お一人様とマヨヒガ
思いついた物と、思っていた事を綴りましたが、需要、無いでしょうねぇ(苦笑)
長い黒髪が歩く歩調に合わせて揺れる。
ポニーテールの筈だが、一度も染めた事も無ければ、染めた事も無さそうな漆黒の彩の為か古風に見える。
服装も、大正時代の女学生風と表現すれば分かるだろうか。
いや、大学生の卒業式を思い起こせば早いだろう。
そう、着物に袴姿。足元は編み上げブーツである。
人混みを避けるように人の少ない道を進む彼女は、何処かふわふわと歩いて行く。
手元には小さな風呂敷包み。
上質の物だと見抜ける者が今の時代に居るのだろうか。
手元の和紙に墨で描かれた地図を見ながら店の名前を幾度も確認する。
「ええと、このカフェーで座って居れば良いのですよね?」
恐る恐る、扉を押し開け店内を見渡す。
人の気配が無い店内に彼女はほっと胸を撫で下ろす。
少し古風な雰囲気の漂う店に臆する事なく独りカウンターに腰を下ろしてメニューと睨めっこを始める。
見た目が10代前半にも見える彼女が必死にメニューと格闘して居ると隣に男性が現れた。
髪は長く首の後ろで括って居るが、髪の色は赤茶をしていた。
隣に立った人物にも気が付かず彼女はメニューを見つめていた。
「待たせたようだね」
声を掛けられ、娘の肩が揺れる。
膝の上から風呂敷包みが滑り落ちる。
「あ、と、ではなくて、滓賀様」
風呂敷包みを拾い上げ彼女に手渡すと、そのまま彼はカウンターに入って行く。
「敬称はいらないよ。どうしてもと言うなら“さん”で」
娘の向かい側に立ち、小さく笑うその姿は、“人”では無かった。
いや、顔に昔の縁日では売られていただろう張子の狐の面があった。
「いえ、私がご無理を言って出て来て頂いたのですから。それより、今の時代随分と変わった服装なのですね?洋装が標準服なのでしょうか?それに、お金持ちの方が多いのですか?珈琲が500円もするなど、職業婦人として働いた私でも、1円手にするのに何日掛かったのか」
そう呟きながらため息を吐く娘の前で男は肩を揺らしていた。
「?」
「いや、随分と昔の知識だね。想像はしていたが、これ程とは。道理で相談に来る筈だ」
男の言葉に、娘は肩を落とす。
「やはり、無茶でしょうか?私が人間で無くなって久しいのは分かります。迷い込んで来る娘は簪を知らず、男は膳を欲しがりませぬし、下手をすれば落書きをし、家を荒らす不逞の輩ばかりが増えて……。正直、人間を招くのを辞めようかと思っております」
娘の言葉に男は軽く首を傾げた。
さらりと落ちる赤茶の髪を視線が追う。
娘の瞳は迷子のように揺れていた。
「君は、どうしたい?」
静かに返された問いに娘は息を呑んだ。
「!………私は……!私はっ人間であった時の自分を忘れたくありません!私は人間だっだのです!けれど、今は、今は……余りに遠過ぎる」
娘の瞳から透明な雫がこぼれ落ちていく。
尽きることの無いそれに、男は頷いた。
「そうだね、余りに遠い」
男の言葉に娘は頭を落とし、黙ったまま膝を見つめていた。
どれ程経ったのか、娘の前に苺パフェが置かれた。
「?」
「食べてご覧。今の時代もそう捨てた物でも無いよ」
男の言葉に、娘は懐からハンカチを出して涙を拭う。
しばらく男と目の前の食べ物とを見比べながら、恐る恐る柄の長いスプーンを手にしてソフトクリームの部分を口にし、動きを止めて目の前のパフェを凝視する。
「君が知らないだけで、人は大きく変わってはいない、と僕は思うよ?君は出て来なさ過ぎて時代と感覚がズレているんだよ」
ソレは君の知っているアイスクリンかな? そう尋ねられて、娘は首を大きく横に振る。
それに頷いて見せる。
「それはソフトクリームと言う物だが、種類としてはアイスクリンと同じ物だ」
その言葉に娘は瞳を大きく見開きパフェを見つめる。
「だからね?マヨヒガ。結論を焦る必要は無いと思うよ。しばらく、人間の中で暮らしてみなさい。君だけじゃ無い、他の奴らも人間達に混ざって暮らし始めて居るのだから」
そこで、言葉を切ると男は面を取った。
そこにあるのは生きている狐の貌。
「私のように、ね?」
男は楽しそうに笑った。
「おいで、皆に紹介してあげるよ」
「え?でも、此処は?人間は?」
オロオロする娘に彼は告げた。
「此処は私の家の一つで、今の時代に取り残された君達のような妖怪の、言うなれば“職業訓練場”だからね」
「え?え?え?」
完全に混乱いる娘の前で、男は指を鳴らす。
そこに現れたのは、白いシャツに黒のパンツで茶のカフェエプロン姿の若い男だった。
「マヨヒガ、此処から行くも帰るも君次第だよ。……人間では無くなったあの時、君が選択した物は何だったのかな?」
その言葉に娘は両手を握り締めた。
「行きます!私は、諦めません!後悔は、もうしたくありません!」
そう宣言すると、娘は立ち上がり男の前を横切り、店の奥へと進み出し、違和感を感じたのか一瞬動きを止め再び歩き出した。
その背中に迷いは無い。
人が迷い込んで来る筈の“マヨヒガ”に迷いが生じては狂いが出る。
その迷いを断ち切り、新たに進み始めた彼女の先は…………。
「楽しみ、ですね」
新たな世界を見、変化する妖怪の世界。
光輝く時代にこそ、隠された闇は深く、そして暗い。
「“マヨヒガ”、貴女を歓迎いたしますよ。是非、大きく成長して下さい」
そう呟く男こそ“闇”だ。
人間とは異なる世界が、今、始まる。
え、続き、無い筈デスよ?
多分、きっと、ええ、はい。
連作したらごめんなさい。