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異国の神

相手は、その重厚な甲冑のまま十六夜に向き合った。十六夜は笑った。

「なんだ?そんな重い物を着てたんじゃ、オレには勝てないぞ?」

「……。」

相手は答えない。そして、刀を抜いた。

「ふーん、外国は風習も違うんだろうし、まあ無理に話せとは言わないがな。」と、十六夜は刀を抜いた。「来な。」

相手は、いきなり斬り込んで来た。十六夜は慌てて身を翻した…顔が見えない分、視線も見えず、相手がどこを見てどう動こうとしているのか予測が出来ない。

仕方なく、神経を使って細かく動きを見て、次の動きを予測して動いた。

相手の動きは、やはり思った通り素早かった。体が細い分、軽いようで、あんな重装備でも維月のようにすいすいと動く。月以外でこんな動きが出来る軍神を見るのは初めてだった。

十六夜は、何度か試しの突きや動きをして相手の動きを一通り見てから、一気に攻撃に転じて押して行った。

物凄く速い動きで、見えているのは軍神の将と、蒼ぐらいのものだった。激しく目まぐるしく斬り合いをしていて、それがなぜ当たらないのかわからないほどの速さで避けている。お互いにお互いの動きから、全く目を反らしてはいないようだ。

相手も必死に追い縋って来る。十六夜はまだ余裕のあるような動きだった。

そんなことをしながらふと気付くと、もう一時間近く経っていた。さすがに相手に疲れが見える。十六夜は月なので、体がある訳ではないので精神的に疲れるだけで、体が疲れるという事はなかった。蒼が見ていると、十六夜は相手の疲れを感じ取って、少しペースを落としたように見えた。早く終わらせたいのだろうが、対等に戦ったという形で、相手に恥はかかせたくないと思っているのだろう。

相手は、急にペースを上げた。体力が尽き始めて自暴自棄になったように蒼には見えた。

「…隙だらけだぞ?負けん気が強いのはいいが、それじゃあ勝てねぇなあ。」

十六夜はスッと刀を振った。キンっという乾いた音がして、相手の刀は飛んだ。

「一本!」

軍神の審判が叫ぶ。二人は地上に降り立った。レイがガクッと膝を付いた。ナディアがサッと駆け寄って来た。

「王!」

ナディアは甲冑を解こうと手を伸ばす。レイは手を上げてそれを制し、自分から頭にかぶっている甲冑の紐に手を掛けた。

「だから、そんなもん着けてたらって言ったろう。重いだろうが。」

紐を解いて持ち上げた、甲冑の下の口元が笑っているのが見える。

「ふん、まさか我をこれほど追いつめるとは思わなんだゆえな。」皆はその声に息を飲んだ。まるで透き通るような高い、落ち着いた声だ。「やはり、聞いておった通りぞ。」

頭の甲冑を外した下からは、美しいブロンドの髪がさらさらと落ちた。

十六夜を見て微笑んでいたのは、長い金髪に緑の瞳の、間違いなく女だった。


宮に戻った十六夜と蒼が向かい合っていたのは、甲冑を着替えてクリーム色のシンプルなドレスに身を包んだ、女神だった。

「我は、アイシアの女王、レイティア。」と、相手は言った。「声と姿を隠しておったのは、主に女と気付かれぬため。こちらの神は、女と見ると手加減をしよる。なので、隠しておったのよ。我の国では女の方が力を持つのだ。男は粗暴なだけで愚かでの。我らが考えて守ってやらねば生きて行く術も知らぬ。こちらには、知恵のある男が国をおさめて居ると聞いて参ったのだ。」

蒼は、ただ高い驚いた。アマゾネスというやつか。神の世にもそんな種族が居たなんて…初めて知った。

横に控える、ナディアが言った。

「王は、より優秀な血を残すため、こちらで配偶者を見付ける事を考えられました。そして、我らが調べた結果、月が最も強い血であると判断され、試すためにわざわざ御自ら出て参られたのです。」

十六夜は眉を上げた。配偶者だと?

「ちょっと待て。龍はどうなんだ。龍王の血族は?」

レイティアは首を振った。

「確かに龍王の気は強い。だが、あの技術があってこそのこと。あれは努力して身に付けたものであろう。それよりは事も無げに相手を見て身を操れる、月の方が優秀だと判断したのだ。なので我は、主の子を生みたいと望む。」

十六夜は呆気に取られた。女に面と向かってそんなことを言われるとは思わなかった。

「…オレは結婚しているぞ。子供も居る。」

レイティアは頷いた。

「良い。我は別に共に暮らせと申しておるのではない。主の子が欲しいだけよ。なので案ずる事はないわ。」

蒼は茫然とレイティアを見た。こんなに美しい女性が、子供が欲しいだけだから結婚してても気にするなとか言う。完全に、こっちの神の世とは男女逆転の考え方なのだ。

十六夜は立ち上がった。

「話にならねぇ。オレは他に嫁は要らねぇよ。」

出て行こうとする十六夜に、レイティアは言った。

「嫁?我は婚姻関係など要らぬと申しておるではないか。子が出来るまで、夜を共にすれば良いだけよ。月は変わっておるの。あちらの男なら、嬉々として受けることぞ。」

確かにこの女王相手なら、こちらの男だってそうだろう。蒼は思った。だが、十六夜は駄目だ。元々そういう欲求がないのに、維月を愛するゆえに降りてきて、そういう行為もするのだ。他の女となど、考えたこともないだろう。思った通り、十六夜は言った。

