第5話: 死へと・・・
病院のベッドで、私は、一人ただただ泣いていた。 泣くというよりも、嗚咽、のほうがしっくりいく表現かもしれない。 こんな泣き方、したことがない。こんなに涙が体の中から出るなんて、知りもしなかった。 それぐらい、泣いて泣いて泣き続けた。
今は、娘は、私の実家で面倒を看てくれている。 だけど、いつ連れ去られるかわからないような状況にあった。
父が、いろんな手続きのために、私の病室を訪れた。
「お前、顔戻んねーみたいだぞ。」笑って、言った。
私は・・・また、涙が溢れた。 自分の蒔いた種の、収穫するには重すぎる現実に、何も考えられないのだけど、涙が溢れた。 両親に迷惑をかけたことは認めるが、ここでそんな風に笑って吐かれた言葉が哀しかった。
「そう、しかたないね。」なんとか答えた。 父は、出て行った。
私の顔は、変形も酷く、病室から出ることすら担当医に窘められる始末で、ただただ病室にいるしかなかった。 ふと、点滴を片手に病室を出ると、担当医が、
「あなた、何してんの?そんな顔で。 病室にいなさい!」
そんな感じ。 そっか・・・人様に見せてはいけない顔なのね。 と、察知して、ずっと病室に閉じこもっていた。
隣には、一緒に暴力を受けた彼が入院している。 時折・・・人づてに、私に差し入れをしてくれる。 ただ、あれから一度も顔を合わせていない。 お互いの両親から、ストップがかかっているからだ。
会いたい。 とにかく、すぐにも会いたい。 本心はそうだったけど、周りのたくさんの人に迷惑をかけたことは間違いない事実なのだから、と、お互い暗黙の了解で会わずにいた。
皮肉なもので、今だったら、誰に遠慮することもなく、すぐに、『トントン』と、ノックすれば会えるはず。 それが、こんなに近くにいるのに、会えないのだ。
そうこうしているうちに、彼の怪我は私よりも軽かったこともあって、先に退院していった。入院しているときから、結局一度も顔を合わすことはなかったのに、いざ、退院してしまうとなると、途端に孤独の淵に落ちたような気持ちになった。
会いたい・・・ 正直な気持ちだった。
それからまた1週間が過ぎた後、私も退院の許可が降りた。 まだ、顔も体も完全に治ってはいなかったけど、なんとか入院していなくても大丈夫なところまで辿りついたらしい。
退院するや否や、子供の親権の問題で、夫の親族と、私の親族とでの話し合いが続いた。
最終的な結論は、子供は、夫側に任せるということになった。
私の親は、『もし、楓をこちら側で面倒みることになったとして、そうなったら、いつかお前を殺しに来るぞ。 そうなったら、楓は、殺人犯の娘になってしまう。その先、どれだけの苦しみを味わうことになるかと考えたら、あちらに任せるしかないだろう? お前が蒔いた種なんだ。』 という意見だった。
頭ではわかる。 楓のことを、きちんと思ったら、それしかない、って思う。 そう、私が蒔いた種だ。 でかすぎる、悪すぎる種だよ。
でも、理屈じゃないんだよ。 私は、楓と離れることなんて、できないの。
そう、思ってたのに、最終的に、楓とは離れることになった。
もう、全てが、セピア色どころか、暗い、グレーの色に染まってしまったようだった。 全てが終わった。
その後は、籍を抜いたら、実家に戻るか?と、一応聞く親に対して、「一人の籍を作るわ」そう言って、抜いた籍は、自分だけの独りぼっちの籍になり、生活も、誰にも知られないように、誰にも教えず、独りで住むことにした。
私は、本当に独りぼっちになったんだ。 そう、感じた。
来る日も来る日も独り。 顔が、なんとか良くなってきてからは、仕事に行って、帰ってきて、の繰り返し。 どれだけ、ちゃんと話をしてないんだったっけ?
独り暮らしの部屋で、食事もせず、ただぼぅっとしていると、携帯電話の呼び出し音が鳴り響いた。 目をやると・・・彼だった。
どうしよう、出ないほうがいいよね。 そうわかっているのに、思わず出てしまった。
「もしもし。」
「大丈夫か?」
「・・・・」
「大丈夫なのか?今どこにいるの?」
「うん、大丈夫だよ。でも、もう、ダメだよね。」
あまり、的を得ない答えをした。
「俺は、何も出来ねえんだな。結局・・・ダメだよな。」
「・・・・」
「会うか?」
「今、会って、またわかったら、もう大変なことになるでしょう?」
「でも、会うか?」
寒い寒い季節。 特に、その日は凍えるような日だったんだ。
「わかった。行くね。場所、どこ?」
そう、彼のいる場所を聞いて、私は、出かけた。
会ってみてわかったことは、彼の親御さんは、絶対に私とは別れなくてはいけないと言っているということ。 彼は、私とは一緒にいたいと思ってはいるということ。
でも、親には逆らえないと、最後まで言っていた。
そう、The endが来たということだ。 やっと会えたのに。
全てを、私が本当に心から愛する全てを失った瞬間だった。
もう、何もない。
孤独以外。
生きる意味がない。 自分だけ生きても仕方がない。
親友だと思っていた友達も、面白おかしく私のことを言っているという話も聞いた。 そして、彼とのことを夫の耳に入るようにしたのもその親友と思っていた人だと。
もはや、人間を信じるということに疑いを持つ私に、何も障害などなかったのだ。 もう、いいよね? 私、バカ正直に生きてきたけど、人を疑って、そして、愛を失くしても、いいんだよね? それしかないよね?
誰も答えてくれないのに、心の中で、ひたすら応答を欲していた。
誰か、答えを頂戴よ。 どうすればいいの?
でも、誰も答えてなんて、くれないんだよね。
だから、後は、『死』という終焉だけを目標に生きることにしたんだ。