第11話 宴の誘いと現物支給
その日は一通の手紙から始まった。
「晩餐会……ですか?」
もうすっかり春麗らかな気持ちの良い朝。
燦々と降り注ぐ太陽の光が差し込むミーティアの自室にて、俺とカレンは二人並んで立っている状態でミーティアから2日後の夜の予定を言い渡されていた。
俺達の目の前には執務机に着いたミーティア。
その右手に一枚の紙片を摘み、それを横目で見ながら俺達に対峙している状態である。
「ええ。どういう事か私と2名の従者を指名して。普段私はこう言った催し物の出席は断っているのですが、今回はどうにも断れない理由がありまして」
紙片をヒラヒラと揺らしながら珍しく困った様子のミーティアの姿に、俺はその理由に辺りを付ける。
「大方、指名してきた相手が原因ですか?」
「まあ、そんな所です」
俺の言葉にミーティアは頷くと、親指で紙片を軽く弾く。
弾かれた紙片はヒラヒラと宙を舞うと、静かにミーティアの机の上に着地した。
「これが私一人を招くものであったならここまで悩む事も無かったのですが、どうにも従者二人を必ず付き添わせる事という一文があっては、変に勘ぐってしまうのです」
そんな事が書いてあるのか。
俺は机の上で静かに佇んでいる一枚の招待状に目を向けながら、どんな酔狂な貴族の招待だろうと考える。
そういえば、従者2人の指定もあるのだろうか?
無いのならばここは間違いなくカレンとマッソーであろう。
頼りになる人選をするならば自ずとそうなるはずだ。
「成る程。しかしながら、カレンとマッソーの二人ならばなんの問題もなく職務を全うするのでは!?」
全てを悟ったように頷きながら紡ぎ出した俺の言葉の最後はある意味絶叫のように甲高い声となる。
理由は俺のセリフの途中でミーティアが対レムス専用投擲武器『銀の文鎮』を投げつけたからだ。
「何をさりげなく自分を抜いているのですか。今度の舞踏会に連れて行くのは貴方とカレンです」
「え?」
俺は痛む頭をさすりながらも床に落ちた文鎮を拾い、ミーティアの方に顔を向ける。
そこでは再び招待状を手にしたミーティアがこちらに向かって手を伸ばしている所だった。
「『舞踏会当日は専属の女性従者と飼い犬レムスを連れてお越しくださいませ』この一文が無ければ考えなくもありませんでしたね」
…………。
「飼い犬ぅ!?」
なんてひどい扱いだ。
いや、驚くべきはそこではなく、今回の招待者は俺の名と境遇をよく知っている人物であるという事だ。
ちなみに、晩餐会を開くという事は相手は貴族だろうが、ミーティアが俺の事を飼い犬と紹介した貴族は実は一人しかいなかった。
「お嬢様」
「何ですか」
俺はミーティアに向かって恭しく頭を下げる。
「残念ながら二日後は体調不良になる予定なのでお供出来かねます」
「おかしいですね。そのような予定は入れていなかったはずですが」
俺としては遠まわしに参加したくない気持ちを伝えたつもりだったが、ミーティアは手元のスケジュール帳をパラパラと捲りながら事も無げに告げる。
どうやら、妥協するつもりは一切ないらしい。
理由は分かる。
初めは何かしら立場の都合で出席しなければならない相手からの招待かと思っていたのだが、そうではなかったのだ。
そりゃ、招待してくれたのが“初恋の相手”では何としても出席したいだろう。
「それにしても不思議ですね」
俺の言葉にミーティアは「何がです?」と返す。
「たしか“彼女”は重度の引き籠もりだった筈では? そんな彼女が晩餐会。これは何か裏があると考えるべきだと思うのですが」
俺の言う裏とは彼女の親友たる主催者の俺に対する個人的な思いを指しているのだが、先日の手紙の内容を知らないミーティアにそんな俺の想いは届かない。
一応聞く耳は持ってくれたようだが、考えは変わらなかったらしい。
「それを確かめる意味合いもあります。本当にスピカが部屋から出てくれたのか? 出てくれたのなら切っ掛けは何であるのか。私にはそれを知る権利があるでしょう」
まさか自室で晩餐会という事もないでしょうしね。
そう口にしながら手元の招待状を改めて見るミーティアに俺はこの間の手紙の内容を教えたくて堪らなかった。
貴女の親友は貴女の従者に恨みを持っています。
殺そうとまではしていませんが、不幸になって欲しいと願ってますよ。
もしも、本当に部屋から出てきたのなら、その活力はその男を地獄に叩き落とす事を生きがいに感じたからでは?
