夫達
蒼は、維心と維月に説明をした。維心がただただ驚いた顔をしている。維月は言った。
「つまりは、そんな北からわざわざ夫探しに来たってこと?」
蒼は頷いた。
「多分、臣下達がうるさいから、どうしても誰か置かなきゃならなくなったんだろうね。詳しいことは男のオレには何も話してくれないけどさ。なんだろう、一応敬意らしきことは表してくれるけど、心底でないような感じがするんだよ。母さんへの対応で分かった。」
維月はフッと笑った。
「そう。それで、少しは女の気持ちが分かった?男の神達はね、女達にそんな感じで対応しているのよ。女達は、男のウソの敬意なんて、見透かしてるわけ。わかるでしょ?」
蒼はバツが悪そうに維月を見た。
「別に…オレは女達をバカにしてる訳じゃないじゃないか。で、どうする?」
維月はため息を付いた。
「そうね。会って来る。維織と十六夜には、その後で会うわ。先に話しを聞いてから十六夜と話さなきゃ。」と、維心を見た。「維心様はどうされまするか?」
維心はハッとしたように維月を見た。
「ああ、我は蒼と、離れて見ておるよ。主の目から何でも見えるゆえの。」
維月は苦笑した。
「本当はあまり喜ばしくないですけれど、では、今回はそれで話を聞いておいてくださいませ。」と、侍女を見た。「私の甲冑ある?」
蒼は慌てて言った。
「え、母さん立ち合うの?」
維月は苦笑した。
「立ち合うようなことになったら、着物だと切れちゃうかもしれないでしょう。この着物、維心様の選んでもらった中でもお気に入りなの。」
維月はそう言って、侍女についてそこを出て行った。
蒼は少し不安になりながらその背を見送ったのだった。
維月は、この月の宮で育って行く時に、十六夜に倣って少し軍神の真似事をしたことがあった。立ち合いの際に、着るようにと誂えられた甲冑がいくつかある。
その中で練習用のシンプルなものを身に付けて髪を後ろで束ねると、維月は一人コロシアムに向かった。維心の目が、自分を通して見ているのを感じる。どこまでも気遣わしげであるのに苦笑しながら、維月はコロシアムに降り立った。
レイティアが、軍神相手に立ち合っていた。その速さは、軍神が相手なのでよく分からなかったが、しかし手を抜いているのは分かった。ちらとこちらを見たレイティアは、簡単に刀を振って立ち合いを終わらせると、すぐにこちらへ飛んで来た。
「維月殿。わざわざご足労願って申し訳ない。」
何だか、いちいち維心様を思わせるんだよなあ、女なのに。
維月はそう思いながら首を振って微笑んだ。
「いいえ。私も話してみたかったし。」
レイティアは嬉しそうな顔をした。
「よかった。では、どちらへ参ろうか。」
維月は少し考え込むような顔をしたが、飛び上がった。
「湖の方へ参りましょう。この時間はひともまばらなのよ。」
レイティアは頷き、同じように飛び上がった。ナディアが付いて来ようとするのを、首を振って止めた。
「供は要らぬ。主は立ち合いでもしておればよい。」
そして二人は、湖のほうへと飛んで行った。
湖の奥、誰も居ない所へ降り立った維月は、そこに腰を下ろした。レイティアはためらいがちに、維月と並んで草の上に座る。そして、笑った。
「…このように、地面に座るなど生まれて初めてぞ。」まるで子供のようだ。「生まれてこの方、このように直に地の上に座った事などない。」
維月は、やはり向こうも王は、そんな風に厳重に守られて育つのだと思った。
「時には、こうしてゆっくりするのも良いでしょ?」維月は、足を前に投げ出して言った。「いつでも誰かが傍に居るなんて、疲れてしまうわ。思わない?」
レイティアはしばらく考えていたが、頷いた。
「確かにの。我はその環境を当然のことと思うておったが、こちらへ来ていろいろ経験出来てよかったと思うておる。宮ではいつでも皆が回りをうろうろしておるが、こちらでは放って置いてくれる。用がある時は呼べば良いのだから、効率が良いよの。あのように、用もないのに回りをうろうろ…面倒であるわ。」
維月はその、維心と同じような口調に苦笑した。こちらでの男のように育つ、女。女王として君臨して来たのか…。
そういえば、年を聞いていなかった。
