第4話 腹筋王とハンデ戦
仕事を始めて一週間が過ぎた。
マッソーに脅されて随分とおっかなびっくり始めた仕事ではあったが、いざ始まってみると仕事自体はそれほど大変というわけでもなく、どちらかというと暇なくらいだった。
基本的な仕事の流れとしては、ミーティアが外出するか、親類と共にする仕事をする時は必ず同行し、傍で控える彫像となる。
この時、話しかけられた時以外の発言は厳禁だ。
一度、ミーティアの兄シハーブに紹介された際、駄犬扱いされて否定した所、ミーティアに思い切りヒールの踵でつま先を踏み抜かれて悶絶して以来肝に銘じている。
ちなみに、その時の傷は未だに青あざになっているくらいだ。
逆に、自室での仕事の時などはオフとなる。
その際の付き人はカレンというもう一人の付き人で、今までミーティアによく付き従っていた女性である。
年齢は俺よりも年上の24歳で、仕事中は業務に徹したプロだが、プライベートでは……いや、とりあえず今はそれはいいとして、現状ではミーティア専属の付き人は俺とカレンの二人のみで、基本的には外出時は二人、親族との対応は俺1人、ミーティアの内仕事の時はカレン1人。という割り振りだ。
マッソーは俺が入る事でミーティアの護衛からは外され、基本的には門番。有事の際は私兵としてシルフィール家の為に戦う事になるらしい。
我が儘なお嬢様の世話から解放されて喜んでいるかと思いきや、「門番は暇過ぎて困る」と嘆いていた。
俺からすれば護衛も充分暇なのだが、歩き回る事がある分まだましなのかもしれない。
ともあれ、ミーティアが外出しない場合はオフの場合が殆どという事なので、仕事をする日数はかなり少なくなるかと思っていたがそんな事はなく、むしろ、ミーティアがオフの時こそ本番なのだと気がつかされることになる。
「友人……ですか?」
今日のスケジュールでは来客や親族との会合もなく、外に出ての公務も無し。
所謂、ミーティア自身のオフの日であり、当然俺もオフになるだろうと思っていた。
思っていたので、マッソーと8時間耐久腹筋王決定戦を昨夜開催していた為、未だに腹が痛くてたまらないのだが、早朝早々ミーティアに呼び出され今に至るというわけだ。
ちなみに、腹筋王はマッソーに決まった。
「ええ。親友……いえ、幼馴染かしらね」
呼び出された理由は友人宅に行きたいので、その際の護衛をする事。
なるほど、確かに外出である。
よく考えてみたら普段は家に篭って仕事をしている事が多いのだから、反動でオフの日に外出したくなるのはよくわかる。
つまり、俺にとってはミーティアが休日の日こそ本業という訳だ。
そう考えた場合、1つ導き出される事実として、その前任者であるマッソーはその事を知っていたという事である。
あの野郎分かっていて昨日俺に勝負を持ちかけやがったな。
勝負を持ちかける時の挑発した顔と、終わった後の勝ち誇った顔を思い出し、腸煮えくり返る思いだ。
まあ、この一週間暇な日が多かったのも事実なので、別に異論はないのだが。
ちょっとしたハンデを背負ったくらいである。
「幼馴染と言う事は、お相手は貴族の方で?」
「ええ。それが何か?」
俺の言葉にチロリと目を向けて言ってくるミーティアに対して、俺は素朴な意見をぶつけるに至る。
「いえ。ただ、お嬢様は大学では一人も友達がいなかったのであ痛ぁ!」
俺の言葉が終わる前にヒールの踵で俺の足を踏み抜くミーティア。
それも、この間とまったく同じ箇所だ。
鬼かコイツは。
「大学時代馬鹿にされていた貴方に言われたくありません」
「お言葉ですが。馬鹿にされていたかもしれませんが、少ないながらも友人の1人や2人御免なさい!!」