しかし、思っても口には出さなない。というか出せない。
ミーティアにとってスピカは何よりも大切な親友だ。
昔の初恋の相手とか言っていたが、ひょっとしたら未だに愛しているとかあるかもしれない。
そんな相手の事を悪く言おうものなら、それこそこれから先どんな扱いを受けるかわかったものではない。
既に妹絡みで休日は無くなり、一日中ミーティアの顔を見続けなくてはならなくなってしまったのだ。
ただ立っているだけといっても苦痛以外の何者でもない。
これならばひたすら筋トレでもやっていた方が筋肉が着く分まだましである。
「さて」
そんな俺の考えを他所に、ミーティアは机に両手を付いて立ち上がると、俺たち二人に視線を向ける。
「今日は予定を変更して買い物に行こうと思います。いくらなんでもその様な粗末な格好で晩餐会に参加するわけにもいかないでしょう」
ミーティアの言葉に俺は自分の身の回りを確認する。
白地のシャツに胸当て姿。
先日の妹の贈り物に身を包んだ格好であった。
「一応新品なんですが」
「私の付き人として正式に晩餐会に出席する格好ではない。と言っているのです」
俺の言葉に、ミーティアは険悪に据わった両目を俺に向ける。
ここ最近妹の話題を出すと必ず出す表情だ。
今までも扱い自体はおざなりな人だったが、それでも俺に対してここまで酷い目つきをした事はなかった事を考えると、あの時の妹の手紙にはよほどの事が書かれていたに違いない。
非常に興味がわく所ではあるが、既に中身を確認する手段が失われてしまった以上諦めるしかない。
ミーティアは俺の着ている服に再び一瞥をくれると歩き出す。
俺とカレンもその後ろに付き従い、追従するような格好となった。
「所で、一体どんな服を用意するつもりなのです?」
「取り敢えずタキシードでも見に行こうかと思っています。あの女が購入したものなどよりも遥かに上等な代物を」
普段着と公式な服装を比べてどうするのか。
言ったら何を返されるかわからないので言い返しはしないのだが、それよりも気になる点があったので先に質問しておくことにする。
「所で、代金は誰持ちになるのですか? お恥ずかしい話ですが、私持ち合わせの方は少々……」
有るといえばまだ手をつけていない妹からもらったお金くらいだが、あの程度の資金で買えるものでもないだろう。
ミーティアはそんな俺に向かって少しだけ振り返ると、当然のように口にした。
「貴方にはまだ今月の給金を支払っていませんでしたね。ちょうど良いので今回の買い物の購入費をそのまま給金と致しましょう」
給金。
それは雇い主が従業員に対して支払う正当なお金である。
少なくともこの屋敷に従事している従者達は、雇い主から“月に一回”支給される給金を元手に一月の生活を維持するのである。
その給金がタキシード一着。
恐らくその値段は本来支払われる給金と比較すれば遥かに高価なものなのだろう。
ミーティアの従者として恥ずかしくないものとして受け取るならそうなるはずだ。
しかしながら、服一着では何も買えないのである。
食うものは支給されるからいいとしても、私的なものが何一つ買えないのである。
そもそも、給金は渡されるのが“お金”だから給“金”というのであって、服を給金とは言わない。
人それを現物支給という。
「何か問題が?」
やや低めの声音でそう聞いてきたミーティアの目を見ると、先程俺の服を見た時と同じ表情をしていた。
なんというか、あの醜い豚でも見た時のような表情を。
「ありません」
「よろしい」
全てを諦めた俺の返事にミーティアは満足そうに頷くと、カレンが開けた扉を抜けて退出していく。
俺は溜息を吐きたい気持ちを必死で抑え、無言でその背についていく。
しかし、その背を見ながら俺はしみじみ思うのだ。
そもそも、制服が自己負担なのはどうなのだ。と。