「レイティア殿は、おいくつですの?私は230歳だけれど。」
レイティアは維月を見た。
「おお、やはり若いの。転生したのだと聞いたゆえ。我は500を少し越えた辺り。」
とてもそうは見えない。維月は思った。どう見ても30代になるかならないぐらいだ。老いが停まっている…やはり、王だから。
「それで、私に何か話があるのでしょう。」
レイティアは頷いて、座り直した。
「我は、王の責務として世継ぎを生まねばならぬ。だが、あちらの男など見飽きたし、優秀な者などおらぬ。何より子をなどと思うことも出来んでな。不出来な男の子を生む気にもならぬゆえ。」
維月は頷いた。確かに女とはそうかもしれない。自分の子は、少なくとも愛情を持てる男の、子でなければ…。
「主が夫として取り決めておるのは知っておる。だが、しばらく月の十六夜を我に貸してはくれぬか。子が出来るまでの間で良い。我は婚姻関係まで望んでおらぬ。どうせ生むのなら、優秀だと我自身が決めた男の、子を生みたいのだ。」
維月はじっとレイティアを見た。これは、本当に維心と同じかもしれない。昔、維心がこれと同じことを十六夜に頼み、維月は一年という約束で龍の宮へ入った。そこで維心の子をなし、しかし維心を愛してしまって今のような形になってしまったが…ここに落ち着くまで、いろいろあった。今も、いろいろ起こる。決して思うようにうまく行く訳ではない関係なのだ。もしも、自分がレイティアに十六夜を許して子が出来たとしても、十六夜はその子が気になって仕方ないだろう。自分の子を放って置ける性格ではない。また、さらに大変な事態になりかねない…。
維月は、ため息を付いた。
「レイティア殿…あなたに分かるかしら。私は十六夜を愛して、夫にしているの…。だからそれを許す訳には行かないのよ。十六夜自体がいいと言うなら話は別だけれどね。」
レイティアは維月を見た。
「主の気に入りであるのか?夫の中でも。」
維月は真剣に聞いているレイティアの顔を見た。これはこちらの男の会話だ。維月は正直感覚がおかしくなる思いだったが、頷いた。
「夫としているからには、皆大切に思っているわ。」
レイティアは頷いた。
「主の考え方は分かるぞ。調べさせたゆえ知っておるが、主には夫が5人おるの。」
ええ?!と言う顔をした維月を見たレイティアは、なんだ、と言う顔をした。
「先刻見た龍の宮の王を主にしておるようだったが、こちらに十六夜と、あと龍が数人居ろう。皆大変に「気」の強い優秀な神。主の力のほどが分かるの。」
維月はあたふたした。そんなことで力が分かるはずはないではないの!
「レイティア…こちらでは違うのよ。」維月は諭すように言った。「愛情を感じて居なければ、私も傍には行かないし、それに男が決める社会であるのよ。本当なら、私達女のほうが、男の王に何人もの妃のうちの一人されておるような所。それが、まあ、私はこちらでは変わっていてこうなってしまっているのだけど。」
レイティアは不思議そうな顔をした。
「知っておる。だが、そんな世にあって主は何人もの夫を手にしておるのだろうが。力があるのでなくて、なんであろうの。」
維月はため息を付いた。きっとわからない。なんと説明したらいいのか、自分でも分からないのだもの…。
「とにかく、私の夫は、双方の合意で愛し合って傍に居るの。だから、誰一人としてそんな風に貸し借り出来るものではないのよ。そんな風に貸し出される相手の気持ちになってみてご覧なさい。相手に愛されていないと思うのではなくて?」
レイティアは困ったように維月を見た。
「維月殿…しかし、我のほうでは貸し出されたら喜んでおる男のほうが多かったりするのだ。なので、主の言うことは分からぬの。」
それは愛情がない婚姻を強いられているからではないの…と維月は思ったが、黙っていた。あちらでは男の方が生きづらい世の中なのだな…。
「困ったこと。価値観が違うってこういうことよね。」
維月が頭を抱えるようにした。レイティアは肩を竦めた。
「では、しばらく交流して見ぬか?」と刀を指した。「ひと勝負どうよ?」
維月はフッと笑った。
「いいわ。望むところよ。」
レイティアもそれは嬉しそうに笑うと、二人はまたコロシアムに向けて飛んで行ったのだった。