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プロローグ②

「はい、到着」


 連れて来られたその場所は図書室だった。本に対して興味のない遥にとって無縁の場所である。


「一体何なの?」


「まあ、いいからいいから」


 鈴蘭は何一つ答えずに、図書室の扉を開けた。


 開け放たれたその図書室の内部は思いのほか広く、書籍も多く、静かだった。床はピカピカと輝いており、窓も大きく、そこから差し込んでくる大量の日差しにより、部屋全体が暖かかった。


「どう、少しは気に入った?」


「……ええ」


 ここがゆったりと、落ち着いて勉強の出来る環境である事には違いなかった。しかし……


「でも鈴蘭。あなたはわたしに勉強が出来る場所を提供しに来た訳じゃないでしょう?本当の目的は何なのよ」


 鈴蘭はニコリと笑い、図書室の奥を指差した。その先には一人の少年と一人の若い男性がテーブルを挟んで何やら話し込んでいた。少年は少女漫画にでも出てきそうな典型的イケメン。もう一人の男性は眼鏡を掛けた細身の人物。前者は学ランを着ており、後者はスーツを着ている事から、生徒と教師と思われた。


「あそこにいるのは、ここを部室として使っている図書部の部長さんと、その顧問の先生。アタシはアンタをあの二人に紹介したくてここへ連れて来たの」


「ふぅん……」


 遥は何となく、嫌な予感がした。


 少年と男性は会話を中断すると席から立ち上がり、遥と鈴蘭の方へ近づいてきた。


 部長という少年が、暖かい笑顔を遥に向けてきた。思わず遥は身を縮めてしまう。


「キミが、舞姫さんが言っていた印藤遥さんだね?始めまして。僕は三年生で図書部の部長をしている六泥信也ろくでい しんやだよ。よろしくね」


 今度は教師が遥に挨拶をしてきた。


「おれはその図書部の顧問をしている、錦縁創(にしきべり はじめだ。何か創作物を書いてきたら遠慮なくおれに見せに来いよ」


 錦縁と名乗ったその教師の言葉に、遥は違和感を感じた。


「あの……わたしが創作物を書いて来るというのは、一体どういう意味ですか?」


 冗談だろとでも言いたげな表情を錦縁はすると、一枚の紙切れを取り出して遥に見せた。


「これ、きみが書いてきたんじゃないのか」


「えっ……」


 その紙切れは入部届けだった。自分が図書部に入部するという旨が汚い字で書かれており、サインと判もある。しかし、彼女自身はこんな物を書いて提出した覚えはなかった。


「これは一体……」


「きみが書いてきたと言って、舞姫さんから預かったんだが。何かの間違いか?」


 サインなんて、この人達はわざわざ筆跡なんて物は調べないだろうし、判も百円ショップに置いている判でどうとでもなる。


 この入部届は明らかに、鈴蘭が偽装した物だ。


 そうです。と言おうとした瞬間、それを遮るかの様に、鈴蘭が遥を押しのけて六泥と錦縁の前に立った。


「別に間違いないですよ。アタシはちゃんと彼女からこの入部届を預かってきましたから。別に偽装したとかそんなんじゃありませんから。ねぇ、遥」


 最後の「ねぇ、遥」は、相手に有無を言わせない圧倒的な威圧が込められていた。その為、彼女は無意識の内に首を縦に振ってしまった。


「そういう事ですから」


「……そうか、ならいいが……」


「だけどね印藤さん」


 一切崩れない笑顔で六泥は言った。


「今日は部活は休みなんだよ。だからまた明日、もう一度ここへ来てくれないかな」


 行きたくなかった。だが遥の力では、この流れをもう変える事は出来ない。ただ無言で頷くしかなかった。


「明日、他のメンバーの自己紹介と図書部の活動内容を説明するから、ちゃんと来ておくれよ。楽しみに待ってるからさ」


「それじゃあ、おれ達はこれで失礼するよ。大事な仕事が残ってるものでね」


 六泥と錦縁が図書室から出たのを確認すると、遥は鈴蘭を睨み付けた。


「どうしてこんな勝手な事するのよ。わたしに何の断りもなしに、あなた一体何を考えてるの」


 しかし、遥の冷たい激昂を目の当たりにしても、鈴蘭は相変わらず涼しい顔をしている。それがさらに、遥の怒りに油を注いだ。


「あなたねぇ……」


「別にいいじゃないの。アンタ、どの部活にも入部せずに、いつも放課後は一人で勉強してるんでしょ?それよりもこっちの方が健康的でいいって。それとも……」


 ヘラヘラ笑っていた鈴蘭の顔が突然、真顔になった。


「まさかアンタ、まだ六年前の事を気にしてるんじゃないでしょうね」


 親友の一言が突き刺さり、遥はもう何も言えなくなってしまった。怒りが消え、代わりに不安と恐怖が心に蘇る。


 鈴蘭の表情は再び笑顔になった。


「大丈夫だって。あの図書部の人達に悪い人なんて居ないし、アタシだって居る。それでもアンタが嫌だったらいつでも辞めたって構わないから。とにかく、数日は部活に顔を出してよ。それじゃあね」


 背を向けて去ってゆく親友の姿を、少女はただ、呆然と見送った。


 こうして、印藤遥は図書部に入部してしまった――

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