プロローグ①
広大な部屋の一角に、三人の男女がいた。一人はスーツ姿の若い男で、後の二人は学ランとセーラー服を着た少年少女である。
「舞姫。話っていうのは、一体何だ」
男が少女に問う。どうやら男と少年の二人は、もう一人の少女に呼び出された身であるようだった。少女はにこやかな笑顔を浮かべて答える。
「お二人に会ってほしい娘がいるんです」
彼女はそう言って、ポケットからクシャクシャの一枚の紙切れを取り出して、男に手渡した。
「入部届だな。こんな時期にか」
その紙切れには汚い字で、図書部に入部する旨を伝える文章が書き綴られていた。隣に立っていた少年が、男の持つ入部届を覗き見て、その署名を確認する。
「印藤遥さんか。キミの友達かい?」
「はい、小学校の時からの親友です。アタシが彼女に、この図書部の話をしたら、ぜひ自分も入部したいとの事でして」
「だが、今日は部活は休みだぞ。他の連中が居ない今日に限って、どうしてその入部希望者を連れてくるんだ」
「彼女は非常に人見知りでして、いきなり大勢の前に立ったらすぐにあがっちゃうんですよ」
これは、少女が瞬時に吐いた嘘だった。彼女の親友である印藤遥は、とても人見知りというレベルではなかったから……
「それじゃあ、今から彼女をここへ連れてきますので、先生と部長はしばらくここで待っていて下さい」
二人にそう告げると、凄まじいスピードで駆け出し、部屋から出て行った。
その日の授業が全て終わった。
各々の部活動へ向かう為、クラスメイト達が全員教室から出払った中、小柄な少女が一人、机に向かって勉強に勤しんでいた。
髪は黒のボブヘアー。童顔で可愛らしい印象を受けるが、どこか暗い、陰気な雰囲気も含んでいる。
彼女の名前は印藤遥。今年の四月に高校に入学したばかりの女子高生だ。入学当初にあった実力試験において一位を取る程の秀才だったが、その近寄りがたい陰気さをいつも醸し出していた為に、早くもクラスでは浮いた存在となってしまっていた。
早く終わらせて家に帰ろう……
彼女はただひたすら、ノートに数多の漢字を書き写す。
静寂とした教室にただ、シャープペンを走らせる音だけが響く中、いつから居たのだろう。背後から遥に近づく者がいた。
「はーるかっ」
「あっ!」
その者からいきなり抱きつかれた遥は小さく悲鳴を上げ、反射的に身をよじらせる。
「ごめんごめん。驚いた?」
全然反省などしていない口調でその者は言った。
「……痴漢かと思ったよ。鈴蘭」
遥の唯一の友達で親友の、舞姫鈴蘭だった。170センチ以上の高い身長と長い栗色の髪が特徴で、明るく社交的な少女である。二人は小学校の頃から仲が良く、こうして高校に入学して、クラスが分かれてしまったとしても、けして疎遠になったりはしなかった。
「……それで、わたしに何か用事でもあるの?」
鈴蘭は冗談を言ったりする少女ではあったが、何の意味もなく人を尋ねるような事はしない。遥には分かっていた。
「アンタっていつも単刀直入に言ってくるわね……まぁいいや。ちょっと、ついて来てほしい所があるんだけど、いいかしら?」
「わたしは今勉強を」
「どうせ同じ漢字を延々と書いているだけでしょ?とにかく、黙って付いて来てよ」
「何を……ちょっと、離して……!」
遥の腕を思い切り掴んだ鈴蘭は、教室を飛び出し、廊下を駆け出した。遥は半ば、引きずられる様な形であった。
「やめて!痛い痛い痛い痛い痛い!」
遥の悲痛な叫びも空しく、鈴蘭はさらに走る速度を上げていった――