怖いだけである。


「……嘘。男の人じゃないか……。ひどいよミーティア。僕が男の人が嫌いなの知ってるのに……」


 しかしながら、怖がったのはあちらの方だったらしい。

 なんだ、このもどかしいばかりの理不尽さは。

 

「そうやっていつまで逃げているつもりなのです。今回コレを連れてきたのは、少しはあなたに慣れて貰う為に……」


 ついにコレ呼ばわりされた。


「無理だよ……。男の人嫌だよ……」


 しかも、この返答。

 なんだよこれ。何のイジメですか?


「いい加減にしなさい。コレのどこが男に見えるのです? 犬以外の何者でもないではないですか」


 お前がいい加減にしろ。むしろ、男以外の何者に見えるのだ。

 多少熱くなったのか、親指を立てて後方の俺を指差すミーティアはムキになっているようにも見える。

 しかし、そんなミーティアにも前方の少女(仮)は首を振るばかりだ。


「仮に犬でも無理だよ……。だってそいつオスだもん」


 俺は一体何しにこの場に呼ばれたのか……。

 それとも、俺がこの家で犯した罪は、これくらいの仕打ちを受けなければ償えないということなのですか?

 何とも泣きたくなる話である。


「お言葉ですがお嬢様」


 だから、俺はついつい口を出してしまった。

 ミーティアが知り合いと話をしている時は努めて無言を貫く事を決めたはずだったが、流石にこれ以上は俺の精神が限界だった。


「そちらのお嬢様の言う通り、私一応人間の男のつもりなんですが」

 ミーティアは振り返って俺を見る。

 しばし見つめ合った後、何事か考えていたようだったが、ややあって僅かに頭を下げた。


「そうでしたね。貴方は少なくとも職務についている時はそこそこ信用の出来る忠犬でしたね」


 ミーティアの俺に対する評価は若干ながらレベルアップしたらしい。


「ちなみに、職務外では?」

「無駄飯食らいの駄犬ですね」


 と、思ったら気のせいだった。

 とりあえず、ミーティアにはその蔑んだ瞳を止めて頂きたい。

 毎回毎回事ある毎にその視線を投げてくるけど、本当に俺にそんな趣味ないんだけど。


「酷い言い草ですなぁ……こうしてお嬢様のプライベートに付き従う私を駄犬などと」

「深夜に腹筋の共演をしている犬に駄犬以外の扱いを受ける資格があるとでも?」

「何故それを」


 思わずたじろぎながら聞き返した俺に、ミーティアは勝ち誇ったような笑みを見せる。


「偶々趣味の夜間の散歩をしていた所、『フンッ、フンッ!』という声が聞こえたので部屋を覗いたのです」


 それ覗きやないかい。

 そもそも、趣味が深夜徘徊とかどうなんだよ。

 おちおち深夜に外を歩けないではないか。

 下手したらとんでもない人間にエンカウントしちまう。


「まったく……貴方も仮にも元貴族の身分であったのなら、人に言えない趣味は控えなさい」


 お前が言うな。

 そもそも、俺のあれは趣味じゃない。

 そう言い返そうとした俺だったが、そんな俺達の会話に食いついてきたのは意外な人物だった。


「元……貴族?」


 声のした方に目を向ける俺とミーティア。

 すると、声を発した本人たるベッドの上のご令嬢と目があった。

 しばし見つめ合った俺達だったが、彼女の瞳が見開かれたのがこの暗闇の中でもハッキリとわかった。


「嫌……嫌ぁ……」


 そして、弱々しい声を漏らしながら、貴族の少女はベッドに顔を押し付け泣き出してしまった。


「ちょ、ちょっと、スピカ……」

「嫌ぁ……」


 ミーティアの呼びかけにも首を振るばかりで話にならない。

 しばらく、少女の肩に手を載せて声を掛けるミーティアだったが、やがて諦めたのか、首を振って俺に向かって退出の意思表示を示す。

 どうやら、今日の面会はここまでらしい。


 俺達は薄暗い部屋をドアに向かって歩き、解放されたドアから漏れた光に思わず目を細めた。

 ドアの外にはカレン。

 恭しく頭を下げる彼女に対して、帰る旨を告げるミーティアをぼんやりと見つめる。

 

 その時、ふと……。


 後方から視線を感じたような気がして、俺はゆっくりと閉まるドアの隙間から部屋を見た。

 それは短い時間だったけど、ドアの光を浴びてその姿を晒した彼女の姿を俺は確かに見た。


 薄い栗色の髪に痩けた頬。

 目の周りは凹んだように落ちて見た目は完全に病人だ。

 しかし、涙で濡れた瞳は暗闇の中で感じたような弱々しいものでは断じてなく、確かに生気の篭った眼差しで。


 彼女は。


 ミーティアではなく俺を見ていた。







「もう10年以上引き篭っているのです。スピカは」


 帰りの馬車の中で、まるで世間話でもするようにミーティアは語る。


「子供の頃のあの娘はとても元気で、今とはまるで別人でした。それが……」


 そこでミーティアは苦虫を噛み潰したように忌々しく呟く。


「ある日、汚らわしい男に乱暴され、心が折れてしまったのです」

「乱暴? まさかレイ──」


 俺の言葉が終わる前に響く乾いた音と頬に感じる鋭い痛み。

 どうやら、ミーティアにビンタされたらしい。


「言葉を慎みなさい。もう発情期ですか? これだから躾のされていない駄犬は……」


 いや、飼い主はあなたですよね?


「ともかく、そんな事があり、今のスピカは誰にも心を開きません。お父上も、お兄さま方も色々と手を尽くしたようですが、全て徒労に終わったようで……今ではあのような腫れ物でも触るような扱いを受けているのです」


 俺は、俺が男と気がついた時の彼女の反応と、俺が元貴族だと知った時の彼女の反応。そして、帰り際の彼女の視線を思い出して腕を組む。

 心が折れる。

 本当にそうなんだろうか? 

 俺も心が折れる体験はしたことはあるが、あのような反応はしなかったように思う。

 まあ、反応は個人差があるのは分かるが。


「随分と心配しているのですね」


 しかし、俺は自分の中の違和感はこの際置いておいて、ミーティアのスピカに対する想いに素直に感心する。

 俺もこのように心配してくれる人間がいたのなら、ここまでひねくれなかったかもしれないから。

 いや、一応妹は心配してくれたな。

 最も、頼り無さ過ぎてイマイチ存在感がね……。


「そうですわね」


 ミーティアは俺の言葉に素直に頷く。

 瞼を下ろして少し俯きながら考えるさまは、何かを思い出しているようだ。


「あの娘は……私の初恋の相手ですからね」


 ……愛する故郷の妹様。

 今日僕は生まれて初めて同性愛者に会いました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