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第三章③

 月読公園には幼い頃、何度も遊びに行った。巨大なタコの滑り台があり、母が殺戮を犯すまではクラスの友人達とそこでよく、鬼ごっこやかくれんぼをして遊んだものだった。


 まさかこの様な形でまた訪れる事となろうとは、遥は思っても見なかった。


 二人がやって来た時にはすでに、警察の手によって規制線が張られ、周囲は多くの野次馬で溢れていた。


 上着の襟を立てて他人に自分の首筋が見えないようにしながら、背伸びをして中の様子を伺おうとしたが、いかんせん、元から背が余り高くない事もあり、無駄な努力に終わった。


「見えませんね……」


「わざわざ外から様子を伺う必要はあるまい」


「何をするんですか」


「交渉」


 そう言って蝋嶋は遥の腕を掴むと、野次馬を押しのけ始める。約一ヶ月前にも、かけがえのない人から強引に手を引かれた事を、遥はぼんやりと思い出した。


 規制線の前には、野次馬が中へ入らないように、制服の警官が立っていた。


「何だキミ達は。見世物じゃないぞ」


 警官は鬱陶しそうな目で二人を睨み付けた。そんな警官にも動じずに蝋嶋は言う。


「俺達は被害者の少年の友人です。ここを通していただけないでしょうか」

「駄目だ。いかなる理由があろうとも、一般人を通してはならない事になってる」


「通してあげなさい」


 警官の背後で、あの機械的な声が聞こえてきた。


「筑摩刑事……ですが彼らは……」


「彼らはワタシの知り合いで、この事件の立派な関係者よ。今回の事件でたくさんの仲間を亡くしてしまって……せめて、遺体と対面させて上げましょう」


「……分かりました。おい、早く入れ」


 遥と蝋嶋は規制線を潜ると、筑摩に頭を下げる。


「ありがとうございます。筑摩さん」


「別にいいのよ。それより……あなた達、どうしてここに来たの」


 約束を破って家から出た事には触れられなかった。もしかすると、この人は最初から分かっていたのかもしれない。


「麻生から電話があったんです。安倍川がここでやられたと」


「そう……麻生さんは安倍川くんの第一発見者よ。かなりショックを受けてるみたいだから、後で会ってあげてね」


「安倍川の奴は何処に」


「こっちよ」


 筑摩に先導され、二人はビニールシートで囲われた一帯に案内された。


 ビニールシートの中は鑑識が写真を撮っていたり、落ちている物から指紋を採取していた。血の臭いの充満する中で彼の遺体は、ビニールシートに覆われていた。


 筑摩がシートに手を掛ける。


「彼の顔、見る?」


 遥は顔を背けたが、蝋嶋は見るつもりらしい。地に片足を突いてうずくまる。


 シートがめくられる音がした。


「あれ程外出は控えろと言ったのに……馬鹿めが」


 罵ってはいるものの、彼のその声には、悲壮が滲んでいた。


 六泥、錦縁、鈴蘭、庵、安倍川。これで図書部のメンバー九人の内、五人が消えた。


「……筑摩さん」


 蝋嶋は立ち上がると、筑摩の顔を見据えると、彼女に詰め寄った。


「この安倍川の件で何か分かった事はありますか。あるいは、犯人の遺留品か何かが落ちていませんでしたか」


 遥達は一昨日、いつも寡黙な蝋嶋の変容に驚かされたものだが、今度は違う意味で驚いた。今までの彼は単に探偵ごっこをしていた感じでははったが、今は血気迫るものがあった。もう誰も絶対に死なせたくない――彼の叫びが聞こえた様な気がする。筑摩は軽く息を吐いた。感服しているのか、呆れているのか……


「現場には事件に関係があると思われる三つの物が落ちていたわ。一つ目は、犯人が彼を刺す時に使用したサバイバルナイフ。二つ目は、犯人が犯行時に顔を隠す際に使用したらしき白い仮面。そして三つ目は、大量のガラスの破片。三つとも、鑑識が持っていって今ここにはないけれど」


