第7話: 動き出す
『ゆっくり行こう』と言ったあいつは、川本寛哉と言った。
寛哉は、毎日、メールなり電話なりしてくる。 「大丈夫か?」 とか、「よー!」とか、そのときによって様々だ。
ちゃんと言わないといけない。 そう思った私は、彼を誘った。
「明日、会えない?」
「おぉー、やっとその気になったのか?! おっしゃー!いいぞ!!」
んーー、なんともこの人は楽天的過ぎるなぁ。 すんごく重いこと、話すんだけど・・・
「じゃぁ、よろしく。 この間のお店で」
「了解〜!」
ふぅ。 調子が狂います。
翌日、大晦日に会ったあのお店で会うことにした。
彼は、約束の時間通りに来た。
「よぉ!」
「ども」私は軽く会釈した。
「どうよ?」
「どうもこうも」もごもご・・・
すると、寛哉はまた爆笑した。
「え?今の会話で何かおかしいこと言った?私」
「なんか、おもしれーんだよなぁ。 なんでかなぁ。見てたいんだよなー。」
複雑よね。 そんな、喜べないよ。 変なヤツみたいじゃん。 でも・・・よく言われるな。私って変なのかな? いやいや、そんなことどうでもいい。
「とりあえず、飲もうぜ! すいませーん!」
すんごい大きい声ね。 通りすぎよ、その声。
「何にすんの?ビールか?」
「え?!何でわかんの?」
「だってお前ー、あんとき大ジョッキ飲んでたろ? 大ジョッキ飲むやつなんて、ビール好きじゃないと有り得ねーぞ。」笑って言ってる。 でも、見てたんだ。
「うん、ビール好きなの。」
「俺も!」
店員が、ビールを運んできてくれた。
「とりあえず、乾杯だな!」
そういうノリの話はしないんだけど・・・
「う、うん」
「かんぱーい!」
だからー、声がでかいよ。
「あー、うめぇ。で、なんだよ?」
「ふー、あ、あぁそうだよね。 ちょっと美味しかった。」 この発言に、また爆笑してる。この人・・・私も前はよく笑っていたけど、それと同じぐらいよく笑う人だな。
「今日は、私の一方的な話を聞いてもらいに来ました。その結果、最終的には、今日でさよなら、ってことになる予定です。」
「お前って・・・ほんと面白いな〜。それしか言えねぇ。」また笑ってる。 だから、笑い話じゃないんだってば。
「じゃ、行くね。」
そう言うと、これまでのことを、嘘つくことなく、私の非を含めて話した。 だから、一緒にはいないほうがいいと言った。 もう、人も信じられないし、恋愛なんて考えられないって。一緒に暴力を振るわれた彼のことも、きっとずっと忘れられないって。 全てを話した。
笑ってばかりだった彼は、だまって考えている様子だった。
そして、口を開いた。
「俺には、わかんねぇ。 同じ経験もしたことねぇし・・・だけど、いくつか思ったことがある。 一つは、もう、その男のことは忘れろ。 最低だぞ。 お前だけが悪いわけねぇだろ? 確かにお前も悪いところがあった。でも、もっと最低なのは、そいつだぞ。 それだけのことしといて、親が反対だからって、お前を捨てんのか? 男じゃねぇぞ。 それが一つな。 もう一つは、お前は、自分ばかり責めてるけど、やめろ。 それだけのこと、ちゃんとカタをつけただろ? これからは、前を向くようにしろよ。 お前・・・なんで俺がお前に興味持ったかわかるか? 何かあるやつってすぐわかったけど、お前の目が、死んでなかったからだよ。目が、生きてた。 俺が今まで出会ったやつの中で一番生きてる目を持ってたぞ。だから、このまま腐んな。 俺は、お前を守ってやる。 生きろ!」
びっくりした。
出会ってから短時間しか経っていないのに、ここまで私のことわかってたなんて。
「そうだね。きっとそうなのよね。でも・・・私は、もう無理。 これから先のことなんて考えられないし、ただ楓のことだけで生きている状態なの。 私と一緒にいても、未来なんてないし、あなたの人生にきっと良くないと思うよ。だから、今日でおしまいにして。お願い。」
私は彼に本心を言った。
「お前・・・決めんのは俺だろうよ? お前は、取り合えず俺といてみろよ。どうせ、恋愛なんてする気ねぇんだろ? でもよ、寂しいだろ?一人でいても、ロクなこと考えねぇだろ?だから、ちょっと様子をみてみろ。 生きるも死ぬもそれからだぞ。」
どうしよう・・・
揺らいでいる。 私は、実は生きたいのか? よくわからなくなってきた。 思考能力の限界だ。 酔いのせい? いや・・・ちょっと感動している自分がいるような気がした。 だけど、そう簡単に信じるなんて、もうできないんだよ。 昔の私だったら、きっと、すんごい嬉しかっただろうな。
「あなたが、嫌になるまでにしようか?」
「よっしゃー!じゃぁ、今日からは、プレ恋人だな。まだ、お前恋愛じゃねぇもんな!」
すんごい、直球ね。 嫌いじゃないよ。
それから、私にも徐々に明るさが戻った。 不思議だけど、それまでの苦しみとか、一時忘れれたようだった。 彼のおかげだろう。
結構酔った二人は、時間も時間だったので、店を出て、そこで別れた。
私は、帰り道、これで良かったのかな?とだけ考えていた。
さっきまで前を向けそうな自分がいたのに、その反動のように部屋に着いてから、また前の私に戻っていた。
なんだか、もっと虚しくなってしまったようだった。
生きる意味・・・私に本当にあるのだろうか? こんなに苦しくて、哀しくて、どうしようもないのに。 こんなにも大きい十字架を背負っているのに。
あっという間にどん底に落ちている自分がいた。
絶望とは、こういう気持ちを言うのか?
私は、衝動的に剃刀を手にしていた。 そして、手首に当て、一気に引こうと思ったそのとき、電話のベルが鳴った。 咄嗟に電話の方を見た。 剃刀を手首から離していた。
電話に出るべき? ううん、出ない。 電話が切れた。
また、今度は震える手で剃刀を持ち、手首に当てた。 一気に引いてしまえば、楽になれるんだから!
また、電話の呼び出し音が鳴った。 私の手が止まる。
とうとう、電話に出た。 寛哉だった。
「お前、何してんだ。」
「・・・・」
「答えろよ。」
「何も・・・」
「じゃぁ、なんで出ねえんだよ。」
「別に・・・」
「変なことしようとしてねぇだろうな?」
涙が溢れた。 何で? この人、何なの? 何でわかったの?
「やめろよ。 絶対にやめろ? 俺、今から行くからな。待ってろよ。」
「・・・だって、家わかんないでしょう?」
「・・・そうだった。 教えてくれ」
なんだか、すごくおかしくなって、爆笑してしまった。 もう、大丈夫だよ。 死ぬなんて、しないで済みそう。
「大丈夫。 なんか、大丈夫よ。 寝てね。 明日も仕事でしょう?」
「行くよ」
「もう、いいの。 大丈夫、死なないよ。救われた。 生きるべきなんだね、きっと。ありがとう。また、明日。」
「大丈夫なのか? 俺は、いるからな。 それより、住所、後で教えろよ!」
マジで言ってる彼がまた、面白かった。 そして、ありがたく、申し訳なかった。
生きなくちゃ・・・
その気持ちだけは、しっかりと芽生え始めていた。




