第三章⑧
蝋嶋の予想通り、大庭弘はあっさりと六泥を始めとする図書部のメンバー五人全員の殺害を認めた。彼の自宅からは錦縁殺害の際に使用されたと見られる毒物の余りや、庵の首を切断する際に使用したと見られる血の付着した鋸等の物的証拠が発見され、半信半疑であった筑摩を含む警察の人間も、大庭がこの事件の犯人である事に、ようやく納得した様子だった。
大庭は取り調べで、犯行の動機を次のように語った。
「あのガキがワタシの平穏の日々を犯してきたからですよ」
三十年前、大庭は自分の両親を殺害した容疑で逮捕された。幼い頃から虐待を受けており、それの報復だった。だが当時、彼はまだ未成年だった事もあってか、大した罪には問われず、ほんの数年で出所する事が出来た。その後、元々本の好きだった大庭は、司書の資格を取り、高校の図書室の司書になる。
大好きな本に囲まれて過ごす日々……それは、幼い頃から聴力に障害を負う程にまで虐待を受けていた男がようやく手にした、平穏の日々だったのだ。だが、それから数十年後……そんな大庭の平穏は、思わぬ所で攻撃を受けた。自分が司書を勤めていた高校に通う男子生徒の一人が、彼の過去の罪を知り、金銭を強請ってきたのだ。
その男子生徒こそが、図書部の部長で第一の被害者でもある、六泥信也だった。
とっくの昔に償った罪とは言えども、自分の過去が周囲に知られる事となれば、もう司書としてやっていけなくなる。最初、大庭は平穏を守る為、しぶしぶ六泥の要求に従ったものの、金銭を要求する六泥の強請りは凄まじく、たったの数ヶ月で大庭の生活は危険な闇金に手を出さざる得なくなる程に逼迫された。
平穏の日々を守る為、大庭は遂に、六泥を排除する決意をした。その排除の際に、氷を凶器に使用したのは、推理小説好きでもあった大庭の遊び心だった。その遊び心を犯罪の一部にする程、大庭の精神は病んでいたのかもしれない。
あの日、大庭は六泥を図書室の隣にある倉庫へ呼び出し殺害した。ところが六泥は死の間際に、とんでもない事実を大庭に教えたのだ。彼は知らなかった。
自分の過去を知る者が、六泥以外にも存在する事を。
六泥を殺害した後も、大庭の心は大きく締め付けられていた。
他に誰がオレの過去を知っている?そいつを……そいつ等をこのまま放っておけば、また金を強請られる日々が訪れるかもしれない……一体誰が……
大庭は思い出した。
放課後になると、毎日の様に六泥と共に図書室でたむろをする、図書部の連中の事を。
大庭の犯行動機。それは、自身の過去を知っている、知っていると思われる者達の口封じであった。
だが、遥は一切その様な話を六泥からはおろか、他の誰からも聞かされていない。蝋嶋や麻生、楽市にしてもそうらしい。おそらくは、殺された六泥を除く四人にしてもそうだっただろう。
皆、落胆した。
あの六泥の温厚な顔の下に、陰湿で邪悪な顔が隠されていたのを知って、騙された気分になったのもあるが、何よりも、全く非がなく関係のない四人の仲間達が命を奪われたのだ。蝋嶋が言っていた通り、大庭もたったの数日で何人もの人間を殺そうとする残虐性を持つ一方、状況証拠しかないにも関わらず、何の説明を受けていないにも関わらず、手錠を掛けられただけで泣き出す程の、気の弱い男だった。
もしも六泥が大庭を強請りさえしなければ……そう思えば皆、やりきれない気分になったのだった。