「そうですか、何か分かったらすぐに教えてください。それと麻生は今、何処にいますか。出来れば話を聞きたいんですけど」


「麻生さんは今、ここから少し離れたベンチで婦警に介抱されているはずよ。連れて来ましょうか」


「結構です。俺達の方からアイツに会いに行きます」


 遥と蝋嶋はビニールシートから出ると、筑摩に案内されて麻生が座っている公園のベンチへ向かった。


「安倍川先輩の死体発見の時の様子を聞くんですよね」


「それもあるな」


 麻生は毛布に包まって座っていた。その顔に一切の表情はない。隣でにこやかな笑顔の婦警が声を掛けていた。


「ちょっと待ってて」


 少し離れた場所に二人を待たせると、筑摩は麻生と婦警に駆け寄り、二言三言何かを言うと、婦警に席を外させた。そして、二人の元へ小走りで帰ってくる。


「それじゃあ、ワタシはここで待ってるから、あなた達だけで話を聞いてきなさい」


 彼女なりに三人を気遣ってくれたのだろう。遥と蝋嶋は何も言わずに、麻生に歩み寄った。


「麻生先輩」


 遥が声を掛けると、麻生はビクリとこちらを向いた。今さっきまで泣いていたのだろう。目を充血させ、頬を濡らしている。いつもの様な刺々しさはなかった。


 蝋嶋は麻生の目の高さまで屈み込んだ。


「麻生、お前に聞きたい事がある」


「…………」


「お前は安倍川の遺体の第一発見者だ。苦しいかもしれないが、俺達にその時の事を教えてくれないか」


「…………」


「現在生き残っている図書部のメンバーはお前と俺、印藤、楽市の四人しか居ない。この僅か三日の内に五人の仲間が殺されたんだ。犯人のペースは驚く程早い。まだ生き残ってる俺達が手に掛かるのは時間の問題なんだ」


「……分かりましたよ全く……」


 麻生は上着の袖で頬を拭う。それを見た蝋嶋の口元が緩んだ。


「何を話せばいいんですか」


「お前がこの公園に来た経緯と、遺体を発見した時の状況を頼む」


 ゆっくりと息を吐き出して、麻生は語り始める。どうしてこの公園に来たのか。この公園で何があったのかを。


「あたしがこの公園に来たのは父の言いつけに従って。酒がなくなったから買って来いって言われたの」


「この昼間にですか」


「そういう人間なのよ父は。酒屋に酒を買いに行って、近道する為に公園に入って……その時でした。あたしが彼の殺される所を見たのは」


「殺される所……つまり、アイツはお前が見た時にはまだ生きていたのか」


「ええ……」


 麻生は手元の毛布を強く握り締める。


「黒いコートを着た奴がナイフを振り上げて、倒れている安倍川くんを刺そうとしていました。あたしはそれを止めようとして背後から「やめて!」って大声で叫んだんです。だけど、犯人はあたしに見向きもしないで、そのままナイフを振り下ろしました。何度も何度も……」


 蝋嶋はまた髪をいじり始める。


「それで、その後は」


「それからあたしは暫く立ちすくんでいたけれど、ハッと我に返って、さっき酒屋で買った酒の入った一升瓶を奴に投げつけたんです」


 なるほど、先程筑摩が言っていたガラスの破片というのは、麻生が犯人に投げつけた一升瓶だったらしい。


「瓶は奴の頭に当たって……アイツはようやく第三者のあたしの存在に気が付いたんでしょうね。あたしの顔も見ずに、ナイフを放り出して一目散に逃げていきましたよ」


「先輩、犯人の顔を見てはいないんですか」


「目すらも合わせていないわ」


 現場には、犯人が着けていた仮面が落ちてあったので、まさかとは思ったのだが……


「いいえ……奴が逃げた後すぐに安倍川くんの元に駆け寄って、声を掛けたんです。もう息はしていないだろうという駄目もとで。そしたら、彼はまだ微かに息がありました」


 麻生の目から、一筋の涙がこぼれる。普段は人の嫌味しか言わないこの女が、仲間の死を悼んでいるのだ。


「「誰にやられたの」って聞くと、安倍川くんは最期の力を振り絞ってあたしに教えてくれました。犯人の正体を」


 遥と蝋嶋は顔を見合わせる。それを最初に言ってほしかった。だが、ここで遂に、親友や仲間を殺した犯人の正体が明かされるのだ。


「犯人の名前……アイツは誰の名前を言ったんだ」


 また涙を拭いて、麻生は鋭い眼光で答えた。


「「シシ」と」

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