「オレはお前相手じゃ出来ねぇだろうから言うんだ。何しろこの体が反応しねぇだろうからな。同じ月の片割れとでなきゃ駄目なんだよ。そういう訳で、他を当たりな。その顔なら、どの王でもオッケーだろうよ。」

十六夜は出て行った。レイティアは黙ってその後ろ姿を見送っていたが、蒼に向き直って言った。

「…あれの片割れとは今、どこに?会いたい。」

蒼は答えた。

「今は龍の宮に。数週間でこちらへ戻るが。」

レイティアは頷いた。

「では、それまで待たせてもらおう。」レイティアは立ち上がった。「戻る。」

ナディアが頭を下げた。そしてレイティアは、そこを出て行った。蒼はため息を付いた…母さんに、何を言うつもりなんだろう…。


蒼の不安に反して、レイティアはとても友好的だった。宮の決まりを守り、恐らくはあちらでは地位の無い、男である自分のことも、王として対等に話した。

軍神達の立ち合いの相手も積極的にし、適切なアドバイスもした。そして、男がこれほどに優秀だとはと、蒼によく話していた。

十六夜は、いつもなら月に帰って降りて来ないシチュエーションなのだが、維織が心配らしくそれも出来ずに、代わりに奥にこもって出て来なかった。レイティアは十六夜と話をしたがったが、十六夜は話す事はないの一点張りで、絶対に出て来なかった。

蒼は、話ぐらいすればいいのに…とは思ったが、前世他の女の事で痛い目を見ている十六夜は、決して首を縦にふらなかった。

そんなこんなで三週間が過ぎて、維月は維心に連れられて戻って来た。部屋の方へ行こうとすると、蒼が維月を呼び止めた。

「維心様、母さん。」

二人は振り返った。

「蒼。どうしたの?最近は出迎えなんてしなかったでしょ?頻繁に帰って来るからって。」

蒼は困ったように笑うと、声を落として言った。

「維心様にも話して置かなけば。今、ここにずっと北の国のアイシアという所の、女王レイティア殿と筆頭軍神のナディアが来てるんだ。それで、いろいろごたごたしてて、十六夜が出て来ないんだけど…。」

維月は不思議そうな顔をして蒼を見た。

「十六夜が出て来ないって?奥から?何か気に入らなかったの?」

蒼は首を振った。それなら逆に良かったんだけど。

「いや、立ち合いをして勝ってしまってね。そのあと…」

すると、横から澄んだ声が割り込んだ。

「おお、蒼殿。」三人はそちらを見た。「そちらが、維月殿か?」

維月は、相手の美しさに驚いた。女でありながら、驚くほどの威厳に満ちて、維心を女にしたような感じを受ける。その様は、維月は嫌いではなかった。そして、人の世で居た時に見た、ヨーロッパ辺りで着るようなドレスを着ていた。しかしごちゃごちゃと飾り立てたものではなくシンプルで、ワンピースの裾をとても長くしたような感じだった。

維月が呆然とレイティアを見ているので、蒼が進み出て言った。

「そうだ。こちらが我が母上が転生した姿、陰の月の維月。そして、そちらが龍族の王維心様。」

レイティアはまず維月のほうに頭を下げ、そして維心のほうに頭を下げた。そして、維月を見て言った。

「我はアイシアの王、レイティア。維月殿にお話があって、来られるのを待たせてもらっておった。少し良いか?」

相手の様子は親しげで、しかもどこか敬意を感じる仕草だった。どう見ても、蒼や他の臣下に対する対応とは違う。蒼は悟った…あくまで、女社会から来た女王なのだ。同じ女で月である維月に、敬意を感じているのだろう。維月は、ためらいながら頷いた。

「ええ。でも、私の娘に会ってからでも良いかしら。顔を見なければね。」

レイティアは驚いた顔をした。

「月との間の子は、女であるのか。それは心強いの。」と、傍らのナディアを見た。「では…コロシアムで汗を流しておるゆえ、そちらへ参ってくれぬか。主は立ち合わぬか?」

維月は微笑んで首を振った。

「最近はついぞないわね。いろいろ別のことが忙しくて。」

レイティアは笑った。

「一度我ともお手合わせ願おう。こちらに居る間にの。」そして、ちらと維心を見て、軽く頭を下げた。「それにしても頭の下がることよ。維月殿の夫は皆大変にレベルが高いの。我も見習わなくてはならぬ。しかしなあ、面倒で、城にはまだ一人も夫を置いておらぬので、臣下達がうるそうての。」

維月は驚いた顔をした。なんだか、こっちと勝手が違うような…。

「…また、ゆっくりとお話を聞かせて。」

レイティアは微笑んで頷いた。

「主ならいくらでも話していられそうぞ。」と踵を返した。「ではの。」

維心と維月はそれを茫然と見送った。

蒼はため息を付いた。



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