エピローグ
放課後。
遥は一人、ただひたすらノートに数式を書き殴っていた。
図書部を舞台とした連続殺人事件の解決から、二週間が経った。
遥は凄惨な連続殺人事件の生き残りとして、暫くの間クラスメイト達から声を掛けられ、もてはやされたものの、遥のそんなクラスメイト達に対する対応があっけからんとしたものだったせいか、三日も経てば誰も声を掛けて来なくなった。
図書部も、後任の顧問が決まらずに、結局廃部になってしまった。
部活もなくなり、また一月前の状態に……いや、戻ってはいない。今回の事件で遥は、唯一自分を気に掛けてくれるかけがえのない存在を喪ったのだから。
鈴蘭――
先日、遥は彼女の葬儀に参列した。生まれて初めて葬儀に参列した遥は、その参列者の多さに驚かされた。
鈴蘭の両親や親類はもちろん、遥の知らない鈴蘭の友人や、どんな関係かも分からない様な得体の知れない人達まで。その誰もが涙を流し、鈴蘭の死を悼んだ。他の死んだ者達の葬儀でも、同じ光景を見る事が出来ただろう。たとえ、事件の元凶とも言える、六泥信也の葬儀でも。
蝋嶋達は一体どうしているだろう。鈴蘭の葬儀にも、彼等は参列していない。一月の間、時間を共用し合った、あの人達は……いや、もうどうでもいい。
数式を書き殴る速度が速くなる。
どうでもいい。一刻も早く事件の事を忘れてしまいたい。わたしには、誰からも相手にされず、こうして一人で勉強をする方が似合いだ。
「おい、こんな所で何をしている」
背後からしたくぐもった声……ああ、この声は――遥はペンを置く。
「わたしに何の用ですか。蝋嶋先輩」
この男は何も変わっていなかった。しかし、事件前と比べると、少し雰囲気が明るくなった様な気がする。
「何の連絡もなしに長期に渡って部活を休んでるから心配になって様子を見に来てやったんだ。ありがたく思えよ」
遥は思わず吹き出した。何の冗談だろう。
「図書部はもう、廃部になったんじゃないですか?」
「俺達の部活なんて、紙とペンさえあれば出来るだろう。さあ来い、皆待ってる」
図書室の中は、相変わらず太陽の光で暖かかった。しかし、さすがにまだ新しい司書は来ていないらしく、カウンターの中は空である。
「やっと来たか印藤!今まで何処で何をしていたんだよ!」
「うるさい!声がデカい!」
あの図書室隅のテーブルから、二人の男女が声を張り上げた。
「麻生先輩……楽市先輩……どうして」
「あの二人も、ここ以外に行く所がなかったらしい。結局、皆ここが好きなんだ」
「さっさと来いよ!蝋嶋!印藤!」
楽市に急かされ、二人は麻生と楽市の元へ駆け寄る。
「さて」
楽市は不敵な笑みを浮かべながら、鞄から分厚い原稿の束を取り出した。
「一年の終わりの頃から少しずつ書き初めてな。まあ読んでくれよ」
遥は驚いた。今まで何一つ創作物を出さなかったこの男が、創作物を出してきた。それも、自ら進んで。
「手書きで……しかも汚い字。少しは人に読んでもらう事考えてた?」
「仕方ねぇだろ!オレの家にはパソコンもワープロもないんだ!」
いつもの様に皮肉と大声を出し合う二人を尻目に、蝋嶋は楽市の原稿を手にする。
「錦縁先生みたいに出来るかどうかは分からないが、ちゃんと批評してやる」
「読み終えたら、次はあたしに回して下さいね?立ち直れない程にボロクソ言ってやるんだから」
「……臨む所だ」
彼等の楽しそうなやり取りを見て、遥は悟る。
この人達は今、死者に対する最大の弔いをしているのだ。葬式に出て、涙を流す事も大切だろうが、問題はその後、遺された者達がいかにして生きるか。それが一番重要ではないだろうか。
人が死ぬのは確かに悲しい。だが、だからと言って前に進まない訳にもいかない。蝋嶋達はそれが分かっていて……
遥は心の中で、彼等に語り掛ける。
鈴蘭、先輩方、先生。わたしは皆さんが、これから歩んで行くはずだった永い道程を、共に生き残った仲間達同様に歩んでいきます。それが、遺されたわたしの義務なのですから。
そう語り終えると、遥は彼等の輪に入る。
彼女のその顔にはもう、迷いはなかった。
ご愛読ありがとうございました。