思わず反論してしまった俺だったが、再び足を持ち上げられた時点で危険を察して謝ったのだが、無常にもヒールは俺の足の甲に振り下ろされた。
声にもならない痛みとはこの事である。
「『御免なさい』ではなく、『申し訳ございません』でしょう? 何度言ったらわかるのかこの犬は」
「もうしわけございませんおじょーさま」
今日初めて言われましたとは言わない。
流石の俺も学習能力はあるのである。
そんな俺に対して「いらっしゃい」と言いながら退出するミーティアの後を、片足を引きずりながら付いて行く俺。
とりあえず、出発前にハンデが2つになった。
玄関まで歩いていくとそこではカレンが控えており、流れるような動作で日傘を開き、ミーティアが陽の下に足を踏み出すタイミングで違和感なくその身に陽の光が降り注ぐのを防ぐ。
うーん、プロだ。
そんなカレンと目が合い、カレンの視線が俺の顔から足、そして再び顔に戻り、一瞬だけ、本当に一瞬だけ悪戯っ子のような笑顔を浮かべる。
しかし、すぐに仕事モードに戻ったカレンに俺は頬を掻いて苦笑すると、二人の後について歩く。
貴族の家までは馬車での移動だ。
俺達は門の前で止められていた馬車に乗り込むと、貴族街の中をスルスルと移動を始めた。
同じ貴族街という事でそれほど時間をかけずに目的地にはつくらしい。
基本的には移動中の馬車の中での行動は自由なのだが、いつかのマッソーのように腕組んでふんぞり返るわけにはいかない。
マッソーは親父様直属の護衛だったが、俺はミーティア直属の護衛である。
親父の私物には流石に手も口も出せないであろうミーティアも、自分の私物には容赦のない私刑を断行する事だろう。
現状の席順はミーティアとカレンが隣り合って座り、俺がミーティアの正面に座るというスタイルであるため、俺の現時点の弱点である右足甲が丸見えだ。
弱みを見せる訳にはいかないのである。
「着きましたね」
ミーティアの言葉に俺は窓の外へと目を向ける。
最初に説明があった通り、本当にすぐに着いたな。
これなら、別に馬車を使わなくても良かったんじゃないか? とも思ったが、徒歩で移動したら30分位掛かっただろう。
流石に、貴族の箱入り娘? に、そんなに長時間歩かせる訳にもいかないだろう。多分。
馬車が止まると、まず俺が外に出て安全を確認した後にドアを開ける。
その後をカレンが外に出て、素早く日傘を指した所でミーティアが大地に立つ。
地面に降り立ったミーティアは立ち止まったまま首を上げ、目の前の屋敷に目を向けていた。
俺も、それに釣られるように目を向けると、目の前の屋敷を観察する。
非常に大きな屋敷だ。
大きさだけで言えばシルフィール家の屋敷よりも大きいかもしれない。
庭には大きな庭園があり、沢山の使用人が薔薇をを初めとした美しい花々の世話をしているのが見える。
玄関や窓枠など外から見える部分はゴテゴテとした装飾品が目立ち、どちらかといえば悪趣味だ。
この様子ではきっと中も悪趣味な……。
「……あれ?」
なんだこれ。
なんか見覚え無いか? この場所に。
そうだ、あの庭園。
あの庭園の形は、家の壁を伝うように一周して、ちょうど反対側に……。
そう、あんな形の……。
冷や汗が垂れたのが自分でもわかった。
幼い頃の思い出。
俺の不幸の始まりとなったトラウマ。
「あなたにとっては懐かしい場所ではないですか?」
呆然としていた俺にミーティアの冷たい声が無情に響く。
「私の友人の名はスピカ・‘アスタロト’。ここ、インカローズ王国の有力貴族」
そこで俺はようやく視線をミーティアへと移す。
その表情は、とても冷たい氷のような微笑を浮かべていた。
「アスタロト本家、次期当主の末の娘です」
この日、俺は本日3つ目のハンデを負った。




