プロローグ
何故こんなところに一人で立っているのだろう。
『ベタ』過ぎる。 渋谷のハチ公前なんて。 感情すら失っているのに、そのはずなのに、私は、とてつもなく・・・恥ずかしかった。
「いくらわかりやすいって言ったって・・・」さすがに、独り言も出てしまう。
待ち合わせている相手は、どうやら黄緑色のTシャツを着ているらしい。 最悪だ。 私も今日はグリーン系のTシャツにGパンだ。 まるで、ペアルックのようになってしまうのではないか? そんなどうでもいいような心配をして、私は、忠犬ハチ公の前で待っていた。 その、黄緑色のTシャツの人を。
「あの・・・」
私は、かすかに聞こえた声に反応し、振り返った。
き、黄緑色のTシャツ!! しかも、何? いかにも・・・って感じすぎる。
「あみさんですか?」
はぁーーー!やっぱり、黄緑マンだ!!
「はい、鈴木さんですか?」
「はい、そうです。 あ〜良かったです、会えて〜」
―帰りたかった。 正直、無理だと思った。 悪いけど。
時は、大晦日。
私は、独りぼっちで、部屋で過ごしていた。
誰とも話すことなく、たまに出てしまう独り言を、自分の耳で聞くぐらいで、あとは、静けさだけ漂っている部屋で、たった独りぼっちだった。
それは、この部屋で、というよりも、この街で、というよりも、この地球で、というよりも、それよりももっともっと深い、宇宙のど真ん中に、たった独りで彷徨っているような、そんな独りぼっちだった。
もう、誰にも頼ることはしない。 誰も信じない。 誰も・・・いらない。
その反面、『誰かと、何も私を知らない誰かと話したい』と、思っていた。 極限状態の私がいた。 膝小僧を抱えた、大の大人の28歳の、ぼろぼろの捨て猫みたいな私がそこにいた。
いけないことかもしれないと思っているのに、わけわからないサイトにアクセスして、どうやら出会い系というサイトにたどり着いて、適当に入力してみた。
直後、返信があった。 その結果、私は、この目の前にいる黄緑マンと会うことになったのだ。
我に返った。
私、誰でもいいから話したかったけど、本当に誰でも良かったの? 黄緑マンは、多分・・・想像だけで言ったら非常によろしくないけど、『身体』だけが目的なのではないの?
自問自答していた。
よく、出会い系というシステムをわかっていなかったし、どういうことになるのかも想像できなかったのだ。
それなのに、誰かと話したいという理由だけで、私はとんでもないことをしてしまったのだ。
「とりあえず、どこか、入りましょうかね。」
黄緑マンが言った。
そして、入った先は、チェーン店の居酒屋。
カウンターに通され、店員が飲み物の注文を促す。
「あみさんは、何にしますか? 僕は、レモンチューハイで。」はい、と伝票に店員が記している。
「ビール、大ジョッキで。」
飲まないとやってられないよ、自分の行動に対してと、黄緑マンに対して。
「だ、大ジョッキですか?!」 黄緑マンが驚きを隠せなかったようだ。
だって、私は、無類のビール好きですから! 心の中で反論(?)していた。
しかし・・・いくら飲んでも、会話は成り立たないし、その男は勝手に自分の好きなものや事を話している。 とても楽しそうだ。 私は・・・申し訳ないけど、上の空だった。 どうやって、帰ろうか? どうしたらこの状況を打破できるのか? そんなことばっかり考えていた。
カウンターの、隣に座った男女二人・・・どうやら不倫のような感じを漂わせているが、その二人が、なぜか私を気に入ってくれたようで、どんどん話しかけてくれて、ビールもどんどん勧めてくれた。 不思議だったけど、その二人との会話で、少し癒されている自分がいた。
でも、それも長くは続かずに、
「じゃぁ、僕たちはこれでね。」と言って、お店を出て行ってしまった。
まずい・・・
これからどうすればいいのか?
その後のことを、空想の中でいろいろ作戦を練っていたら、さっきまで気が付かなかったのに、いきなり、私が座っているカウンターの椅子に、ガンガンぶつかってくる人がいるのに気が付いた。
そちらに意識を向けてみると、どうやら、男だけの集団で、かなり盛り上がっている様子だった。 その中の一人が、爆笑するたびに、椅子を傾け、私の椅子にガンガンぶつかってきていたようだった。
『ムカッ』
そうそうむかついたり、いらいらしたりしない私だが、何故だか、その男のことが気になり、頭にきた。
何故そうしたのかはわからないけど、身も知らないその男の頭を『パシッ』っと叩いてしまったのだ。
「なんだよー、いてぇな〜」振り返って私に言ったけど、「あ、五月蝿いのね〜、ごめんね〜」と、酔っ払った口調で言った。
なんだか・・・気も抜けたし、気にもなるし。
あかの他人をひっぱたいた私にも驚いたし、さらーっと受け流すそいつにも、どうしていいのかわからなかった。いっそのこと、私に文句のひとつも言ってくれたなら、私も反論できて、きっとすっきりしたろうに・・・
相変わらず、私の横の黄緑マンは、私には理解できないような話を続けていたとき、その集団は会計をしていた。
あぁ、帰ってしまう。 お願い、私を連れて行って! どうせならば、今日のこのとき、馬鹿騒ぎをしていたほうがまだましなの! どうすればいい? あー、出て行ってしまったーー!
もう、終わりだ。
また、この黄緑マンのわからない話を聞くほかないのか? それより、私はこの後どうすればいいの?そのときだった。
「いやぁ〜、大事な大事なZippoちゃんを忘れちゃったよ〜」
そう言いながら、あの五月蝿い奴が戻ってきたのだ。
チャンス!! すぐに、その男のところへ歩み寄り、黄緑マンに聞こえないように、
「私を連れ去って!」
耳打ちした。
ぽかーんとした顔をしたそいつは、「いいの?あいつ??」そう言った。 ・・・聞こえないように。
「うん、いいの。なんでもないから」すんごい笑顔で私は言った。
そして、私は、多すぎるはずの1万円を彼に渡し、
「ごめんなさい、私帰ります。」
と言って、お店を男と一緒に出た。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「あ、あれ?!奴らがいない!!」
飲み友達がどこかへ行ってしまったようだった。
「大丈夫?」
私が訪ねた。
「うん、大丈夫」
さっき、私が言った言葉を、今度はそいつが言った。
そして、どうしてかわからないけど、私はその人が懐かしくて、その人はどう思ったかわからないけど、私を抱き寄せて、キスをした。 そのキスは、とてもとても懐かしくて、今会ったばかりの人とは思えないような、そんなキスだった。 まるで、ドラマにあるシーンのように、居酒屋の外で、私たちは、何度もキスをした。 そんなこと、生まれて始めてだった。